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森田 実の「国の実力、地方に存(あ)り」⑥

長野県岡谷市の今井竜五市長の「工業活性化」と 「人口減少」への挑戦

岡谷市と塩尻市の境に位置する高ボッチ高原から諏訪湖と岡谷市のまちなみを見下ろす。富士山と雲海の絶景スポットとしても有名。
岡谷市と塩尻市の境に位置する高ボッチ高原から諏訪湖と岡谷市のまちなみを見下ろす。富士山と雲海の絶景スポットとしても有名。

「天下に極めて無言なる者あり、山嶽之なり、然れども彼は絶大の雄弁家なり」(北村透谷)

 長野県の山々は魅力的である。時々、私は山を見に行く。東京の住人になってから約70年になる。私の郷里は伊豆の伊東だが、長野県は最多訪問県である。
 1950年代、学生時代には親友の郷里をよく訪ねた。原水爆禁止運動をしていた時、長野県の熱心な平和運動家と親しくなり、しばしば訪問した。出版社の編集者時代には長野県で執筆している著者からよく呼ばれた。評論家になってから50年になるが、長野県からの講演依頼は特に多かった。総計すると数百回になる。
 最近は友人の郷里の岡谷市をしばしば訪ね、今井竜五市長と数回会った。今井市長は紳士で真面目な政治家であり、傑出した人物である。市長として市民の信頼は厚い。
 2019年9月、任期満了に伴う岡谷市長選で無投票で4選された。3期連続の無投票当選である。今井市長は誠実・謙虚な人柄で、権力志向はなく、すぐれた後継者がいれば譲りたいとの考えを持っているようである。それでも無投票当選がつづくのは、岡谷市民の多くが「余人をもって代えがたい」と考えているからであろう。
 今井市長は、2019年の選挙出馬にあたり「街の活力、未来の担い手の創造」「ものづくり基盤の整備、企業競争力の強化に向けた人工知能(AI)の活用」などを公約した。岡谷市政の最大課題は「人口減少に伴う働き手不足の解消」と「実効性のある産業振興策の推進」である。今井市長は、この課題に真剣に挑戦している。
 1972年にフリーの評論家になってから「地方研究」は私の中心テーマだった。長年の体験から、発展性のある自治体には、いくつかの特徴があった。
 第一は、街並みが美しく、清潔である。街の清潔さは市民の郷土愛の強さに比例している。
 第二は、自治体の発展性は首長の指導者としての力量の高さに比例している。首長が自治体職員から尊敬され、役所の仕事をしっかりと掌握している自治体は、強い発展性がある。
 第三は、平日に店が開いている人通りの多い地方都市の人口減少率は低い。最近、地方都市の街の中を車で見学する機会が多いが、ほとんどの地方都市の街なかから人々の姿が消えている。シャッター街は少なくない。
 岡谷市の街の中は清潔であり、市役所の職員は緊張感をもって熱心に行政に取り組んでおり、商店街はにぎわいがある。
 今井市長を尊敬している市民は多い。今井市長は、人口減を止め、市民が岡谷市の将来に希望と自信を持つことができるような前向きの市政に一生懸命に取り組んでいる。今井市長の熱意が岡谷市民に安心を与えている。
 長野県岡谷市を、今井市長自身の言葉で、紹介する。
「岡谷市は、諏訪湖のほとりに位置し、清らかな水や空気などの豊かな自然環境に恵まれ、戦前は生糸の都[シルク岡谷]として世界に名を馳せ、戦後は時計やカメラなどを中心とした精密工業が盛んになり、『東洋のスイス』と言われて発展してきました。
 現在は、超精密な加工を得意とする各種基盤技術が集積した精密機械工業都市として発展するなか、様々な研究機関や大学等と連携し“Made in OKAYA”の確立を目指しています。」
 今井市長が掲げる「岡谷市工業活性化計画」は、岡谷市の高度技術都市としての伝統を生かし、岡谷市を「ものづくりに最適な地域であるとともに、湖と四季を彩る山々に囲まれ、自然を感じながら、快適に生活することのできる場」(今井市長)にするための具体策である。
 今井市長は、全国の企業人に向かって「新たなビジネス展開における候補地として、また、新たな暮らしの場とした『岡谷市』をぜひご検討下さい」と訴えている。
 岡谷市は長野県の中央に位置し、諏訪湖の北から西側に面し、東に八ヶ岳連峰、遠くに富士山を臨む、風光明媚な、きらりと輝く地方都市である。人口は約五万。諏訪湖は天竜川の原点である。
 岡谷市は、現在、各種基盤技術が集結した精密工業都市として、発展を続けている。今日まで培ってきた精密加工技術、光技術、超精密組立技術等を最大限に活用している。その上で、岡谷市は、高精度で超高機能な製品、部品を供給できる「スマートデバイスの世界的供給基地」を目指し、すべての企業人と職人たちが、〝技〟に磨きをかける努力をしている。
 岡谷市には、産業振興の拠点施設と研究教育施設がある。「テクノプラザ岡谷」「長野県工業技術組合センター精密・電子技術部門」「長野県岡谷工業高等学校」「長野県岡谷技術専門校」「信州大学大学院諏訪圏サテライトキャンパス」「諏訪東京理科大学」などがある。
 全国各地の地方自治体が「観光中心の県・市・町・村」を目指すなかにあって、岡谷市は「高度工業技術」都市への道を歩んでいる。もちろん岡谷市はすぐれた観光都市である。シルクの都であり、美しい諏訪湖畔の田園都市であり、「琵琶湖周航の歌」の作詞者・小口太郎の出生地であり、諏訪湖畔の小口太郎像の岡谷湖畔公園には多くの観光客が絶えない。有名な「岡谷のうなぎ」の美味は格別であり、私は「岡谷のうなぎ」を食する目的で岡谷市へ行くこともある。味噌も酒もシルクも菓子も抜群である。
 これほどのすぐれた観光資源をもつ岡谷市であるが、岡谷市政の本道は「高度工業技術都市」である。この方向への道を牽引しているのが今井市長である。
 今井市長は岡谷の宝である。同時に長野県の宝であり、日本の宝であると私は思う。今井市長は岡谷市の諸々の団体をしっかりとまとめている。岡谷市のもつ総力を結集している。この政治力は見事である。
 人口減少時代において、地方を再生するのは至難の事業である。これをやり遂げるためには、市民の団結が必要不可欠である。明確な岡谷市再生ビジョンと理想をもった今井市長は、岡谷市のすべての力を一本化できる高い能力と情熱の持ち主である。岡谷市は日本の地方創生の推進役としての歴史的役割を担っている。私は今井市長に大きな期待を抱いている。

(月刊『時評』2020年1月号掲載)

森田 実(もりた・みのる)評論家。1932年、静岡県伊東市生まれ。
森田 実(もりた・みのる)評論家。1932年、静岡県伊東市生まれ。