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【森信茂樹・霞が関の核心】 国土交通事務次官 藤井 直樹氏

期待される、バスの電動化

森信 自動車のGX化はいかがでしょう。経済産業省の比重が高そうな分野ですが。

藤井 自動車に関する行政は複数省庁にまたがっています。国土交通省は安全や環境に関する技術基準づくりと、いわゆる〝緑ナンバー〟の車を使用するバスやタクシー、トラックなどの事業を担当しています。従っていわゆる商用車のグリーン化推進は、私たちの重要な役割です。日本の物流の9割(トンベース)はトラックが担っており、トラックからのCO2排出をいかに減らしていけるかが、今後の大きな課題です。

森信 バスも同様に排出削減を?

藤井 バスの方が一歩先んじています。あいにくコロナ禍により国民の皆さまの目に触れる機会が減りましたが、2020東京オリ・パラに合わせて東京都は100台の水素燃料電池バスを導入しました。

 電動バスは従来のディーゼル車に比べて走行が滑らかで乗り心地が良いという利点があります。今年に入ってから愛媛県松山市で電動の市内バスが導入されました。私も試乗してみましたが、まさに電車に乗っているような感覚でした。バスは、地方都市では高齢者の利用が多いため、発進・停止時の転倒防止を図るためにも電動バスのポテンシャルは高いと思います。バリアフリーとグリーン化をセットにして、より安全で環境にやさしい〝地域の足〟を維持・確保していければと考えています。

森信 なるほど、バスなど公共交通の電動化については進捗が期待されますね。

藤井 これまでの電動車議論は、もっぱら乗用車が主体だった向きもありました。というのも、これらバスのような商用車の製造業のプレゼンスは日本では非常に小さいのです。これら電動商用車がいま最も進んでいるのは中国で、日本にもBYD社のバスがかなり取り入れられています。今後は日本の製造分野で、電動商用車の開発に力を発揮できるかが問われるところでしょう。

森信 話が逸れるようですが、ガソリン車が減ると当然ながらガソリン税の収入も減るわけです。特定財源ではないにしても、道路建設や補修の財源が減るので、走行距離にあわせて課税するべきという議論もあるようですが、この点、次官のご所感はいかがでしょう。

藤井 はい、自民党の税制調査会で毎回議論されている論点です。2022年末に、今後3年間という期間を設定して、この間に検討していく方針を明示しました。この期間内で論点整理がなされると思われます。

森信 走行距離に応じて税負担を、という仕組みづくりはなかなか時間がかかるかもしれないですね。

藤井 ガソリン税が、たくさん注入すればたくさん払うという仕組みであるのに対し、環境に良い車は導入に向け減税というインセンティブを設けています。従って環境に良い車が普及すればするほど税収が減るというジレンマもあるわけで、財政の観点からは、検討すべき課題であるのも確かです。

 仮に走行距離に順ずるとして、どのようにそれを測定するのか、という議論もあります。ガソリンは注入した分だけ量で計れますから非常に分かりやすい、しかし走行した分はどうやって捕捉するのか、技術的な問題も絡んできます。各国の例も参照しながら、技術面も含めて走行距離を基準にした場合の最適解を検討していく必要があります。

森信 長期的には、走行距離基準へ舵を切る以外に無さそうですね。現実として道路建設や修復のための税収は必要ですから。

藤井 現在は道路特定財源の制度はありませんが、税収はやはり不可欠です。実際に、メンテナンスには多額の費用がかかることが明らかになっています。これに対応するため、現行法では高速道路の走行について有料設定の期限を2065年と定めているところ、その期間を2115年まで50年延ばす内容の法案が今年5月31日に成立しました。無料開放を原則としながらも、それを実施する時期はしばらく先になります。

〝2024年問題〟の背景と対応

森信 いわゆる、物流の〝2024年問題〟への対応が議論されています。これは〝働き方改革〟に加えて、グリーン対応の要素も含めているようですが、同問題の背景についてご解説をお願いできるでしょうか。

藤井 シンプルに言えば、2024年度から労働の規制が変わります。トラックを中心とした物流だけでなく、建設業などもその対象となります。

森信 残業時間を減らす方向での規制ですね。

藤井 はい、トラックは物流の中核であり、長距離の貨物も運んでいます。そのためこれを通常の労働規制の対象とすると、ドライバー1人で長距離・長時間運転するのは困難になるため、現在は特例を設けています。しかしその特例内容が、他の一般労働者の規制と比べて非常に緩いので、これをなるべく通常の規制に近づけていこうとしています。

 このような見直しをしなければ、これからは誰もドライバーになってくれない、そういった危惧が背景にあります。

森信 現行のままではドライバー不足に拍車をかける恐れがあると。

藤井 ドライバーが不足すると円滑な物流が滞り、日本の経済活動に支障が生じます。労働規制の見直しへの対応をしなければ、2030年ごろには可能な輸送量が現状より3割くらい減少すると試算され、対応を議論する検討会でも物流の機能低下が危惧されています。

 トラック事業者の数は全国で約6万3000、競争が激しい上、荷主が非常に強い商慣行の下にあります。ここでいう荷主とは、分野としては主に製造業、小売業、農林水産業などですが、運送側が運びきれないとなると他社にすぐ切り替えられる、それ故なかなか運賃が上がらない一方、労働時間は長いまま。トラック業者としては改善・改革を求めるのももっともなところですが、荷主側も背に腹は代えられない。こうした状況が続くと、いずれはドライバーの絶対数が不足して結局は荷主も困る、こういう危機感が荷主サイドにも次第に浸透してきている状況かと思います。

森信 具体的な対策として考えられるのは?

藤井 まずは賃金のアップです。これは世の中おしなべて同様の傾向にありますが、収入が低いと人は集まりません。賃金を上げるためのベースとして、運賃のアップが必要ですが、その水準は基本的に市場で定まります。一方、標準的な運賃を国土交通大臣が示す仕組みを、当分の間、続けることを内容とする法改正が本年6月に行われました。

 さらに、先方に到着したらドライバーが荷下ろしを行うことがごく当たり前となっていますが、この労働も料金の対象にするなど正当な業務の一部に位置付けることが必要だと考えています。これらの料金化は輸送コストとして商品価格に転嫁され、消費者がそれを支払い、その収益が賃金に反映されるというスパイラルが実現できればと考えています。

 また根強い下請構造を改めていくことも重要です。下請けのトラック業者が仕事を受託しても、とても収益が出ないとなると別の孫請けに仕事を渡したりする、その過程で賃金や収益はさらに下がっていくため、儲からない仕事がババ抜きのジョーカーのように業界内でたらいまわしにされる、これもまた運賃レベルがなかなか上がっていかない原因です。近年、業界内部でも自分たちで既存の商慣行を見直し改善していくんだ、という強い意志が徐々に明確化してきました。

森信 なるほど、荷主もトラック業者もWin-Winになることが期待されますね。

藤井 荷主側と運送側が協力し、荷物1個当たりの費用削減と運送1回当たりの収入の増加を両立させることが期待されます。また、物流の円滑化と人手不足対応は、多くの部分でDX(デジタルトランスフォーメーション)とつながります。仮にトラックの荷台が透明であれば一般の人にもよく分かるかもしれませんが、意外と荷台が空のまま走っているトラックが少なくありません。つまり、行きは荷物を積んで帰りは手ぶら、という状態です。これをマッチングによりどのように解消するかが問われています。

森信 それはずいぶん以前から指摘されてきた点ですね。

藤井 最近は、デジタル技術を活用することにより業者間同士で情報を登録し、トラックが予定先で荷を下ろした後、近隣で集荷して戻ってくる、荷台には常に荷を積んで走るという効率化が図れるようになりました。また荷物に関連して言えば、パレットを導入しフォークリフトで運べば、ドライバーが荷下ろしの手伝いを要請される問題も解消できるのです。こうした機械による作業を標準化し、どのトラックでも使えるようにして、パレットが荷主間で回遊させることができれば、人力による作業負担は大きく減少します。

森信 コンビニなどでは1日当たりの配送をこれまでの4回から3回に減らす動きがあるとか。

藤井 そのように、荷主側も効率的な輸送を考えていかねばなりません。コンビニであれば大手チェーン各社がそれぞれ個別に配送しているので、これを共同配送していくなど新たな動きが生じつつあります。とにかく、これからも人手は間違いなく減っていくので、人が少なくなっても仕事がまわる状況をつくっていくことで2024年問題を解決していきたいと思います。合わせて、物流の効率化により、先ほどお話したCO2削減に貢献していきたいと思います。