
2026/07/06
森信 国交省では主に建設分野においてフィジカルAIの活用を推進しておられますが、私はこのフィジカルAIこそ、日本の強みだと捉えています。製品の質感など、日本ならではともいうべきモノづくりの微妙な勘どころ、いわゆる暗黙知をAIに学習させれば大変な競争力になるのではないかと。私は在官当時ソ連大使館に赴任していたことがあるのですが、車のタイヤを交換するとき、日本人はボルトに少し遊びを残して締めるのですが、ロシア人はどうしても目いっぱい締めてしまい、結局は不具合を招きやすくなる、彼らには「遊びを持たせる」ことの意味がなかなか伝わらないのです。 これはまさに暗黙知そのもので、それをデータ化してフィジカルAIに搭載できれば、今般のデジタル赤字解消に役立つのではないかと期待しています。 水嶋 そのエピソードを前述の造船に応用すると、造船の行程では撓鉄(ぎょうてつ)という作業が非常に重要で、この技術をいかに継承していくかが大きな問題となっています。撓鉄とは、船首部分特有の曲線や丸みをもたせる工程で、船舶の省エネ製造等に大きく作用する要の技術です。しかし設計図面通りに鉄板を加工し流体力学に適う形状に仕上げるのが非常に難しく、私が造船現場を見学した時は、職人が片手で冷却用の水をかけながら片手で溶接をするという、まさに熟練した職能の世界でした。そしてこの技術は日本がナンバーワンです。 こういう部分が機械化できれば、作業負担が軽減されるでしょう。森信先生指摘のように、日本が有する知恵がDX化され、一つの知財として活用されると、飛躍的に生産性が向上すると思います。 建設現場におけるフィジカルAIはまさに、いわゆる〝3K〟とされる職場環境を何とか改善できないかという方向の下に進めており、例えば施工プロセスの最適化やデータの標準化、熟練作業のデータ化などを考えています。 また、i-Construction2.0 で取り組んでいる建設機械の遠隔操作などはだいぶ進展しています。 森信 その点は企業においても、技術進化が著しいそうですね。 水嶋 例えば難所での作業において施工者が離れた場所から建設機械を操作するのはもちろん、さらには例えば千葉県在住のオペレーターが自宅から能登半島の復興作業を遠隔操作することなども技術的に可能となりつつあります。こうした技術を進化させ、建設現場や先ほどのインフラメンテナンスにおいても安全性の確保や担い手不足解消を図りたいと思っています。 森信 米国などでは、デジタル技術やAIではまだまだ及ばないインフラの人的作業、例えば水道管の配管工などが需要の高まりによって労賃が急上昇し、〝ブルーカラービリオネア〟などと呼ばれる現象も起きているとか。日本でも現場の技術者の給与が上昇基調になれば、職業としての見直しや再認識も進むのでしょうけれど。 水嶋 日本で再開発事業などを例に取ると、デベロッパーがゼネコンに発注し、ゼネコンは配管や空調など、分野ごとの事業者にそれぞれ二次・三次発注します。しかし現在、下請けにおいて職人が不足し、その結果ゼネコンと下請けの地位が逆転、同時にゼネコンはデベロッパーに対して強気の交渉に出る、それが事業費の高騰等を招いて再開発が停滞している、というプロジェクトが全国各地で見受けられます。 しかし、近い将来の再開発を予定して、用地取得や営業の一時中断等に応じた周辺の店舗や近隣住民は、事業の停滞により多大な影響を被っています。先生ご指摘のように、現場の方々の労賃が上がるトレンドは出てきているのですが、その上昇分をどう転嫁し誰が負担するのか、社会的に十分確立していない点が問題で、結果として土地開発や市街地の不活性化を招いています。 森信 単に労賃の上昇を促すのではなく、全体的なシステムのありようを再構築していく必要があるわけですね。 水嶋 国交省の所管としては建設分野だけでなく、物流分野も同様に運転手不足に悩んでいます。労働時間規制でドライバーさんの稼働率が低下し、相対的にコストが上昇します。その上昇分は荷主さんの負担となりますが、しかし荷主さんは最終的に購買者である消費者に応分負担を求めていく必要があります。 このようにサプライチェーンの特定箇所で価格を負担している状況では、いずれ全体が機能しなくなります。こうしたマクロの視点から、お金の流れを整えていかねばなりません。まずは一般消費者が応分負担に耐え得るような購買力を保持すること、つまり所得をどうするかという問題に、最終的には行き当たります。 こういった問題に関連して、最近は公益をより重視した資本主義の在り方に関する議論が問題提起されています。 公益事業の使命、事業所管官庁の役割 森信 ご指摘の公益資本主義には私もかねがね問題意識を有していました。次官のお考えとしては。 水嶋 2024年時点で、非上場企業を含む日本全体の雇用者報酬は、約320兆円。一方、上場企業の自社株買いと株主配当は合計約40兆円にのぼり、雇用者報酬の約12%に相当します。仮にこの半分が労働者の所得に充当されれば、労働者の給与が額面で約6%アップする計算になります。現状、株主配当といっても約3割は外国法人等です。そして日本の個人株主は概して高齢者が多く、配当収入が消費に回りにくい。やはり30~40代の消費意欲が旺盛な、社会を支える働き盛りの世代にもっと労働報酬を還元するようにしないと、日本の経済自体が回っていかないと思います。 森信 その点は他省庁の幹部もまさに同意見を呈していました。やはりROE(自己資本利益率)やPBR(株価純資産倍率)という数値への固執などが本末転倒を引き起こしていますね。 水嶋 短期志向のアクティビストの影響力が増大していると言われていますが、われわれが所管する事業分野には公益性の高いエッセンシャルサービスが多く、事業の公益性と短期的な利益追求の関係をどう整理するかが課題です。例えば、日本の鉄道会社は沿線に不動産を有している場合が多いのですが、その回転効率が良くないとして、短期志向のアクティビストからは不動産の売却を求められることがあります。売ったキャッシュで自社株を買い、株価が上昇したところでアクティビストは売り抜ける、こういう構図です。しかしながら、そうした不動産は、鉄道会社のグループ内の貴重な収益源として、公益事業である鉄道を支えているという側面も持っています。経済性・社会性を両立するため、幅広い主体が議論する必要があるのではないかと考えています。 森信 そうですね、国交省としてそうした問題意識を社会に発信することは非常に重要だと思います。 水嶋 前述のインフラメンテナンスなどはその好例ですが、将来の安全を担保するための更新投資に、経営者が資本を投下できるようにしなければなりません。鉄道会社は何のために社会に存在しているのか。少なくとも秒速で売買を繰り返す短期志向の投資家の利益のためではありません。鉄道がそこを通ることで沿線地域が賑わい、人々の暮らしが豊かになる等々、株価には直接反映されないものの、地域の経済社会を支える重要な外部経済効果をもたらす点に鉄道会社の在意義があると考えています。鉄道会社自身、不動産を含めた沿線開発を行い、駅前にスーパーをつくるなど、外部経済効果による利益を自ら享受する側面もありますが、鉄道による外部経済効果は、鉄道会社が吸収できる以上の恩恵を地域社会にもたらしますから、それこそが鉄道会社が存在する社会的理由だと言えるでしょう。 短期的な利益追求のために公益事業の経営基盤がおろそかになるようでは、まったく本末転倒です。所管関するこうした問題提起が、これからの事業所管官庁の役割ではないかと考えるこの頃です。 森信 ご指摘通り、ROEなど指標の向上だけに血道をあげ、企業本来の存在意義や経営基盤が揺らぐことは許されません。霞が関からのその種の発信は、これまでほぼありませんでした。 水嶋 株式会社という事業形態がサステナブルであるためには、こうした社会的意義も重要であるはずなのに、現状は株式市場における経済的評価ばかりが尊重されがちな気がしてなりません。 森信 大きな流れとしては、ひと頃の新自由主義が終焉し国家資本主義へ移行したのだから、公益重視の方向へ行くはずなのに、むしろ現実としては新自由主義が跋扈しているということですね。現政権にはこうした現状を認識し、改善に努めてもらうことを期待したいところです。 水嶋 かつて標榜されていた〝新しい資本主義〟は本来、そうした姿ではなかったかと思いますし、現内閣でも同じような問題意識が共有されていると感じています。昨年末に経団連から「持続的な成長に向けたコーポレートガバナンスのあり方」という意見書が提出されました。この意見書では、企業利益が株主への分配に過度に偏り、成長投資や従業員・取引先等への還元が十分でなく、「稼ぐ力」の強化につながっていない、といった指摘がなされており、現在、こうした意見も踏まえて、金融庁においてコーポレートガバナンスコードの改定に向けて検討が行われていると聞いています。 森信 その通りです。安倍政権当時の株主資本主義から、ステークホルダーを中心とした〝新しい資本主義〟を、岸田政権の側近各位は議論していました。しかし、前後して岸田総理が金融所得についてコメントした内容を大手新聞等が報道したことから、〝岸田ショック〟ともいわれる株価の低下を招きました。そのこともあって政策に対する世論の風向きが変わり〝新しい資本主義〟の意義が、正しく国民に伝わらずに終わった感があります。もともと岸田さんが目指した所得倍増が、金融所得倍増へと変容してしまいました。今考えても惜しまれるところです。 水嶋 どのような標榜であれ、目指すところは結局、国民生活を豊かにすることですからね。 森信 おっしゃる通りですね、金融もマーケットもつまるところ手段であり、国民生活に影響が出てしまっては本来求める姿ではありません。 先ほどのフィジカルAIのように、日本の社会課題を解決し生産性を上げていく方策に注力すれば、それがすなわち現政権の捉える〝強い経済〟の実現につながると思われます。
プロレスの本質は予算折衝に通ず 森信 次官は大のプロレスファンとお聞きしました。卓上にも、ご自身のその熱い思いを文字化したマグカップが置かれていますね。プロレスの、どのような点に魅力を感じておられるのでしょう。 水嶋 私は、プロレスと霞が関の仕事、例えば予算折衝は、最終的な決着に至る過程において、非常に似ていると感じています。どう似ているのか。いわゆる総合格闘技は相手の技を受けるのではなく、攻撃においては相手が鍛えていない部分をいかに攻めるかが要諦となります。 しかしプロレスは基本、相手の攻撃や技を受け止め、そして相手の鍛えた肉体に渾身の技を仕掛ける、両者ともその攻防を前提として試合が成立しています。当然、双方どのような技を受けてもケガをしないよう、常人とはかけ離れたトレーニングを積んでおり、われわれ観客は、そうした鍛え抜かれた選手同士の攻防に対して声援を送る、という構図なのです。 そういう意味では、プロレスラーは目の前の相手と闘っているのではない、その背後と周囲にいる観客と闘っているのだ、と私は平素より指摘しています。いわば観客を納得させるための闘いであると。そしてこの構図は、予算要求とまったく同じです。 森信 実にその通りですね、次官のご指摘よくわかります(笑)。 水嶋 担当省庁と主計局とは予算をめぐり、お互いが憎くて論戦しているのではありません。所管の事業省庁にはプロレスにおけるファンとも言うべき応援団がいて、攻防を有利に進めるよう省庁に期待しています。他方、主計局側も歳出抑制を求める世論を背景に、自身の本分に則って厳しく査定します。つまり担当省庁も主計局も、自身を取り巻く関係者や世論を念頭に、入念に理論武装して議論を戦わせる必要があります。 その結果どのような形で決着するとしても、過程においてこれら立場の異なる者同士、全力で議論を尽くさないと周囲の人々は納得しません。それ故に私は、鍛え上げた選手が神聖なリングに上がる気持ちで予算要求に臨むよう、職員に声をかけています(笑)。 森信 逆に、主税局は税制を扱うので相手は与党だけでなく国民もです。プロレスより総合格闘技に近いかもしれませんね(笑)。本日はありがとうございました。
インタビューを終えて 大変興味深いインタビューであった。次官の「人生はドラマ、仕事はロマン、男はみんなプロレスラー」という表現は、長い役人としての経験からにじみ出た名言だと納得がいった。大変視野の広いお話で、霞が関官僚の深さを感じることができた。今後の幅広いご活躍を期待したい。
(月刊『時評』2026年6月号掲載)