お問い合わせはこちら

菜々子の一刀両断ってわけにはいかないか……【第201夜】

新常態に対応する

pixabay
pixabay

 私の名前は松下菜々子。深川門前仲町で久寿乃葉という小料理屋を営む。未婚、子なし。恋人募集中。世間の皆さんあるいはお店の常連のお客様同様、将来に不安を感じている。砂浜の真砂が尽きないように、私の老後不安にも底がない。同年代の客も同様と見えて、カウンター席でも座敷席でも、その種の会話が多いように見受ける。客の話に合わせるのは接待の基本。菜々子も、新聞、テレビ、図書館で、その種の勉強に怠りはない。

STAY HOME!

 コロナで自粛。「ぜいたく止めろ。欲しがりません、勝つまでは」といった耐乏生活には順応できるけれど、「なにもせずに家に閉じこもっていろ」というのはつらい。屋内でピンポンでき、庭でかけっこできる広さの家に住んでいるのではないのだ。起きて半畳、寝て一畳に毛が生えた程度の狭小マンション。家ですることといったら、テレビを見るか、雑誌を読むか。着実にお尻まわりに脂肪の塊が増えつつあるのを感じる。

 高齢者は歩いて足腰を鍛えよう。それが要介護防止の特効薬。そういう啓蒙をしていた区役所が、手のひらを返したように、家にとどまっていようと訴えている。ごていねいに毎朝、広報車が町内深くまでこまめに巡回しているのだ。まるで都市住民の丸ごと軟禁である。

 自粛もいつかは終わるのだろうが、その後に予想されるのが、運動不足に起因する生活習慣病患者の増加。関連診療科を持つ病院、診療所は今から皮算用かもしれないが、健康保険や介護保険の財源ひっ迫が目に見える。国民健康保険料、介護保険料の引上げにつながれば、国民の家計はピンチになる。そこで食生活のレベルを落とすことになれば、栄養の偏りで別の健康問題を引き起こすだろう。

 コロナによる死亡者数を押さえることには成功したが、生活習慣病で命を落とす者がその何倍も増えることになったら、衛生政策として成功したと言えるのか。政府はそのへんをどのように算段しているのだろう。

 とにかくこの頃の菜々子はストレスでいっぱい。あたりかまわず噛みつきたくなる気分なのだ。

検事長が賭けマージャン

 東京高検の検事長が辞職した。これだけならヤメ検として引く手あまただろうから、優雅な天下り人生を選んだのねという世評で終わる。だが問題はこの人が辞めた理由。善良な一国民として、どうしても法務省・検察庁の公式見解をうかがわずにいられない。

 この検事長さん、新聞記者に誘われて(あるいは誘ったのか)、賭けマージャンをしていたのだ。場所を提供した人物は直前に銀行ATMで10万円を下ろして準備したそうだから、賭け金の大きさがうかがわれる。どうひいき目に見ても「一時の娯楽に供する物をかけたにとどまる」とは言えない。よって刑法185条の賭博(とばく)罪の実行犯であるし、分かっているだけでも数回を下らないようだから、常習賭博罪(同186条)に該当するが、そうすると法定刑は3年以下の懲役である。

 麻雀やゴルフで賭けていない者はいないだろうとの弁護論も聞いたが、それは一般国民が検挙された場合のこと。この方は検事殿なのだ。検事と言えば国民公益の代弁実行を責務とする国家上級公務員である。その人が刑法犯罪を実行するのはまずいでしょう。例えて言えば、覚せい剤吸飲者を捕まえてみたら麻薬取締官だった、あるいは電車内で車掌が痴漢行為を堂々やっていたに匹敵する。さらに加えてこの人は国の最高治安機関である検察庁のナンバー2で、検事総長就任予定であったとされている。

 これだけでも国家の屋台骨を揺るがす大事件なのだが、時期的にも最悪だった。国民みんながSTAY HOMEで呻吟していた時期に自宅を抜け出し、都内某所で三密の典型とされている顔を突き合わせての賭けマージャンに狂奔していたのである。国家機関の大幹部となれば、国会議員と並ぶ国民の行動見本となるべき立場にある要人だ。「脇が甘かった」などと弁護する向きもあるようだが、魔が指したと弁解するなら、同時に不覚を恥じて腹に短刀を差し込み、横一文字に引くべきだろう。退職金を受け取るなどとは口が裂けても言わないのが、国家上級官僚としての矜持であろう。

公務員も人の子

 ところでこの検事長さんの行動が明るみになった理由だ。法案は国家公務員の定年を60歳から65歳に延長しようというもので、提案時にはすんなり成立すると予測されていた。ところが現行法では定年となる検事長を辞めさせなかった。それで野党が、総理はお気に入りのこの人物を検事総長の椅子に座らせたくて強引に留任させたと騒ぎ出したわけだ。

 法案の成立断念で割を食ったのは数十万人の現役公務員諸氏である。65歳への定年延長を盛り込んだ法案が、両手の指の間からするりと飛び去った。5年間の給与を失うことになる公務員労組などは八つ裂きにしたいと考えるだろうが、一般納税者からすれば国家財政の放漫をさせなかった功労者とみなされるかもしれない。定年延長するならば、民間のように給与を半減するなどしなければ財政上の均衡を図れず、増税要因になるからだ。

 民主党の菅(直人)総理の折に、尖閣諸島を見回る巡視船に船首を強化改造した中国漁船が体当たりした事件があった。巡視船は当然のごとく、その犯罪船長を逮捕したのだが、当時の政府はどういう了見か、この船長を起訴しなかった。船長はチャーター機で故国に凱旋し、日本政府に非を認めさせた大英雄扱いされ、その後の日本外交の立場を大きく毀損することになった。そうした事情を日本政府が日本国民にひた隠しにしたのだが、海上保安庁の一保安官が衝突のいっさいを映したビデオ映像をマスコミに流したことで、民主党政権の悪行(外患罪の疑い)が明るみになった。当の保安官は免職の懲戒処分を受けたが、本来は公益通報行為として名誉回復しなければならないはずだ。

 しかるに刑法犯罪、その中でも反社会性が高い賭博行為を繰り返した検察庁上級幹部が懲戒にも該当しない訓告処理は明らかに不当。上に行くほど規律違反への処分が甘いという、先の戦争時の軍部内の悪弊を再現しているような不快を感じる。お釈迦さまが呆れて、こんな国は滅びてしまえと天罰が落ちなければよいが…。

社会あっての個人

 新型コロナには特効薬がないという。それは当然だろう。人類が未知のウイルスなのだから予防薬も治療薬もないのが当然。人体の免疫機能もこのウイルスを想定していないから、接触すれば感染するのが道理である。ここで道は二つ。

 ウイルスに接触しないように、保因者には近づかない。その実効策がSTAY HOMEである。感染してもすぐには症状が出ないから、感染者自身にも自覚がないまま移してしまう。そこですべての国民を隔離状態に置けばなんとかなるだろう。理屈としては正しい。ただしそれは感染の広がりを遅くして、時間を稼ぐ以上の効果はない。問題は自粛によって国民経済が停滞を余儀なくされ、国民の雇用、国家財政さらには国民の心理に全治何年にもわたるマイナス影響を及ぼすことである。

 もう一つの方法は、ウイルスは宿主と共存することだ。国民の大多数が感染抗体を持つに至れば、そのウイルスは恐れるべき対象ではなくなるというもので、これもまた理論的に正しい。ただしパンデミック当初には感染し、重篤化し、命を落とす者が続出する。それに乗じてヒステリー的な言動をまき散らす扇動者や付和雷同する者たちに動じない胆力を国家指導者が持ち続けることができるかが成否のカギになる。

 各国の対応を分類すれば、二つのうちのいずれかになっている。英国のように後者を採っていたが、首相自らが感染して方向転換を余儀なくされたところもある。

高齢者は社会にどう貢献できるか

 コロナによるメイン症状は肺炎。重症化すれば呼吸困難に陥り、人工呼吸器や人工肺(ECMO)が必要になる。大型診断装置などは過剰配備の日本だが、この種の装置や集中治療のICUのベッド数は、ドイツの5分の1、イタリアの2分の1以下なのだそうだ。関係の日本集中治療医学会は関連機器の緊急整備をアピールしている。

 だが今日の菜々子は憤懣指数全開状況。ベッドの必要数は治療すべき患者数に応じて計算されるべきであると強調したい。事変や災害時の治療では、治療すべき患者の選別が行なわれる。トリアージというそうだが、救うべき患者を選別するわけだ。治療価値が低い者は後回しになる。

 これを今回の新型コロナに当てはめるとどうなるか。高齢者でしかも引退している者に、希少な医療器材を回すべきだろうか。若者を優先して治療対象にすることは間違っているのだろうか。今の世はPC〈ポリティカルコレクトネス〉という言論検閲が幅を利かせている。その一つが弱者を優先せよ。これに敢えて異を唱える。

 超高齢で重度要介護、持病薬が食事代わりとなればたしかに弱者であろう。その者に医療資源を優先的に回すことを倫理的に間違いであると断定することは難しい。だが、社会の在り方という観点から見た場合に、当然のあるべき対応と言い切ることができるか。

 人はかならず死ぬ。そしてその時期が近づいている者であれば、治療の有無は死期をほんのわすか後にずらすに過ぎない。菜々子には自宅待機の巣ごもり状態で、考え、調べる時間はたっぷりある。集中治療を譲る意志カード運動を知った。そのカードには「新型コロナウイルス感染症で人工呼吸器や人工肺などの高度治療を受けている時に機器が不足した場合には、私は若い人に高度医療を譲ります」と書かれ、保持者の署名がされている。

 ストレスで血圧上昇気味だったが、この譲るカードを知って平常心を取り戻し、首を垂れた。世の中には偉い人がいるものだ。想定される悪口を恐れず、正論を通そうとしている。このカードはいくら寄付すれば入手できるのだろう。

 こういう前向きな提案こそ政府が取りあげるべきだろう。例えば介護給付の1割自己負担割合を政府は3割に引き上げたいと思っているはずだ。簡明に「3割に引き上げるが、当面、譲るカード保持者は1割に据え置く」と提案すれば、よほど下手な説明をしない限り、一部野党とその支持者を除けば、良識ある人は即賛成するであろう。
(月刊『時評』2020年8月号掲載)

寺内香澄(てらうち・かすみ)(有)総合社会政策研究所。ショートストーリー作家としても活躍。単行本として『さわやか福祉問答』(ぎょうせい)。
寺内香澄(てらうち・かすみ)(有)総合社会政策研究所。ショートストーリー作家としても活躍。単行本として『さわやか福祉問答』(ぎょうせい)。