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菜々子の一刀両断ってわけにはいかないか……【第212夜】

誰も言わないなら菜々子が…

写真ACより
写真ACより

 私の名前は松下菜々子。深川門前仲町で久寿乃葉という小料理屋を営む。未婚、子なし。恋人募集中。
世間の皆さんあるいはお店の常連のお客様同様、将来に不安を感じている。砂浜の真砂が尽きないように、私の老後不安にも底がない。同年代の客も同様と見えて、カウンター席でも座敷席でも、その種の会話が多いように見受ける。客の話に合わせるのは接待の基本。菜々子も、新聞、テレビ、図書館で、その種の勉強に怠りはない。

コロナ予防接種の予約

 地元自治体での予防接種がようやく始まった。菅総理の大号令で自衛隊まで出動しての大規模接種会場が設営されることになった。それで厚労省や自治体もようやく本気モードになったということか。ここに至るまでの経緯を振り返ると、「なんで?」「どうして?」ということが多すぎる。

 菜々子は江東区民。東京オリパラの会場の地元中の地元。真っ先に全区民への接種を完了させるのが本来と思うが、区役所はどこまで本気だったのか。接種案内状は割と早く届いたけれど、予約受付が始まったのは5月の連休明け。その初日に菜々子は予約に挑戦した。だが慣れないスマホでのweb予約は中高年者には難行苦行が予想されたから、菜々子よりは多少知識がありそうなR子をビールと肴で誘い、いっしょに予約申し込みすることにした。二人で並び、「あんたはどこまで進んだ?」「私はここで引っかかっている」と確認しながら最後までたどり着くことができた。一人でやっていたら投げ出していただろう。それにしても難解な予約方法。設計者は一度でも中高年相手の予行演習をしたのだろうか。

 朝8時半に始めて2回分の予約設定を終えたのが9時40分。嬉しくて友人、知人に電話したら、誰もが1時間以上かかっている。若者と違って「チョチョイのチョイ」とは行かない。しかも予約が取れたのはほぼ半数。残りは日時設定までたどり着いたものの、そこで「予定の日時はすべて埋まった」と非情な宣告を受けている。

 R子と意見が一致したのは、「中高年は暇なのだから居住地域や年齢などで接種の日時と会場を割り当てておけば、朝から並んで混乱なく接種を終える」。R子の娘さんはアメリカ在住だが、あちらではドラッグストアやコンビニでも接種しているとか。静脈注射と違い、筋肉注射はブスッと差し込む勇気があればよく、技量は要求されない。看護師、技師、訓練を受けたボランティア市民…、打ち手を確保すればどんどん進むはず。

 「一人の打ち手が一日100人打てばどうなる? 10万人確保すれば1日で1千万人に打ち終える。半月で全国民接種が終了するじゃないの」とR子。計算上はそうだが、「10万人の打ち手確保策は」と菜々子が口を挟むと、すかさずR子が続けた。

 「今回のコロナワクチン接種では、仮に事故が起きてもすべて政府が対応、補償をすることになっている。従来のワクチンとは違う新手法による急開発だから、発がん性など長期的な副作用の有無が解明されるのは早くても10年先。その懸案事項に比べれば、接種のショックでのアナフィラキシー事故など想定内のはず。完全無欠には程遠い段階のワクチンを使用するかどうかがポイントなのであり、日本政府はほとんどの外国政府と同じく、接種に踏み切った。ワクチン接種事故云々を重大視する人が『日本の感染率は諸外国より数段低いのだから、ワクチン接種自体が時期尚早』と論陣を張るなら分かるけれど、ワクチン接種は必要だが、副作用は困りますと言うのでは、まるで駄々子。社会性を疑うわ」

 R子はさらに続けた。「打ち手を確保するのに報酬で釣ろうとするのが疑問」。この点は菜々子も同感だ。今回のコロナは国民連帯、絆を再構築すべき事態だと政府は言う。そうであれば打ってもらう側は政府・自治体が指定する時間帯を守って集合する。打ち手側も無償協力を貫く。そうでなければ今後、何度でもやってくる国難に対応できるわけがない。全国には10万人もの開業医がいる。日々の診察診療で忙しいだろうが、毎週休日を取っているはずだ。その休日を2、3回提供するくらいのことを、なぜ医師会は働きかけないのだろう。休日での奉仕活動で高い報酬をもらっても、累進制の所得税のもとでは国費からの報酬はその大半が税として国庫に還流するだけだ。開業医たちが無償奉仕を言い出せば、看護師その他の打ち手も、「自分たちもぜひ無償で」と言い出すに違いない。

コロナ対策で求める成果とは

 コロナは感染症。昔から猛威を振るってきた感染症は天然痘、ペスト、結核、スペイン風邪、マラリア、エイズ…と数知れず。今後流行しそうな感染症がそもそもどれだけ存在するのかも不明。つまり完全防御は不可能。しかしすべての感染症が怖れる対象ではないことも知られている。今回のコロナを“新型”とか“武漢発”と呼ぶのは、通常のコロナとは違うから。“通常のコロナ”である風邪には、年に数回知らずに罹り、知らずに治っている。

 感染症対策とは、感染しないことではなく、感染によって重篤な健康障害を起こしたり、最悪死亡に至ったりしないことなのだ。マスコミ等は日々感染者数を並べ立てているが、健康被害が軽微であれば、累積感染者数は多い方が社会免疫獲得の点で望ましいとさえ言える。ワクチン接種はまさにそのための方策。接種者が国民の大半になれば、自然の感染者数を数える意味は霧散する。自然感染はほとんどなくなり、重体化する患者も極限する。

 ではいつそうなり、その場合の経済活動はどうなるのか。かねてよりわが国では、経済社会における構造改革が必要と指摘されている。今回、コロナに関して巨額の政府資金を投じることになっているが、コロナ騒動終了後、「社会は何も改善されず、旧態依然」では情けない。政府や政党に求められるのは、コロナを国家的危難とするのであれば、これを絶好の機会ととらえて、社会経済の仕組みをどのように改善するのかのビジョンを描き、その対策を同時に実施することである。

コロナ対策に投じる資金量

 R子がスマホでデータを示した。テレビの報道特集で示された日米英三国政府の「コロナ対応の経済対策」比較 。国民の経済活動がコロナに負けずに発展することが、国家国民の繁栄継続に不可欠の要件であることは論を待たない。そういう観点での集計だ。

 まず国民経済(GDP)に対する規模。日本42%(234兆円)、アメリカ15%(355兆円)、イギリス28%(80兆円)。日本の大盤振る舞いぶりが一目瞭然。アメリカの3倍、イギリスの2倍。番組では与党の政調会長が規模の大きさを誇って胸を張っていたのだが、肝心なのはそれが何に投じられ、どういう効果が得られ、国民がいかに満足し、将来への展望を取り戻したかであろう。

 使途では、日本は持続化給付金、雇用調整金、全国民への10万円定額給付金などの分配がほとんど。アメリカはワクチンや治療薬の開発、中小企業向け給与保護の融資。イギリスは消費税を20%から5%に下げ、個人事業主や休業者に所得補助。総合的に見て日本の対策は、既存の事業者を救済しようとするもので戦略性がない。菜々子の感想にR子が頷いた。もっと問題なのがその財源。日本では国債発行という借金。つまり将来の国民へのつけ回し。対してアメリカでは富裕層への増税や法人税アップ、イギリスでは大企業の法人税引上げ。

 「英米の2倍、3倍のコロナ対策資金を政府が投下しているのに、事業者も国民もまだ足りない、政府は本気度がないと批判するのはなぜだろう」と菜々子。

 「理念なしにカネをバラまけば、『自分にもっと寄こせ』の合唱になるだけよ」とR子。「しかもその財源が借金ときては何をか言わん。娘には、孫に苦労させたくなかったら、日本に戻ってくるなと言ってある」。

隣国台湾の苦境

 ワクチン接種が遅れに遅れた理由には、国内製造できていないことがある。なぜ国内で開発できないのか。政府にその決意が足りないからだろう。ワクチンの全国民接種には日本の皆保険は本来、有利なはず。予防接種を保険給付に位置付け、開発費用を総医療費の中で工面し、重点投下する。世界に先んじて開発できていれば、海外売り上げを医療保険の財源に加えることで保険料を下げられる。また外務省が買い上げて有力な外交手段にすることもできるのだ。

 日本では外国ワクチンを十分量輸入の目処が立っている。感染率が低いのになぜ購入契約できたのか。東京オリパラを成功させたいとの海外メーカーの意思が働いたという。コロナごときでオリパラの歴史を壊していいのかと。オリパラ返上を主張しているマスコミや政党の人たちには、人類規模でオリパラの意義をどう考えているのかを聞いてみたい。

 隣国台湾が国民用のワクチンを確保できずに困っている。購入資金の問題ではない。中国共産党が妨害をしているのだ。台湾政府とドイツのワクチンメーカーとの購入契約が直前でストップした。中国政府の息がかかった上海企業が先に同社と契約し、その条項に台湾への排他的供給権をも盛り込んでいたため、台湾政府による購入ができないという国。

 上海企業は台湾に売る意思があると言うが、台湾の蔡英文総統は、なぜ中国共産党経由でしか買えないのか、開発元のメーカーから直接購入したいと怒っている。

 この問題は台湾が独立国なのか、中国の属領なのかということに帰着する。敗戦で日本が領有権を放棄したのだから、帰属先は無条件に中国というのはあまりに短絡的。バイデン大統領が言うように、人類は民主主義体制と専制抑圧体制のいずれが生き残るのかの全面対決に突入している。台湾は1990年代の李登輝総統誕生以来、民主主義に舵を切っており、一方の大陸側は民主化どころか逆に専制体制を強めている。

 民主主義と専制主義にこうもくっきりと分かれているのでは、「一つの中国」という1970年代の認識が無効になったと考えるのが常識的だ。国の分離独立はバルト三国等いくらでも例がある。日本国憲法前文では、民主主義は人類普遍の原理であり国家の名誉をかけての達成を誓っている。台湾2300万人が専制と隷従の苦界に連れ去られないよう、旗幟きし鮮明せんめいにしてそれを行動で示すことが、日本の政治家、外交官の意地でなければなるまい。

 「台湾は独立国。それを承認する。日本がそう言えば済む話よ」とR子。

 「中国が怒り狂って尖閣に上陸しかねない」と気弱な菜々子に対し、「尖閣は台湾の一部、そして台湾は中国の一部。これが中国共産党の主張。台湾が独立国家になれば、中国共産党は尖閣について主張の根拠がなくなる」。わが外務省の見解はどうなのか。

(月刊『時評』2021年7月号掲載)

寺内香澄(てらうち・かすみ)(有)総合社会政策研究所。ショートストーリー作家としても活躍。単行本として『さわやか福祉問答』(ぎょうせい)。
寺内香澄(てらうち・かすみ)(有)総合社会政策研究所。ショートストーリー作家としても活躍。単行本として『さわやか福祉問答』(ぎょうせい)。