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菜々子の一刀両断ってわけにはいかないか……【第216夜】

男性の育児休業促進策

pixabayより
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私の名前は松下菜々子。深川門前仲町で久寿乃葉という小料理屋を営む。未婚、子なし。恋人募集中。世間の皆さんあるいはお店の常連のお客様同様、将来に不安を感じている。砂浜の真砂が尽きないように、私の老後不安にも底がない。同年代の客も同様と見えて、カウンター席でも座敷席でも、その種の会話が多いように見受ける。客の話に合わせるのは接待の基本。菜々子も、新聞、テレビ、図書館で、その種の勉強に怠りはない。

二度目の子育て

 わが子を成人させたら親の努めは終わりのはず。哺乳類でも、鳥類でも、これが原則。人類はそれを超えようとしているのか。これが今夜の話題。

「孫が原因で女房が勤めをやめちゃってさ。とばっちりでオレの小遣いが削られた」

 どういうことか。発言主のFさんに解説してもらおう。

「娘夫婦に子どもができた。交互に育児休業をとる合意だったが、夫が仕事を半年も休めないと言いだした。娘が『私の仕事だって重要なのよ』と反発して夫婦喧嘩。それじゃ別れようかに発展して、女房が仲裁に乗り出した」

 なるほどね。菜々子の勘で事情が読み取れた。

「『私が毎日通って赤ちゃんの面倒をみてあげます』と奥さんが乗り出したのね」

「そうなのだ。『生まれたばかりの赤ん坊を抱えて出戻りになるよりはマシでしょう』と女房がスパッと会社を辞めたってわけだ。オレより高給だったから家計収入半減、老後資金計画だってやり直しだ」とFさん。

 働き盛り、会社の管理職層の介護離職はよく報道され、労働力の社会的損失と騒がれるが、中高年の育児離職はかなり珍しい。孫がかわいくて娘の家に通い詰めになり、パートの仕事は二の次になるというケースはあるだろうが、Fさんの奥さんは会社では執行役員。課長職の夫よりも重責、高給だったのだ。社会的大損失では?

一度目の子育て

 Fさん夫婦は同期入社の職場結婚と聞いている。娘さんが生まれたときの子育てはどうだったのだろう。夫婦で仲良く育児休業を行使し合った?

 Fさんは首を横に振った。当時は育児休業という制度もなかった。最長8週間の出産休暇を終えれば職場復帰が当然。奥さんの母親が田舎から出てきて同居することになった。「オレはこの義母が苦手でね」とFさん。

「アパートの中心にどっかと座っている感じで家事いっさいを仕切る。外では何があるか分からないのだからと、出がけにもパンツをはき替えさせられる。夕食は何時に用意しておきましょうかと帰宅時間を管理される。夜遊びできない…」

 子どもが一人で終わったのも、あまり出世できなかったのも、この義母のせいだと言いたいようだが、それは違うだろう。突っ込みたいところをグッと抑える。

「お義母さんの応援があったから子育てに支障がなかった。どちらが会社を辞めるかで喧嘩にならなかったし、ゼロ歳児の保育所を探して足を棒にすることもなかった。子どもが熱を出してどちらが会社を休むかという議論もしなくて済んだ。ありがたくてお義母さんには足を向けて寝られないところよ」。Fさん下を向いちゃった。少しだけ言い過ぎたかも。

「奥さんは母親にしてもらったことの恩返しのつもりで、娘さんにしているのよ。その気持ちを汲んで、奥さんではなくてあなたの方が会社を辞めて娘さん夫婦の子育てを応援する選択肢もあったのではないかしら。だって奥さんの方が高給だったのでしょう。もったいなかったわ」。もっと言い過ぎたかも。

育児休業は夫婦どちらが取るべきか

 Fさんの機嫌を損ねないよう軌道修正しよう。Fさん世代と違って娘さん夫婦には育児休業制度がある。産前産後の出産休暇は産んだ本人(したがって妻)しか取れないが、育児休業は母親、父親のどちらが取ってもよいことになっている。だが、圧倒的に母親が取得する。父親の取得率は一桁台から伸びない。それはなぜか。

 まず生物学的な理由があるだろう。鳥類の多くは二親で共同育児する。だが、より高等とされる哺乳類では母親のみが育児する種が多い。そして人類は哺乳類である。卵で生まれる鳥類と異なり、哺乳類では出生後当分の間母乳で育つから、母親と切り離すわけにはいかない。その延長で、離乳後も母親が育児の中心になる。

 哺乳瓶と粉ミルクで育てることになれば、母親ではなく、父親が育児の中心になっても変わりはないだろうという考えがある。しかしそれはあくまでも母乳育児の代替措置。粉ミルクと哺乳瓶の発明で、ヒトという種の本質が変わるとするのは傲慢に過ぎるだろう。

 次は社会の現実。たいがいの夫婦では夫の方が高収入。育児で長期間離脱することに対し、企業は賃金を支払わない。ノーワーク・ノーペイの原則として受け入れられている。夫婦二人の賃金で生計を成り立たせている世帯としての結論は明白だ。収入が少ない方が休業する。育児休業中の所得保障が社会保険制度(雇用保険)から行われることになったが、最大でも休業前の収入の3分の2に過ぎない。

 政府は、子育ては夫婦の共同責務なのだから、それぞれが休業期間(原則子どもが1歳になるまで)の半分ずつを行使すべきと説諭するが、ほとんど説得力がない。それが取得率の10倍差に表れている。

夫に育児休業を取得させるには

 夫婦で育児休業を半分ずつ取得させることがほんとうに正しいのか。菜々子は実はこの点に疑問がある。Fさんの言葉を分析すると、育児休業制制度や給付金支給が30年以上前にあったとして、Fさん夫妻が仲良く半年ずつ休業したかどうか疑わしい。

 そもそもFさんにおむつ交換や離乳食づくりができるのか。ゼロ歳児の子育てでは目を離すことができない。半年間、久寿乃葉で飲むなんてぜいたくはあり得ないのだ。Fさんにそれが耐えられるか。ストレスが溜まって、仕事から帰宅した奥さんに「キミはいいよな」とあたるようになり、「うるさいわね。それじゃ、私が子どもの世話をするから、あなたは仕事に行っていいわ。そのかわり私以上に稼いできてよね」と言い返され、夫婦喧嘩になっていただろう。

 今は世代が違うと〝進歩的〟な人は言うだろうが、種の本質がそうそう簡単に変わるものではない。特に日本の男性の場合、会社にどのくらい長くいるかをもって愛社精神のバロメーターと勘違いしている者が大半だから、子育てという大義名分があっても、長期の不出勤への心理的抵抗がある。

 そんなことはないという人に対しては、久寿乃葉で調子よく飲みすぎた人が二日酔いでふらふらしながら翌朝も出勤する事実をもって証明としよう。書類を見る目はショショボ、会議では大いびき。その日の彼は使い物にならないことは明白。休んでくれた方がどれだけ職場の損失は少ないか。同僚の醜態には舌打ちしつつ、自身も同じ行動をする。

「風邪を引いたら治るまで出勤するな」と同様、「飲みすぎた翌日は会社に来るな」の徹底ができるようにならなければ、ワーク・ライフ・バランスなど言うも恥ずかしい。

育児休業を有給に

 考えてみれば会社は子育てになぜかくも冷淡なのだろう。上司のセクハラで病休に至れば労災認定の可能性が高い。労働基準法は賃金補償責任を会社に負わせている。セクハラを受ける側にも落ち度があったはずという屁理屈は通らない。

 子どもを産み育てるのは社会構成員としての基礎的な営みであり責務のはず。社会の実在である企業が、それを妨害することを許す法制度がおかしい。育児休業給付金にはそういう意味合いが含まれているはずだ。給付金支給率は100%でもおかしくない。

「休業しても収入がまったく減らないのであれば、『俺が休もうか』という夫が増えそうだ」とFさん。ただし続けて「労災の休業補償でも支給率は80%。保険として制度化は可能なのだろうか」と法学士らしい反応だ。

 菜々子に法学知識はないけれど、常識はたっぷりだ。「保険の支給率を引き上げる必要はないわよ」と続けた。「子育てに対する企業責任を明確にするための労働基準法改正をすればいいのよ」

年次有給休暇との抱き合わせ

「企業への新たな負担制度創設には反対と。経済界が抵抗しそうだぜ」とFさん。菜々子は新制度とは言っていない。頭が固い人は嫌だなあ。

「労働基準法に年次有給休暇制度があるけれど、あなたどのくらい消化している?」とFさんに尋ねる。予想どおり「少なくともこの10年間は一度も使っていない」との返答が返ってきた。

 夏や冬に月単位のバカンスをとる習慣が日本人にはない。せいぜい風邪で寝込んだときとか、子どもの参観日に使うのが一般的。そして有給休暇の使用率が低いことについて政府は欧米に言い訳をして回っている。

 菜々子の提案はこうだ。年次有給休暇未使用分は1年経過で消滅する。10年間で最大200日の未使用分をまとめて行使されては会社がたまらないから、時効消滅には理由がある。これを少しいじり、育児休業に関しては未使用分の後年度行使を認めるのだ。家庭を持ち、子どもを産み育てようと思う者は、年次有給休暇を残しておいて、子どもが生まれた時点で行使することを認めるのだ。

 年次有給休暇では賃金がまるまる100%支給される。溜っている年次有給休暇を使い終えるまで、本来の育児休業給付の利用を保留しておくことになるはずだ。この仕掛けだと育児休業給付の支給率引き上げなどは必要ない。年休使用が優先されるから、育児休業給付の支給総額が下がり、雇用保険の財政安定につながる。

「年休消化率は上がり、〝働きすぎ批判〟解消にもなるな」。Fさんも理解したようだ。

(月刊『時評』2021年11月号掲載)

寺内香澄(てらうち・かすみ)(有)総合社会政策研究所。ショートストーリー作家としても活躍。単行本として『さわやか福祉問答』(ぎょうせい)。
寺内香澄(てらうち・かすみ)(有)総合社会政策研究所。ショートストーリー作家としても活躍。単行本として『さわやか福祉問答』(ぎょうせい)。