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菜々子の一刀両断ってわけにはいかないか……【第241夜】

終活資格取得者と話す

写真ACより
写真ACより

私の名前は松下菜々子。深川門前仲町で久寿乃葉という小料理屋を営む。未婚、子なし。恋人募集中。
世間の皆さんあるいはお店の常連のお客様同様、将来に不安を感じている。砂浜の真砂が尽きないように、私の老後不安にも底がない。同年代の客も同様と見えて、カウンター席でも座敷席でも、その種の会話が多いように見受ける。客の話に合わせるのは接待の基本。菜々子も、新聞、テレビ、図書館で、その種の勉強に怠りはない。

終活 何から手をつける

「この資料あげるよ」。Iさんが取り出したのは「終活○○資格取得講座テキスト」のシリーズ本。Iさんは〝終活〟への関心が高じて(ⅰ)、その資格を取得した。菜々子も勉強したらと勧めてくれた。終活は一大ブーム。資格を取り上げても「終活アドバイザー」「終活カウンセラー」「終活ライフプランナー」「終活ライフケアアドバイザー」「終活コーディネーター」「終活ガイド」「エンディングプランナー」「エンディングコーディネーター」…。数える指が足りなくなる。

 テキストをパラパラめくる菜々子の肩越しに「オレの場合、終活の基本は会社の承継者選びだ。息子は商社に勤めて海外勤務。現地で家族を作り、日本に帰る気はないらしい。では親戚のだれかに因果を含めるか。それとも社員の中で気が利く者に一切合財を託するか。会社の行く末は同時にオレの老後生活にも関わる。会社の株式がオレの主要財産。住んでいる家は会社の所有物なのだ。菜々子ママの場合はどうだい?」

 久寿乃葉の事業承継という意味ならばまったく無意味。菜々子あっての久寿乃葉。菜々子のクローンでも作らない限りこの身で終わり。よって終活は簡単至極。子なし、配偶者なしの菜々子は、長生きし過ぎて世間様にご迷惑をかけないようにするだけのこと。

宝飾品を処分した

 テキスト項目の「身の回りの整理」が目に入った。部分的に終活を実践している。

 商売柄、身を飾る装飾品や和服の類は、それなりの品質のものを一般女性以上に持っている。Iさんが工場や製造機械を最新式に維持するように、小料理屋の女将は髪型、衣服そして装飾品に気を遣う。計算したことはないけれど、総投資額を積み上げれば家〇軒分にもなろうか。それをこの夏、少し処分した。

 テキストでは「モノに押しつぶされる暮らしは不幸です。高齢者の転居先は施設に限らず、今より狭くなります。しかも亡くなってしまえば、たいがいごみとして捨てられます。早めにモノを減らして身軽になれば、気持ちも新鮮になってこれからの生活について前向きになれます」となっている。

「たしかにそうね。でも宝飾品や衣類はかさばるものではないから、処分を急ぐ必要はないのではないかしら。親戚の女性にあげることも可能だろうけど…」

 姪たちに譲るなんて考えもしなかった。指輪、イヤリング、ペンダントにもデザインの流行りすたりがある。好みも千差万別。〝飽食〟の時代の若者は〝宝飾〟品に飢えていない。「これあげるわ」と差し出して迷惑がられるより、「あのネックレス欲しかったのに勝手に処分してひどい叔母様」と恨まれる方が、姪の記憶の中に生き残る。

すべてはタイミング

 菜々子が「ホウショク」にかけたダジャレにIさんは気づかなかった様子。気を取り直そう。菜々子の装飾品〝断捨離〟だが、信念あっての行動ではなかった。古物商に二、三品を持ち込んだときは単なる好奇心。「金の価格が史上最高…」の報道に刺激されて、自分の財産(菜々子の宝飾品レベルで〝財産〟と呼べればだが)がどの程度なのかを知りたかっただけ。ところが古物商が電卓で弾き出した金額は菜々子の予想をはるかに上回った。反射的に「もっと売ります!」と叫んでいた。

 もう一つ、ネックレスやイヤリングを換金しようと思った理由は、当座の生計費稼ぎ。この夏の暑さは史上空前だったとか。体調維持のため、この夏はお店を休業にしたのだ。久寿乃葉の空調は故障したままで直せない。これには大家さんとの心理闘争があり、菜々子にも後に引けない事情がある。(この下りは以前にも触れたことがあるから詳細を省く。)(ⅱ)

 自営業だから休むのは自由意思。しかし休業補償とか有給休暇はない。休めばその間の収入はない。どうしたものか。そこで持ち物をお金に換える。これも立派な終活でしょう。

「夏場に何度お店に電話しても応答がない。さては熱中症で入院しているのかと心配していたのだぞ」。事前予告していなかったからIさんのような人もけっこういたのかも。そのお返しは静養で取り戻した〝百万ドル〟の笑顔でお返しするわ。

 夜の仕事がないから、日が暮れればさっさと寝る。その分、朝が早い。明るいうちに散策で体力、知力を涵養していたのだ。

「散歩で知識が身に着くのかい?」

 一番暑い時間帯は図書館で郷土関係資料を読み漁る。足りなければ涼しい日を選んで神田の古本屋街まで歩く。区内に散在する公営、民営の博物館も総なめした。区内の公園も散歩コース。スケッチ道具持参で歩き、珍しい植物を見つけたらハガキ絵にする。かなりたまったから関心あるお客様に差し上げてもいいわね。

終活の本義に沿っている

 改めて〝終活〟とは何か。受け取ったテキストの冒頭に「終活とは最後まで自分らしく生きること。後を託す人を困らせないように想像力を働かせて自ら準備すること」とある。

 昨今の終活ブームの背景はなにか。裏を返せば昔は終活の必要がなかったのはなぜか。Iさんの説明を聞こう。彼によると、昔の人はおしなべて短命だった。どのくらい短命だったかというと、わが子が一人前になった後まで生きる者があまりいなかった。動物の使命は次世代を産み育てること。人間も動物の端くれであるから、親の責任を果たせば社会的には存在価値はなくなる。だが人間の場合は、それ以後も生き続ける者がいる。そこで「生の意義はなにか」と考えることになる。そうした者が少数であるうちは「あの人は楽隠居でいいね」だが、長命者が多くなれば現役世代も「自分もいずれそうなるのか」と思い始める。暇とは幸せなのか。そうして「老後をどう生きるか」が社会の共通課題になる。

 一代で事業を築いたIさんだが、ひと昔前なら今の年齢まで生きていなかっただろう。仕事は十分やったから事業を譲っての楽隠居は長命者の特権。しかし諸刃の剣で、隠居後の優雅な暮らしもあまりに長くなっては生計資金が尽きてしまうことにもなる。

長生き者には義務がある

 今年の夏は装飾品の売り払いがかなりの額になった。来年、再来年の夏もお休みしてもなんとかなりそうだ。ではその後は? 家の箪笥には季節に応じた和服類が詰まっている。買い取り業者は関心を示していた。上手に売っていけば生計費の不足を補うことができそうだ。

 ほかにも処分できそうな物がかなりある。お客様から頂いた書画骨董の類もお店に飾り切れず、物置きに詰まっている。さらには長年にわたって集めた食器、什器も、いよいよお店を畳む際には換価できるだろう。

「高級、上等なモノは使い回そうというのは環境面でもいい傾向だ。若い世代がメルカリを利用するのも社会的には正しいのかもしれないな」

〝終活〟対応型の社会に

 国民主権国家の政治目標は「最大多数の最大幸福」である。国民の中での多数派は、つい先年までは若年世代だったが、今の日本では高齢者。それも世界で一番の高率。引退から何十年経ても生きている超高齢者が高い比率になっているのだ。

 民主主義社会での政策決定は選挙での多数決による。剝き出しの損得で争えば、生産に関わっていない高齢者が社会の余剰を分捕ってしまうことになるが、それでは現役世代が離反して分断社会になってしまう。

「『高齢者は青酸カリを飲んで死んでしまえ』となるのが怖い。高齢者も社会保障要求に節度を持つことが必要だ。かといって人生の最晩年に『食べるものも住むところもない』と生活保護申請の列を作るのは精神的に惨めだ。現役を引退しても、肉体的に衰えきるまでならば、なんらかの社会貢献はできるはず」とIさん。

 終活は基本的に個々人の問題だが、社会のあり方としても考える必要があるのではないかと腕組みした。「そうねえ」。菜々子も真似する。

 終活というけれど、〝人生の終期〟が決まっていないのが最大の関門ではないのか。80歳で死ぬのか、100歳まで生きるのかで、終活内容はまったく変わるはず。自分で「〇歳が終点」と決めても、絶対に当たらない。元気もりもりだった同級生は心臓で急死し、がんで余命宣告を受けた伯母はまだ健全だ。

「終活計画に終期があれば簡単なのだが」。呻吟しつつIさんがぼやく。

 菜々子の頭脳が閃いた。「国民共通の基礎年金の若年支給をやめて、超高齢期に重点支給するのはどうかしら。例えば90歳から月30万円支給する。これが約束されれば生計費に関わる終活は90歳までに計画化できるわ」

 65歳支給の基礎年金を75歳まで10年繰り下げれば84%増の額になる。ならば20年繰り下げれば、受給者はどっと減るはずだから5倍増も可能になるだろう。

「65歳から90歳まで基礎年金がお預けになるが、期間が明らかならば補填計画が立つだろうということだね」。Iさんは理解が早い。

「だが早死にした者の家族から、『じいちゃんが納めた保険料が掛け捨てになる』と苦情が出ないか」

「死んだ人は生計費が要らないわ」と答えたものの有力政治家は納得するだろうか。今のわが国は世襲代議士が本流になっている。親の地盤を引き継ぐのが当然との感覚だろう。親の年金は親の生計費に充てるものであって、「相続財産ではない」ことを有力政治家が認識することが出発点になりそうだ。

ⅰ 第230夜。2022年11月号。

ⅱ 第232夜。2023年1月号。

(月刊『時評』2023年12月号掲載)

寺内香澄(てらうち・かすみ)(有)総合社会政策研究所。ショートストーリー作家としても活躍。単行本として『さわやか福祉問答』(ぎょうせい)。
寺内香澄(てらうち・かすみ)(有)総合社会政策研究所。ショートストーリー作家としても活躍。単行本として『さわやか福祉問答』(ぎょうせい)。