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菜々子の一刀両断ってわけにはいかないか……【第266夜】

少子化対策への基礎年金活用策

写真ACより
写真ACより

私の名前は松下菜々子。深川門前仲町で久寿乃葉という小料理屋を営む。未婚、子なし。恋人募集中。
世間の皆さんあるいはお店の常連のお客様同様、将来に不安を感じている。砂浜の真砂が尽きないように、私の老後不安にも底がない。同年代の客も同様と見えて、カウンター席でも座敷席でも、その種の会話が多いように見受ける。客の話に合わせるのは接待の基本。菜々子も、新聞、テレビ、図書館で、その種の勉強に怠りはない。

国民年金が少子化の原因?

 わが国の存亡に関わる重要課題の一つが少子化問題。人の寿命はいくら伸ばしてもせいぜい120年。これを大きく超えることはない(ⅰ)。次世代の子どもたちが生まれてこなければ、国民国家は消滅する。火を見るより明らかなのに政治家の関心は今一つピントが合っていない印象だ。今日の久寿乃葉の中心話題は、国家の行く末と自身や子・孫の老後安心保障。カウンターの素人論客たちが、お酒の勢いも借りて果てることなき甲論乙駁。

「年金をもらうようになって改めてその深刻さに気がついた」とAさん。要点を要約しよう。まず、基礎年金の額の低さ。「100歳後を想像してみろよ。貯金を使い切り、足腰弱って働くどころではない。7万円未満で老後安心はないだろう。一方で現役世代の保険料の高さ。子どもや住宅ローンを抱えた夫婦の年金保険料は基礎年金分だけでも3万5千円」

 そもそも基礎年金とはなにか。Tさんのグラスに注いだビール瓶を持ったままFさんが後を引き取った。「政府の政策が善くて国民が勤勉であれば平均寿命は伸びる。でも生きていくにはカネが要る。わが子、わが孫に仕送りさせるか、〝お互いさま〟の考えで社会全体での仕送りシステムを構築するか」

 そして日本は全国民一体での〝世代間仕送り〟を法制化した。それが国民年金保険制度による基礎年金支給。「でもこれには見落とされがちな欠陥があるのよね」とOさん。紅一点だが酒豪でもある彼女は手酌の盃をグイッと飲み干して続けた。「子世代が老親への仕送りをしなくて済むということは、子を産む理由の一つがなくなることでもある!」

 実も蓋もない言い方だが、一面の真理をついている。

年金廃止論の是非

 いわゆる年金タダ乗りの増加だ。例えばだれもが等しく同じ数の子を育て上げたとする。早死にする親には年金は不要だから、子は早々と扶養責任から解放される。でも誰かのためになればと年金保険料を払い続ける。それによってこの方が先に事故で亡くなった場合に、老親が路頭に迷うことを防げることになる。これが保険料方式の公的年金の心髄。

 あなたの親は私の親。寿命など前もって分からないのだからお互いさまでよいではないかというわけだ。「だって同じ日本人ではないか」とその隣に座るAさんがつぶやき、みんなが頷いた。でもその感覚に欠ける者がけっこういるのだとO女史。1億人以上の国民のうち自分一人くらい子を産まなくても大勢に影響ないはずと思うのだろうが、認識は伝播する。そういう人が増えて混乱しているのが現代の状況なのだと分析した。

 少子化傾向が止まらない。かつて200万人台だった年間出生数が今やその三分の一以下である。

 もとより子どもを産む、産まないは各自の自由判断領域。大別すれば、「子は多いほど良い」。「人並みの子ども数がよい」。「子どもは要らない」。以上の三択のうち、どの考えの人が多いかで一国の出生数傾向が定まる。結婚するか、子を作るかは人生にとっての一大判断事項。森羅万象の事項を考慮するだろうが、年金制度の有無が一つの判断要素であることも否定できないはずだ。

「人口問題に限れば、国民皆年金は出産意識には逆効果だな」。端っこの席からAさん。

「すでに老後生活の柱は年金でという国民の共通理解が確立している。今さらそんなことを言われても…」とTさんは鼻白んだ。これには菜々子も同意見。年金がいくら入るはずと老後生活設計は皮算用に入っているのだ。でもOさんの指摘も正しい。Fさんの解説を引用しよう。

「わが国は明治以降一貫して人口増加が悩みのタネだった。国民年金がすんなり実現できたのにも出生数の抑制に役立つはずとの政治的判断はあったことは間違いない。ところがその後になって抑制策の成功し過ぎに気がついた。しかるに未だに政策転換ができない。政治家の構想力の衰えということでもあるな」

 年金制度の整備によって「子どもは要らない」という人が増えてきた。しかし国民は出生数が回復しなければこの国の将来はないと懸念している。ならば方法は二つに一つではないか。一つは基礎年金を立ち枯れさせる。二つは年金制度の仕組みを変えることで、「子は多いほど良い」あるいは「人並みの子ども数がよい」に国民の意識を変えることだ。

国民連帯

 菜々子も少しばかり学識を披露した。といってもネットでの検索だが。

「国民年金法は、〝憲法25条2項〟の理念に基づき、〝国民の共同連帯〟によって制度運営するとなっているのよ」

 その点は重要だとAさん。「政府が国民の老後を保障すると言っても手法はさまざま。公費で無条件に年金を支給する主張もあるけれど、わが国の国民年金法は〝国民の共同連帯〟、すなわち保険料を財源に保険料納付実績を前提に年金権に結びつくことになっている。この前提に沿って制度を手直しすることで、少子化を反転させることを考えればよい」

「それができれば基礎年金を立ち枯れさせる必要はなく、逆に年金額の増額も考えられることになるな」。Tさんは早速腕組みして、構想を練り始めた。

 Fさんが教えてくれたように、国民年金の創設時には出生数抑制効果が潜在的に要請されていた。とすれば子育ての実績を年金給付に反映させるのは絶対的タブーだった。状況が変わって国民の出生意欲増進が要請されている。国民年金制度がそれに応えるにはどうすればいいか。話は簡単、政策を逆転させればよい。その成果で出生数が劇的に改善されることになれば、危惧されている基礎年金の将来的財政問題もおのずから解決する。

保険料減免

 Oさんが挙手して提言した。「子育て期間中に保険料を思い切って全額免除、または大幅減するのはどう?夫婦で月3万5千円の家計負担減になれば、アナウンス効果は大きいと思うわ。年金制度は年間3兆円の保険料減収になるけれど、ほぼ同規模のバラマキである児童手当をやめて、それに投入している公的財源を回せばうまく回るはずだわ(ⅱ)」

 細かいことに気がつくAさんから指摘があった。「児童手当と違って子育てしている夫婦双方に恩恵が及ぶ点がポイントだね。子育てはワンオペではないとの政府メッセージにもなる」

年金加算

 子育て実績を年金額にも反映させるべきだろうとAさん。基礎年金受給年齢になれば保険料納付の主力は子ではなくて孫世代。なので直系の孫の数に比例して加算する。Aさんには子が4人いるのだが、どの子も結婚までは順調だったが、子作りには消極的。〝孫加算〟ができれば、「俺たち夫婦の老後のために子を産んでくれよ」と泣き落とし作戦ができそうだというのがその理由。

「来年生まれた孫は20年後に保険料納付年齢になる。その後に自分たち夫婦の基礎年金に加算がつくと思えば健康や長生きに張り合いが出る…」

 Oさんが追加提言。「孫加算を考えるついでに基礎年金の支給開始年齢も変更すべきだわ。65歳なんか、今では体力的にも社会的にも現役世代。70代、80代でも週に一日軽いアルバイトで小遣い銭を稼ぐとか、積立NISAを解約するなどの家計手段がある。問題は90代以降の超高齢期。ここに財源を集中することで基礎年金額の3倍増も可能になり、Tさんの〝食えない基礎年金額〟問題も解消するわ」

 Tさんが頭を掻く。「ありがたいことだが、これから制度改正しても経過措置でオレの世代の年金増額はどうかなあ。だが国家国民の将来を考えれば賛成だ!」

年金国庫負担

 少子化と並んで重大なのが政府の財政赤字。基礎年金の半分が国庫負担で年間10兆円以上が投入されている。年金支給年齢を思い切って90歳以降に繰り下げれば、年金額を3倍にしても保険料だけで運営できるのでは?菜々子の脳内電卓の結果ではそうなるのだが。Oさんがにっこり微笑んだ。

「ママは慧眼だわ。国民連帯で運営するのだから財源のメインは保険料であるべきよね。今の国庫負担を取りやめ、先に挙げた子育て被保険者への保険料減免への補填だけにする。それでもってざっと8兆円ほど政府支出が浮くから、国債償還に回すか、国防費を増やすか。はたまた産業界に元気が出る開発助成をするとか…。そういう明るい議論を世間や国会でしてほしいものだわ」

国民年金と国籍

「国民年金と名がつくのに外国人も適用になるのはおかしくないか。適用拡大の経緯を知っていて敢えて議論したいのだが」とFさん。ベトナム戦争後に国外追放される華僑救済のポーズのための社会保険制度が政治利用されたのが経緯であるらしいと裏話を披露。

「出稼ぎ外国人は年金をもらう年齢では母国に帰国済み。それに年金を国外送金するなんて!国民主権(ⅲ)との関連をとっても筋違いだろう」とAさん。年金支給には国内消費拡大の経済効果があるが、海外受給者への送金ではその効果もなし。

ⅰ 9月3日に独裁国家の2巨頭、習近平とプーチンが「健康な臓器の移植を繰り返すことで、自分たち支配層が150歳まで政治権力を握り続けることが可能」と話し合ったと伝えられている。本気でないことを祈りたい。

ⅱ 児童手当は「貧乏人の子沢山」への救貧政策で、出産調整が確立している社会には適合しない。これに対し、国民全員が納付すべき年金保険料について子育て中は夫婦ともに免除とすれば、子どもを産むことを日本社会が奨励しているとのメッセージが拡散する。

ⅲ 国民主権に関して日本国憲法では国民の義務として3点を明記している。「子女に普通教育をうけさせる義務」(26条2項)、「勤労の義務」(27条1項)、「納税の義務」(30条)。条理解釈によりこれ以外にも義務はあるわけだが、その一つに国民年金を含む国民全員適用の「社会保険料納付義務」が考えられる。

(月刊『時評』2026年1月号掲載)

寺内香澄(てらうち・かすみ)(有)総合社会政策研究所。ショートストーリー作家としても活躍。単行本として『さわやか福祉問答』(ぎょうせい)。
寺内香澄(てらうち・かすみ)(有)総合社会政策研究所。ショートストーリー作家としても活躍。単行本として『さわやか福祉問答』(ぎょうせい)。