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時評座談会:大学院の戦略的活用が急務。

はすい・ともや:昭和44年生まれ、北海道出身。東京大学法学部卒業後、平成5年通商産業入省。24年経済産業省中小企業庁事業環境部企画課長(併)制度審議室長、27年7月大臣官房政策審議室参事官、10月内閣官房一億総活躍推進室参事官、28年経済産業省経済産業政策局産業構造課長、30年6月経済産業省大臣官房参事官(経済産業政策担当)、30年6月内閣府地方創生推進事務局参事官、令和2年経済産業省製造産業局金属課長、3年7月総務課長、3年10月より現職。
はすい・ともや:昭和44年生まれ、北海道出身。東京大学法学部卒業後、平成5年通商産業入省。24年経済産業省中小企業庁事業環境部企画課長(併)制度審議室長、27年7月大臣官房政策審議室参事官、10月内閣官房一億総活躍推進室参事官、28年経済産業省経済産業政策局産業構造課長、30年6月経済産業省大臣官房参事官(経済産業政策担当)、30年6月内閣府地方創生推進事務局参事官、令和2年経済産業省製造産業局金属課長、3年7月総務課長、3年10月より現職。

蓮井 確かに世界の潮流は、〝知の高度化〟が起きて、大学院の修士や博士号取得の方向に向かっているにも関わらず、日本では、学歴の成果として、修士・博士に上がっていくことが、必ずしも社会的評価や処遇にきちんと結びついていないことは、問題点として挙げられるでしょう。

有村 先ほど蓮井審議官が日米経営者の最終学歴を比較されました。実は、私も国連における15の専門機関それぞれのトップに立つ人材の最終学歴を調べてみました。世界保健機構(WHO)や国連教育科学文化機関(UNESCO)など、国連を代表し、特定専門分野の世界的潮流を作る15機関の事務方トップは15人中13人が修士号または博士号の取得者です。少数派となる残り2人が大学卒、そのうちの一人が日本人です。日本が今後国際機関のトップクラスの人事ポストを狙っていくのであれば、修士号・博士号取得者であることが事実上の要求水準になってきている現状を日本政府も直視し、これに備える人材育成をする必要があります。
 例えば、新型コロナウイルス対策に当たっているWHOのテドロス・アダノム事務局長は、出身国エチオピアで外務大臣と保健大臣を歴任し、博士号を持っています。国際電気通信連合(ITU)は、衛星の電波軌道や5Gなど通信の国際的技術標準を決めていく専門機関ですが、このトップ事務局長ポストは中国が占めており、最終学歴は修士号です。
 世界各国がしのぎを削って〝知の高度化〟を競い、自国も少なからず影響を受ける国際秩序や国際法、国際技術標準などを決めていく過程で「いかに自国に有利な国際秩序を維持し、不利なルールを避けるか」という熾烈な外交交渉を担うトップ人材が修士号や博士号を持っていないと、なかなか世界の猛者たちと伍せない現状があります。


国連15の専門機関とトップの最終学歴(2022年4 月時点)(出典:有村治子事務所)
国連15の専門機関とトップの最終学歴(2022年4 月時点)(出典:有村治子事務所):15 の専門機関のうち13 の専門機関のトップが修士、博士号取得者となっている。“知の高度化”を示す好例と言えよう。


修士(マスター)と博士(ドクター)の価値の差



有村 世界を相手にビジネスを展開されている富士通の平松執行役員は、この議論をどのように受け止められますか。

平松 今回は、このような場にお招きいただきましてありがとうございます。有村議員の問題提起は、私自身、共感するところが非常に大きいです。世界で〝知の高度化〟が進行しているにも関わらず、日本がこうした潮流に乗り遅れている要因には、企業にも責任があるのではないかと見ています。
 振り返りますと、戦後、高度成長の時代には、一つの会社に大学新卒で入って、ずっと勤め上げる終身雇用が基本パターンでした。終身雇用制においては、OJTを中心に、一つの会社の中でジョブローテーションをすることによって、ゼネラリストとして育ち、昇進していくモデルが機能していたわけです。
 ところが、情報化が起き、変化が激しくなると、さまざまな企業とコラボレーション(コラボ)することによって、化学反応やイノベーションを新たに起こしてグローバルに競争していく時代になりました。もはや、わが国における終身雇用制は崩れつつあり、逆に高度な専門性を持った人材の獲得競争が、数年前からかなり激しくなっています。
 企業とのコラボとは、言葉自体はきれいなのですが、要するにコラボとは、「強さと強さの交換」なんですよね。つまり、互いを補完し合う強みがあってこそ初めて成立し、互いをリスペクトし合って、一緒にビジネスをやろうということになるわけです。シビアな言い方をすれば、高度成長時代の優秀なゼネラリストがいくらいても、コラボによる化学反応は、決して起こりません。

ひらまつ・ひろき:昭和40年生まれ、大分県出身。関西学院大学社会学部卒業、平成元年富士通入社。11年マーケティング本部人事部担当課長、15年プロダクト事業推進本部勤労部担当部長、21年総務人事本部人事部担当部長(組織,人事担当)、30年人事本部人事部長、令和2年執行役員常務、4年4月より現職。
ひらまつ・ひろき:昭和40年生まれ、大分県出身。関西学院大学社会学部卒業、平成元年富士通入社。11年マーケティング本部人事部担当課長、15年プロダクト事業推進本部勤労部担当部長、21年総務人事本部人事部担当部長(組織,人事担当)、30年人事本部人事部長、令和2年執行役員常務、4年4月より現職。


有村 ゼネラリストだけでは太刀打ち出来なくなっている……。

平松 当社は、職責の大きさ、各ポジションで求められる役割や専門性を明確にしたジョブ型人事制度を2年前からスタートさせています。昨今の潮流であるAI、量子技術、セキュリティなど高度な分野での専門人材をできるだけ集め、活躍してもらって、会社そのものを変革していくことが狙いです。もちろん、社内だけではなくて、社外からの優秀な人材も当然、任命していくことを想定していますし、特に市場価値が高い、非常に重要かつ高度な専門性を持った人材については、その職責の大きさの処遇にプラスして、高度専門人材処遇制度を設けて、さらに報酬をアップさせています。

有村 国際企業の人事トップとして人材を採用されるお立場からすると、世界各国から集めたい、喉から手が出るほど欲しい人材は、率直なところ、修士号か博士号どちらが多いですか? そもそも企業実務において、修士号と博士号とはどのような違いがあると認識されていますか。
 経済界・産業界における修士と博士の機能や実務能力の違いについて、実は多くの関係者に質問しているのですが、率直なところ専門家でも明確に言語化していただいていないもので…。

平松 まず、当社において、いわゆる研究職については、修士か博士の取得者しか採用していません。その上で、今のご質問にお答えしますと、研究職としてのスタートが違います。つまり、研究職においては、修士取得者は、専門性であったり、自分でテーマを決めて成果を出していくということについては、まだこれからで、半人前ぐらいな感じで見ています。一方、博士取得者は、専門性の高さや深さ、そして自分でテーマを見つけてアウトプットしていく力は、既に備わっていると判断しています。

有村 修士と博士。研究者としてのキャリアの蓄積の違いが、やはり目に見えるわけですね。

平松 そうです。ただ、先ほどの有村議員のご質問は、日本にとって大変重要なポイントが含まれていると思います。つまり、これまでは、わが国においては、修士(マスター)、博士(ドクター)とは、まさに「何が違うの?」という感覚だったと言えるでしょう。実際、日本企業において、修士と博士の違いは、単に年齢の差ぐらいにしか、処遇に差がつけられていなかったケースが大半でした。

有村 博士と言っても、その専門性の高さに対して、十分な処遇が確立されていません。

平松 ところが、グローバルベースで見るときには、修士と博士の価値は大きく違っています。つまり、さまざまな研究やテクノロジーの領域でグローバルにコラボしたり、ディスカッションをする場合に、海外では、博士を持っていることがもはや当たり前になっています。こういうシーンでは、「どういう分野の博士なの?」ということでリスペクトされて、コミュニケーションが進んでいきます。ところが、日本ではこうしたことがあまり認知されていないから、学士や修士がグローバルなコラボや、研究のコミュニティの中に加わるケースが出てくるわけですね。しかし、博士でないからリスペクトされないとか、議論に加われないことがやはりあるというんですよね。ですから、当社の研究職に修士で入った人に対しては、博士号を取得することを推奨し、サポートしています。

有村 実業界における修士と博士の力量の違いを言語化し、社会で共通理解を持つことは、日本においてとても大事な今日的課題です。
 博士号には、現下の問題に直面して仮説を立てて、自ら論証の方策を考え実証し、専門家からの挑戦に反駁できる説得力を持ち、新しい知を創造する。さらに実業界における優秀な博士は、第三者にも分かるスタイルで成果を伝えるコミュニケーション能力と、ビジネス利害関係者において、多数派を構築できるタフな交渉力を持つことも期待されるでしょう。大変な逸材です。だからこそ、こうした「博士号を持った知恵者」の処遇には「惜しみない報酬を払い」、それでも喉から手が出るほど欲しい人材層が、先進各国で求められているのでしょう。

ジョブ型人材マネジメントへのフルモデルチェンジ(出典:富士通株式会社)
ジョブ型人材マネジメントへのフルモデルチェンジ(出典:富士通株式会社):ジョブ型人材マネジメントを導入したときの企業が取り組む内容の事例

デジタル分野での博士号取得者が圧倒的に不足

わが国の博士人材の収入は高い傾向にあるが、道半ば(出典:経済産業省):博士人材は、修士・学士に比べて、収入が高い傾向にあるが、他方、年収が400 万円以下も30%以上存在している。
わが国の博士人材の収入は高い傾向にあるが、道半ば(出典:経済産業省):博士人材は、修士・学士に比べて、収入が高い傾向にあるが、他方、年収が400 万円以下も30%以上存在している。

有村 先ほど、平松執行役員から富士通の事例についてお話を伺いましたが、他の企業ではどのような人材戦略が採られていますか。

蓮井 特にデジタル分野での人材が圧倒的に不足しているという認識は、どこの企業も共通で、この傾向はデータにも現れています。実際、日本IBMでは、デジタルの即戦力という視点から博士号取得者の採用が積極的に進められています。また、総合商社では、三井物産などでも6~7年前から博士号取得者、あるいは在学中の大学院生を新規に採用するなどしており、博士号取得者の採用については、文系、理系関係なく進めていると聞いています。また、メルカリは、博士課程に通う費用を会社が負担したり、三菱電機は、任期付きの採用をして博士課程に通う大学院生の生活保障を行っています。

平松 当社は、文部科学省が進めている「卓越社会人博士課程プログラム」を活用しています。同プログラムの一環として、九州大学の修士課程の学生と当社がコミュニケーションして、博士課程でどういうテーマを研究していくのかをあらかじめ会話をして選考する仕組みです。選考された学生は、修士課程修了後に、当社に入社して、入社式と、最初の研修教育だけ受講し、再び九州大学の博士課程に戻って研究を続けてもらいます。その間、当社は、社員としての報酬をお支払いするわけですね。博士号が無事取れたら、当社に戻って、当社の研究者として仕事をしてもらいます。この仕組みの特長は、まず富士通の普通の報酬が払われるので、経済面が保障されています。さらに、博士課程が終わった後のキャリアも大丈夫です、と。それから、研究するときに、当社の研究者からいろいろなアドバイスなどを受けながら、アカデミックな世界と、実際のビジネスの世界をどううまく関係付けるかをイメージしながら研究することができます。

有村 博士課程に在籍する人々をどう認識するかも重要なポイントです。「金を産む卵(勤労者)」なのか「安く使える労働力(学生)」なのか。大学院や社会に貢献してくれる、報酬を払うべき勤労者なのか、授業料を支払ってもらう学生なのか。この認識が社会で定まっていないことも、日本において博士課程進学が敬遠されてきた主要因の一つです。だからこそ、富士通が修士号取得者を社員として迎え、経済的に支えた上で博士号取得を奨励し、博士号取得者を研究者として迎えるルートを拓いておられる慧眼(けいがん)を称えます。この博士課程支援は、文部科学省と富士通の独自事業なのですか。

平松 文部科学省と、このスキームを構築する際に検討メンバーだった九大の有川節夫元教授がおられて、当社が九大と連携して具体的な仕組みを作り上げ、今年度まず一人受け入れたということです。今後、他の企業にも展開していくことになるかと思います。

蓮井 東北大学でも、同プログラムの事例報告を聞いています。文科省の大変優れた事業だと思います。

平松 この仕組みがうまく機能するには、マッチングがすごく重要です。万一、大学と企業が違う方向を向いていたら、ミスマッチがたくさん発生して混乱しますよね。その点、同プログラムは、マッチングのために、大学、学生と企業がコミュニケーションをきちんと取りながら、ベストマッチを組んでいくわけです。ただ、もっと全体的に、需要と供給を組み合わせていく必要があると思います。蓮井 ややもすると、博士号を取得している高度な人材は、海外から直接ヘッドハンティングすればよいと考えがちだと思うのですが、日本にいる人材をどう育て、企業にとって有為な人材にしていくかという視点も非常に重要です。天然資源の乏しいわが国にとって、「人が最大の資源」であることは間違いないわけですから。

日本の大学(アカデミア)に求められる領域とは

有村 蓮井審議官ご指摘の通り、高度な専門知識を持ち、海外のカウンターパートと互角に渉り合える博士号取得者が求められていますが、日本の大学・アカデミアは、このような最高学位を持つ実務家リーダーを育成できていると認識されますか。

平松 特に博士課程に進む学生については、そのまま大学に残って教授になるという道ももちろんありますけど、実際にはかなりの割合で民間企業への就職を考えている方が多いのが実情だと思います。そういう意味では、先ほどの九州大学の事例のように、どういう人材を育てていくかについての企業側のニーズと大学側のニーズを一緒に議論するような場が必要だと感じています。
 例えば、大学においては、論文を書くことがすごく重要なことだと考えられています。もちろんそれは大切なことなのでしょうが、あまりそこに偏らずに、例えば企業との共同研究など実学的な研究を積極的に行う工夫も必要なのではないでしょうか。むしろ、将来的に、海外の企業や研究機関とコラボしたときに、自分の専門領域をどう生かしていけるかという応用力を磨いていくことが求められていると思います。

蓮井 われわれも、産業界や経済社会が求める人材が、どういう人なのかということを、政府としてもきちんと示していく必要があると実感しています。

有村 経産省では、民間企業の皆さんと共に「未来人材会議」を開催されていますよね。

蓮井 ご指摘の通りです。この点については、萩生田光一経済産業大臣(当時)も非常に強い問題意識を持っておられます。
 マクロな観点から、産業界からどういうスキルを持った人材が本当に必要なのかを、もっと具体的にシグナルを出してもらった方がいいということから、2021年12月より「未来人材会議」を開催し、富士通の時田隆仁社長にもご参加いただきました。その結果、現在、日本で企業側から求められている人材は、先述した通り、圧倒的にデジタル人材が足りないということですね。具体的にどういうレベルのデジタル人材なのかを、きちんと示していく必要があるでしょうし、こうした社会的ニーズを大学側にもきちんと受け止めてもらいたいと思います。今後どういう人材が求められるのかについては、デジタルに加え、カーボンニュートラルなどが想定されますが、こうしたトレンドを踏まえた形での推計なども5月に取りまとめた「未来人材ビジョン」で提示しています。

有村 「未来人材会議」での議論が、日本の産業競争力(国際的魅力度)を上げ、わが国の稼ぐ力、雇用を創り守る力につながることを、心からご期待申し上げています。

蓮井 ありがとうございます。もう一つ、ミクロな視点で申し上げると、先ほどの文科省の事業として、九州大学の「卓越社会人博士課程プログラム」の事例が挙げられましたが、経産省でも企業と大学が共同で講座を創る際の経費の一部助成措置なども21年度補正予算措置で実施しています。

国家公務員制度の中に、博士号取得者が活躍できる仕組みをビルトインしていくには

有村 博士号取得者に敬意を払う価値観が人事制度に反映されておらず、最高学位と職責や処遇がリンクしていないままで、日本が世界の科学技術先進国と伍していくことは困難です。
 先ほど、富士通の平松執行役員が指摘されたコラボの概念、すなわち「戦略的提携は、『強さと強さの交換』が測られてこそ生きてくる」との鉄則は、極めて重要なご指摘です。人間関係例えば結婚においても、自立した者同士が相互依存すれば関係性は強まるでしょうし、企業の合併・合弁においても、お互いの強みと弱みを補完できるかどうかは、冷徹に審査されるでしょう。政治の世界に身を置いていると、これはまさに国同士、国際政治においても当てはまる話だと痛感します。こちらに強みがなかったら、他の国々から戦略的提携の声をかけてもらえない。先方から魅力的に見える要素がわが方になければ、メンバーシップ、パートナーシップにも入れてもらえないということがあり得るわけで、国家としても日本にキラリと光る、相手だけでは絶対に構築できない技術や人材や資金や魅力がなければ、「パートナー、組みませんか」とは言ってもらえません。
蓮井審議官に伺います。国家公務員人事制度においては、博士人材の採用・処遇・活用について、どのようになっていますか。

蓮井 あくまで個人的な印象ですが、私のような事務系の人間は、正直、博士号取得者は多くないですね。最近は、公共政策大学院などを出て霞が関に入る方は、結構増えてきていますが、あくまで修士の領域ですね。
 一方、技術系では、博士号を取得されている方は比較的多いですね。例えば、厚生労働省には、いわゆる医療系技官がおられて、医師免許の資格を持たれた方がおられると認識しています。

有村 まさに医官とか技官は専門職としての昇進はあっても、例えば事務次官など、キャリアのトップを専門職が狙えるかというと、通常は極めて珍しい印象です。

蓮井 経産省の場合は、事務系と技術系の区分けがなくなってきていまして、法令担当をしている人でも技術系の人が結構いるなど、いわゆるボーダレス化がかなり浸透しています。ただ、幹部職になってきたときにどうなるかについては、これから取り組むべきところがあるかもしれません。

有村 大学卒業後、修士取得に2年、博士に5年(以上)時間がかかりますが、国家公務員としての定年は、大卒と同じ60歳。そこで「生涯賃金はどちらが高くなるのか」と、内閣人事局に国会質問したところ、「大卒、修士、博士の職員において、生涯賃金はどちらが高くなるのか、計算したことがない」との公式答弁でありました。すなわち、博士号を取得した努力に対して、今のところ公務員人事制度においては、それが有利に働くような積極的制度設計はほとんどなされていません。これでは、「やはり大学を卒業してキャリアを早くにスタートさせ、事務次官など幹部に上り詰めた方が、社会的にも経済的にも得だ」という考え方で、霞が関の常識がこびりついてしまうのも無理からぬことです。〝知の高度化〟が進む世界の潮流と向き合い、競合し提携し日本が引き続き国富や国力を維持するためには、「隗(かい)より始めよ」の精神で、まずは国家公務員の人事制度において、博士号取得者を積極的に登用する人事制度を設け、経済界にも働きかける説得力を政府自身が持つべきです。

蓮井 有村議員の国会質疑は、われわれも拝見していましたが、まさしくその通りだと思います。岸田文雄総理を議長とする「教育未来創造会議」においても大学教育は大きなテーマとして取り上げられ、中でも、より高度な人材、つまり修士号取得者や、博士号取得者を企業のみならず公務員としても、どう受け入れていくかについて非常に大きな論点になっています。

平松 われわれ企業にとっても、ビジネスを進めていく上で、国が強く、生産性が高い、もしくはイノベーティブな国でないと、なかなか発展が見通せません。従って、国の中核を支えている霞が関の皆さんには、常にみんなが憧れる存在であってほしいと思います。

有村 博士人材が社会をリードし、活躍する姿を可視化するために、まずは実在するロールモデルを戦略的に創り、社会に定着させていかなければならないと考えますが、経済界のご見解はいかがでしょうか。

平松 公務員制度についてはともかく、少なくとも当社に関する限り、海外との比較において、処遇面の魅力について、まだまだ改善していく必要があると考えています。そういう意味では、とがった高度な専門性を持つ修士や博士号取得者の皆さんが、その力を最大限発揮できるようなポジションとそれにふさわしい処遇、そしてどれだけ活躍したかということを社内外にどんどん発信していき、その専門人材のロールモデルをもっと創っていく必要があると実感しています。


求められる人材流動化の仕組み。価値観、経験など多様性の中からイノベーションは生まれる

平松 一方、民間企業のわれわれから見て、「なぜ日本はこんなに内向きで、外に弱い国になってしまったのか」ということを考えると〝知の高度化〟に乗り遅れていると同時に、人材の流動性の低さが要因ではないかと思うわけです。
 例えば、限られた仲間でずっと一緒に仕事をしていると、「自分は何が得意で、どういう価値を出せます」ということをわざわざ言う必要もないし、心地よい空間なわけですよね。これまでの日本は、ある意味こうした心地よい空間だったからこそイノベーションも起きにくかったと言えるのではないでしょうか。一歩外へ出ると、「あなたは何ですか」ということが必ず問われますから「富士通の平松です」という答え以外に「私は〇〇ができます」という回答も常に準備しておく必要があるわけです。つまり、これからの日本には、人材の流動化をポジティブに捉え、多様なキャリア形成や成長のためにどんどん人材が流動していくことが望ましいのではないかということですね。人材が流動すると、必然的に価値観、経験など多様な人が集まって、こうした中からイノベーションが生まれてくると思います。

有村 イノベーションとは、既得権益や今まで権力権限があったところに挑戦を仕掛け、新しい価値を打ち立てて人や資金や情報や価値ある物を集めて、より強くなっていく化学反応を起こしていく仕組みでしょうから、ある意味では、既得権益の壊し屋、パワーバランスの変革を起こします。冷厳なエビデンスを持って、こうした建設的な権力シフト、創造的破壊を図っていくため、経営幹部を説得して賛同者を増やし、社会に訴求力を持てる、タフで強靭な博士人材を創っていけるかどうかが、日本の盛衰に直結してくると認識しています。

平松 当社では、人材の流動を活性化させようと、ポスティングや中途採用の大幅増加も一緒に実施しましたが、相当、活性化することができました。常に、イノベーティブで、自分のアイデンティティがあり、そして成長していける企業であり続けるためにも、流動化は、不可欠なキーワードだと思います。

有村 流動化が進むと、境界をまたぐ、タフなコミュニケーション能力が必要になってきます。それは単に、語学力だけの問題ではなくて、業種業界や商圏、国境、市場圏ごとに異なる文化・言語・宗教・人種・法体系・経済力の差異などのボーダーをクロスし、皆に一目置いてもらえるような交渉能力とでも言えるでしょうか。こうしたタフなコミュニケーション能力を促す仕組みの一つが、先ほど平松執行役員がおっしゃったジョブ型人事制度ということになるのでしょうか。

平松 その通りですね。例えば、外資系企業をイメージしていただければお分かりいただけると思いますが、外部から高度な専門職、例えば博士号取得者を採用するとなると、当然、報酬の水準は、高額になりますね。世の中では、こうした高度な専門的な仕事ができる人はこれくらいの報酬だということが、マーケットでベンチマークして、その価値が初めて分かることになります。
 社内で年功序列が機能している間は、とても低かったと。でも、外部と交流し始めると、要するに、マーケットの原理が働き、適切な報酬になっていくわけです。なかなか日本で給与が上がらないという理由の一つは、たぶん、ずっと一つの会社にいることが前提で、流動していないから市場原理が働かなかったと言えます。
 従って評価については、その職責にふさわしい報酬なので、職責をきちんと明確にして、それに合った報酬体系をつくるわけです。そのポジションにアサインされたら、そのポジションの報酬が支払われます。人に資格を付けて、それで支払われるわけではないというのが大前提で、ジョブ型に合わせた運用をしていくということですね。

蓮井 われわれもジョブ型人事制度が、わが国の人材の流動化につながると見ています。先ほど平松執行役員に説明いただいた富士通のような先進事例も参考にしながら、ジョブ型雇用をより深めていきたいと思います。具体的には、先ほどご指摘があったように、仕事の内容がきちんと明示されて、それに対して給与がひもづいてくる仕組みを企業に導入するに当たってのガイドラインを作っていく方針です。
 それから、税制や、社会保障など、一つの会社に長く働けば働くほどメリットが出てくる仕組みがありましたが、政府としても、もう見直していくべき時期に来ていることを「未来人材ビジョン」の中で提言しています。

有村 国家として、修士と博士の実務家としての機能・能力の違いを明確にして、〝知の高度化〟に対する戦略を構築することが課題です。修士・博士人材が正当に評価され、国の中枢においても彼らをきちんと迎え入れる仕組みが求められています。今回の国会質問では、国家公務員を議論の対象にしましたが、大学研究職などの学術界以外のキャリアにおいて、例えば産業界、法曹界、報道、政界においても、知的トレーニングを積んだ博士号取得者が活躍する未来を創り、引き続き世界で一目置かれる日本でありたいです。
 今回の座談会が大学院を戦略的に活用し、〝知の高度化〟を促す起点の一つとなれば光栄です。本日はどうもありがとうございました。

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