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◆ GIGA スクール構想最前線

GIGA スクール構想下での 民間教育機関の取り組み ―ICT 教育の充実に向けて―

株式会社学研塾ホールディングス代表取締役会長   株式会社市進ホールディングス代表取締役会長     下屋 俊裕氏
株式会社学研塾ホールディングス代表取締役会長   株式会社市進ホールディングス代表取締役会長     下屋 俊裕氏

 新しい時代を生きる子供たちの可能性を引き出す個別最適な学びを実現させるために“一人一台端末”と高速通信ネットワークの整備を進める「GIGA スクール構想」。それ以外にも、教育制度改革や現場におけるICT ニーズの高まりなど、教育の現場は大きな改革期にあるといえる。新型コロナウイルス感染症の影響で実施が2020 年度に前倒しされたGIGA スクール構想は民間教育にどのような影響をもたらしたのか。地域や学校にかかわらず、多くの子供たちと実際に接する民間教育機関におけるICT 教育の充実に向けた取り組みにはどういったものがあるのか。首都圏に学習塾や予備校を展開し、全国の学習塾などにも映像配信を行っている市進ホールディングス(学研塾ホールディングス)の下屋会長に話を聞いた。


教育サービス事業とGIGAスクール構想

――「Society5.0時代を生きる子供たちに相応しい、全ての子供たちの可能性を引き出す個別最適な学びと協働的な学びを実現するため、『一人一台端末』と学校における高速通信ネットワークを整備する」として令和元年(2019年)より取り組みが進められているGIGAスクール構想。学習塾や予備校など、教育という現場に幅広く携わる貴社においてGIGAスクール構想とはどういったものなのでしょうか。

下屋 2019年から取り組みが進められているGIGAスクール構想ですが、これからの社会において否が応にもICTをはじめとする情報通信技術に触れていかざるを得ない子供たちにとって、早い段階からデジタル教材に触れる機会を得るというのは大きなメリットになると考えています。また個々の生徒に個別最適化された学習環境を提供できることも重要なポイントになります。当社は学習塾や予備校など子供たちへの教育だけではなく、大学生や社会人、そして高齢者へもさまざまな学び、教育を提供する事業を行っています。そのためGIGAスクール構想以前からデジタル教材を活用したICT教育、授業を行っていましたのでGIGAスクール構想によって事業スタイルが大きく変わるようなことはありません。

 またGIGAスクール構想でいう〝一人一台端末〟ですが、端末そのものは学校や自治体が管理したり、セキュリティ分野で一定の制限をかけることが予想されますので学習塾や予備校で活用できるかは不明な部分もあります。そのため当社をはじめ、教育サービスに携わる事業者はパソコンやダブレットを持たない子どもには端末を貸し出したり、すでに端末を持っている子どもには、それを有効に使えるような環境の整備を進めてきたというのが現状になります。当社の場合には「ウイングネット」という、インターネットを介して受講できる映像授業があります。さまざまな内容やレベルを揃えており、オンライン授業を活用することで予習や復習、学校の授業内容にもオンラインの活用が可能です。そのため、もし学校の授業で分からないところがあれば、自分でさかのぼって勉強できますし、不明な部分は講師に聞くこともできます。もともと学習塾や予備校に通う子供たちはこうした端末を活用した学習を抵抗なく実施していましたので、GIGAスクール構想によって一人一台の端末を受け取っても戸惑うことなく活用できるのではないでしょうか。

――なるほど。学習塾や予備校などでは、既にICTによる学びの土壌は形成されていたと。ではICT教育、あるいはGIGAスクール構想の実現にはどういった環境の整備が必要になるのでしょうか。

下屋 そうですね、これはICT教育やGIGAスクール構想に限った話ではありませんが、新しい取り組みを円滑に進めていくためには、ハードとソフト、そして人材といった三つの環境を整備する必要があると思っています。まずハードですが、これはパソコンやタブレットといった端末、そして高速通信ネットワークなどオンライン授業を快適に受講できるためのICT機器やICT環境整備の抜本的な充実になります。そしてソフトは、せっかくのオンライン授業ですのでデジタルでしかできない、デジタルならではの学びの充実が必要になるでしょう。さらにハードとソフトが充実しても、それを上手く活用できる人材がいなければ不十分と言わざるを得ませんので、これら三つの環境を整える、つまりデジタルのもつ特長を最大限活用できるソフトを快適に活用できる端末やネットワークを用いて、それらをきちんと管理・活用できる体制(人材)によって運用するといったサイクルが必要になると考えています。

 デジタルを用いた学習の特性として、○×で答える短答式の問題が多くなります。生徒にとってはそれだけでは刺激が弱く、学習意欲を維持することが難しくなります。記憶の定着を促し、達成感をもたせるには、紙を使い、手を動かす能動学習も必要だと考えています。さらに、人を介在するヒューマンタッチの部分を加味することができれば、効果を何倍にも高めることができます。

市進の取り組むICT教育

――貴社の取り組んでいるICT教育の一つとして「ウイングネット」について触れていただきましたが、ICTを活用した具体的な取り組みについてお聞かせください。

下屋 せっかくなので、改めてウイングネットについてお話します。ウイングネットは小中高校生を対象にした志望校合格、および学力向上を目的とした映像授業です。授業を受けたはずなのに問題が解けないという経験は誰しもがもっているかと思いますが、それは授業を受けるインプットで満足してしまい、問題を解くアウトプットが足りていないからです。ウイングネットでは良質な映像授業や双方向質問室といったオンライン授業を通じて、分からない部分だけをピンポイントで何度も受講することができます。また授業内容の類題演習やその解説映像、理解度を確認するチェックテストも充実していますので、アウトプットで確実に身につけられるようになり、得点力や合格力のアップが可能になります。

 それ以外にもICTを活用した低学年教育として、〝AIと共存する世代の脳育〟をコンセプトに、低学年のうちに読解力、空間認識力、表現力を養成する小学校低学年を対象にした英才教育専門教室の「ウイングキッズパンセ」。〝世界に出ても負けない子に育てる〟ために開発された低学年専門の保護者見守り形式による在宅オンライン指導の「パンセフロンティエル」。AR(Augmented Reality:拡張現実)技術を活用し、自宅で受けられる小学生向けの理科実験講座「親子で学ぶAR理科実験:Think SDGs」があります。

 また面白い取り組みとして、市進ラボが運営する体験型学童施設「アフタースクール:ナナカラ」では、子どもの主体性を引き出すためのプログラムとして、子供たちがバザーなどで販売計画、収益の使い道、決算書の作成を行う、疑似会社「ナナカラ会社」の運営を行っています。他にも、作家や編集者などプロのサポートをもとに世界で一つだけの自分の本を作るプログラム、また子どもが講師になり、ライブ、もしくはオンラインでプレゼンを行う「子ども先生」といった取り組みを実施しています。また、小学生向けのリベラルアーツ学習である「ナナカラ大学」を開設し、心理や音楽、アート思考、文芸創作、プレゼンテーションなど多様な観点から自分と周囲を見つめなおすことで〝社会の問題にさまざまな角度から立ち向かう力〟の育成を図っています。

 そして新型コロナウイルス感染症により休校になったことで子供たちが体を動かす機会が減ったという声を受けて、当社所属のアスリートが自宅でもできる簡単な運動動画を作成・配信することでウイルスに負けない強い身体を作り、ストレス発散や運動不足を解消させる「エクササイズ動画」の配信も行っています。

――受験対策や総合学習力の向上だけではなく、さまざまなことにICTを活用しているわけですね。他にも大学や自治体との連携も話題になっていますが、どういった取り組みを進めているのでしょうか。

下屋 先述したウイングネットでは、学習映像配信事業として小中高生を中心に全国約2650拠点への配信を行っています。それ以外にも北京や香港といった海外への配信や、基礎の学び直しに映像授業を活用したい大学への配信も行っています。

 映像授業ではありませんが、金沢工業大学とはオリジナルのゲーミフィケーション教材を活用して①ジェンダー・ギャップなど身の回りにあるさまざまな〝不平等〟の解決に何ができるか話し合う、②料理を作る過程で発生するフード・ロスについて考え、食の大切さを学ぶ、③SDGs「すべての人に健康と福祉を」という課題に絞りアイデアを出し合う――といったSDGsを学ぶ「SDGsイノベーション教育拠点校の取り組み」を実施しました。取り組みは今年2月まででしたが、同大学とは現在も連携を継続しています。

 また自治体との連携としては、コロナ禍による休校時のオンライ学習として千葉県市川市が進める「市川市オンライン学習」に協力したり、GIGAスクール構想によって実現するICTを活用した新たな学びの形成に向けた自治体の取り組みをサポートするような連携も図っていきたいと思っています。