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文化庁/GIGAスクール構想最前線

GIGAスクール構 想の今後

文化庁次長 (前 文部科学省大臣官房審議官(初等中等教育局担当)) 矢野和彦氏
文化庁次長 (前 文部科学省大臣官房審議官(初等中等教育局担当)) 矢野和彦氏

OECD・PISA 調査における「読解力」低下や、コロナ禍によるオンライン授業の高まりなどを背景に、GIGA スクール構想の重要性がクローズアップされている。まずは令和2 年度内に、学校現場で生徒・児童一人につき端末一台を整備、そこからデジタル教科書や教育データを利活用した本格的なICT 教育が始まる予定だ。明治以来の板書授業が今後どのような転換を図ろうとしているのか、前任時に同構想の責任者を務めた矢野次長に詳細を語ってもらった。

PISA調査結果の衝撃

 現職に就任する前の2020年10月まで、私はこのGIGAスクール構想の責任者を務めておりました。その経歴をもとに、同構想の今後についてお話ししてみたいと思います。

 OECDのPISA調査2018によりますと、「学校でICTが使われているかどうか」という設問に対し、日本は加盟各国の中でほぼ最下位、ほとんど使われていないことが明らかになりました。かといって子供たちがデジタル機器に慣れ親しんでいないかというとそうでもなく、「ネット上でチャットする」子どもの割合は87%、「一人用ゲームで遊ぶ」のは47%にそれぞれ達し、いずれもOECD平均を大きく上回っております。しかし「コンピューターを使って宿題をする」のはわずか3%、「学校の勉強のためにインターネットサイトを見る」のは6%と、こちらはOECD平均を大きく下回ります。つまりデジタル機器が学習の機材ではなく遊び道具となっている、という状況が鮮明になっています。

 国際的にみて日本の子どものOECDのいう「読解力」が相対的に低下していることが、文部科学省が危機感をもってGIGAスクールを進める背景の一つではあるのですが、加えて問題視されていたのが学校のICT環境整備の現状です。2020年3月、つまりGIGAスクールがまだ本格的に始まっていないころの整備状況ですが、埼玉県や千葉県ではコンピューターが6・2人に一台であるのに対し、佐賀県では1・8人に一台であるなど、整備状況には大きな差が生じています。義務教育・公教育の基本的な考え方は、子どもがどこに住んでいても、誰であっても、妥当な規模と内容の教育を受けられるという点にあるため、文科省としてもこうした状態は看過できませんでした。

 これまでは五か年計画で毎年1805億円の地方交付税措置によりICT環境整備を行っていましたが、前述のような自治体間格差が解消されなかったため、国においてもこうした格差解消の努力をする方向性が2019年の「骨太の方針」に盛り込まれ、与党の公約でも教育現場のICT整備を推し進めることとされました。これを受けて地方の一般財源にお任せするのではなく国の補助金、つまり特定財源によって進めるべきであるとの機運が高まり、元年度の補正予算にGIGAスクール構想を盛り込むことになったのです。

〝一人一台コンピューターの実現〟を

 ここで言うGIGAとはGlobal and InnovationGateway for All であると世上、紹介されていますが、これだけでは不正確で、まさしく「大容量」を示すギガバイトを示しています。2019年8月に文科省が同構想を打ち出した時はメガバイトからギガバイトレベルへの移行を強く意識していたので、「GIGAスクールネットワーク構想」という打ち出し方をしました。その後、メガからギガへの移行だけとなると、これまでの各種構想と同様ハードの整備にとどまるのではないか、言うなればギガに「魂」を入れるべきだとの声が若手職員の方から挙がり、Global andInnovation Gateway for All という理念が後付けされた、という次第です。

 つまり、〝一人一台コンピューターの実現〟〝通信容量10ギガのネットワークを巡らせる〟などのハード整備はもちろん大事なのですが、それだけではなくデジタル教科書やデータ標準化、あるいは日常的にICTを活用できる体制など、ソフト面や人材面も含めて三位一体的に充実を図ることが最も重要な政策課題になりました。

 こうした背景のもと、元年度補正予算から二年度三次補正の間に、4819億円の予算が付きました。

 二年度三次補正についていくつかポイントを見てみましょう。まず、これまで対象主体だった小中学校に加え、高等学校についてもおよそ全生徒の10%ほどにあたる低所得世帯の生徒に対し、PC整備に向けて4・5万円の10割補助を行うこととなりました。

 また、学習系ネットワークにおける通信環境の円滑化も推進します。学校のある自治体内でイントラネットが閉じられているケースもあり、仮に学校内に10ギガのLANを張り巡らせても、校舎を1歩でたら100メガに落ちるという状況では「事故」の発生が必至です。しかし現実にはこうした状態にある市町村が少なくありません。この点は本来、各自治体に委ねるべきとの意見もありましたが、GIGAスクール構想実現に向けた環境整備の観点から、今回、文科省からの補助金によっても手当てする方向となりました。

 一方、日本インターネットプロバイダー協会さんは、仮に全国約1000万人の小中学校の児童生徒が一斉にアクセスしたらどうなるか、大変心配されておられます。昨春、リモートワークが急速に普及した時はかなりネットワークが混雑したからです。この点は十分検証しておく必要があると考えています。現実的にも、端末の供給量不足、そのキッティング作業に時間を要するなど、クリアすべき技術的課題があるのも確かです。

 それでも、諸課題の調整や解決に当たった結果、本年3月末時点で96・5%の自治体で一人一台端末の納品がされるなど、文科省が予算措置したものについては何とか達成の見通しが立ちました。整備加速に資する好事例となる自治体については、その取り組み内容を紹介し、参照してもらっています。

 ここで忘れてはならないのはネットワークの「バイパス」に関してです。文科省ではSINETという、大学と学術機関をつないだ高速大容量のネットワークで全国を100ギガで結んでおり、もうすぐ400ギガにアップする予定です。そのネットワークの小・中・高等学校などへの活用について実証実験を開始しています。前述のようにGIGAスクールにおいては民間のプロバイダーを経由しつつ、市町村内では閉じられた仕組みを使うことになると想定されますが、こうした「バイパス」も一つのツールになり得るものとして、然るべき予算を計上しました。

情報活用能力は学習の基盤となる資質

 学校現場における情報教育については、まず昨年度から小学校で全面実施を、次いで今年度から中学校で全面実施されている新学習指導要領において、共通のポイントとして、情報活用能力を、言語能力と同様に「学習の基盤となる資質・能力」と位置付ける旨が総則に明記されました。同時に、学校のICT環境整備とICTを活用した学習活動の充実を掲げています。

 情報活用能力とは、単純にハードを使いこなすだけではありません、コンピューターの仕組みの理解や情報モラルなども非常に重要な活用能力に含まれます。したがって、情報活用の実践力、情報の科学的な理解、情報社会に参画する態度なども個人の基礎的な力として涵養する必要があります。特にプログラミング教育については民間企業の協力も得ながら進めており、小学校においては昨年度から本格的に開始したところです。

 昨年の秋、文科省で「各教科等の指導におけるICTの効果的な活用」について解説動画を作成しました。現在HPで掲載しています。ICTをどのように学校現場で使っていくべきか多方面からの質問やご要望をいただきましたので、先生の先生である教科調査官が動画内で事例を示しながら、活用方法などについてご説明するという内容です。

 先生自体、これまでICTを使った授業のご経験が乏しい方も多いと思いますが、創意工夫によりこれから現場で大いに活用されるものと期待しています。GIGAスクール構想に対し、当面は導入する行政も活用していく現場も、それぞれお互いに相手の試行錯誤を温かく見守ってほしいと思います。明治以来続いてきた板書中心の授業風景が一朝一夕に激変するとは考えておりません。現場の努力の結果、GIGAスクールのメリットを実感できて、他の学校、地域に向けて適切な活用が伝われば、徐々に構想の理念や趣旨が浸透していくものと想定して います。