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日本が優位性を持つ可能性と、今後議論すべきAIと人との関係性/渡邊 昇治氏

わたなべ しょうじ/東京都出身。東京大学大学院工学系研究科修了。平成2年通商産業省入省、27年商務情報政策局情報処理振興課長(併)内閣サイバーセキュリティセンター参事官、28年同情報政策課長、29年同総務課長、30年大臣官房審議官(産業技術環境局担当)(兼)日本産業標準調査会事務局長、令和2年内閣官房新型コロナウイルス等感染症対策推進室審議官、4年内閣府科学技術・イノベーション推進事務局長補、5年同統括官、6年内閣官房内閣審議官、7年に退官し、現職。三菱総合研究所客員研究員等を兼職。
わたなべ しょうじ/東京都出身。東京大学大学院工学系研究科修了。平成2年通商産業省入省、27年商務情報政策局情報処理振興課長(併)内閣サイバーセキュリティセンター参事官、28年同情報政策課長、29年同総務課長、30年大臣官房審議官(産業技術環境局担当)(兼)日本産業標準調査会事務局長、令和2年内閣官房新型コロナウイルス等感染症対策推進室審議官、4年内閣府科学技術・イノベーション推進事務局長補、5年同統括官、6年内閣官房内閣審議官、7年に退官し、現職。三菱総合研究所客員研究員等を兼職。


 AI開発に関しては現在、米国が他国を凌駕しているが、日本も良質なデータを基に各分野で有用なAIを開発し、世界をリードしていける可能性がある。他方で、AIの性能向上はAI依存等の問題も内包している。霞が関におけるAI政策の第一人者として長くAIに携わってきた渡邊昇治氏は、人とAIの関係性について哲学的・倫理的な議論も必要になると警鐘を鳴らす。

国際大学グローバルコミュニケーションセンター上席客員研究員 渡邊 昇治氏



日本が世界をリードする可能性

――25年末に「信頼できるAI」などを掲げたAI基本計画が策定される等、政府もAIの開発・活用に注力しています。ここまでの一連の政府の動きや方向性についてご所感をお願いします。

渡邊 自分が担当だった頃についての評価は控えますが、日本政府は迅速かつ効率的、網羅的に取り組んでいると思います。AIについては状況が刻々と変化するため、基本計画はリビングドキュメントで、随時更新することになるでしょう。他方で、人材育成や研究開発等は長期的に取り組む必要があります。短期、長期双方の視点を包含した計画設定と実行が求められると思います。私も微力ながら応援したいと思います。

――同基本計画の冒頭では、日本の〝反転攻勢〟を掲げ、その下に基本的な方針に基づく施策を掲げています。 

渡邊 AIの開発と活用に関しては他の先進国に比べて遅れが指摘されていますので〝反転攻勢〟を掲げるのは分かります。これからも、たいへん厳しい国際競争が続くと思います。

 AI活用に関しては、これまで滞っていた日本のDXの遅れを、AIの導入を契機に一気に取り戻せる可能性もあり、しかも最新の技術の採用が可能であり、いわゆる「セカンド・ムーバー・アドバンテージ(後発者利益)」も期待できると思います。今の中高年はITに慣れ親しんでいる人も多く、若年層との文化的な世代差も縮小しているように思いますので、若者と同じくAIを使える人が増えて、活用は加速する可能性を感じます。

――開発に関してはどのように捉えていますか。

渡邊 汎用基盤モデルのような大規模なAIに関して、日本が短時間で米国企業にキャッチアップするのは困難ですが、医療やロボット等、いくつかの分野で使われるモデルは、その国の言語や産業等の特色・特長を背景としたものになると考えられ、日本企業の優位性が発揮できるチャンスがあると思います。

 例えば、従来からの日本の強みである質の高いものづくりや細やかで顧客満足度の高いサービスの現場では、日本は良質なデータを豊富に収集できる可能性があり、それはAIの学習や高度化に大いに役立つでしょう。逆に言うと、これらの分野で用いられるAIの開発では、後れるわけにはいきません。

信頼できるAIを開発しやすい環境

――そうするとAI開発においてはむしろ、データの収集とその学習というプロセスが重要という見方も成り立ちますね。その点、日本はこれまで良質なデータの収集には定評があるとされてきました。

渡邊 はい。AI開発にはデータと計算資源が必要で、ご指摘の通り開発に必要な良質なデータを日本は持っていると思います。ですが、それを整理して使える状態になっているとは必ずしも言えないと思います。

 例えばヘルスケア関係のデータは各機関ごとに保管されていて、共通のアセットになっていません。産業界においても事業者間のデータ連携は重要だと認識されてはいるものの、他社のデータは見たいが自社データの提供には二の足を踏むというのが心情です。テキスト、数値、画像等のデータだけでなく、動画、音、振動等のさまざまな種類のデータの活用も課題です。

 また、失敗時のデータも重要だと私は思いますが、各機関は、それを隠しているわけではないけれども、見たい人は少ないだろうということで従来はあまり提供・活用されていないと思われます。

――技術的な問題以前に、データの取り扱いに対する考え方や姿勢が問われるところですね。

渡邊 そのため、政府も官民のデータ活用の取り組みを後押ししていますので、先行する成功事例が増えてくれば一気に流れが変わると期待しています。

 この点、デジタルネイティブ世代は、自身の情報の公開、非公開の判断や、データ連携に長けていますから、今、その世代が各組織の中枢を担うようになり、新たな展開が期待できます。

――〝国産AI〟の開発を目指すべきとの論調が多いようですが、これについてはどうお考えですか?

渡邊 AIの信頼性やデジタル赤字等の問題を考えますと、〝国産AI〟に対する期待感が高いのも事実です。純粋に国産技術だけでAIを構築するのは短期的には難しいですが、長期的には諦めてはいけないテーマだと捉えています。海外の技術を学びつつ、〝国産〟を目指していくということかと思います。国内においても最先端の研究を続け、最先端の技術を把握し続けること、最先端の技術に取り組む人材を確保し続けることが重要です。この問題も、短期的視点と長期的視点を併せて戦略的に取り組むべき問題です。

――他方、基本計画では「信頼できるAI」を掲げています。

渡邊 AI開発に必要なデータや計算資源が信頼できるものであることは絶対要件です。しかし、AI自体が信頼できるものであったとしても、それが使われる国・地域の制度や、ユーザーによるAIの使い方も信頼できるものにならないと、最終的な信頼の確保にはなりません。例えば、高品質なAIがあっても、使う側が容易に悪用できる環境だとすれば、精巧な詐欺メール等を作られる恐れがあり、かえって危険です。また、研究機関や企業に対して、AIのソースコードやアルゴリズム等の開示を必要以上に求める国では、適正な市場競争ができない、あるいは、国による言論統制や検閲等の恐れもあります。つまりAIが使われる国・地域の制度や組織の信頼性も重要です。

 この点、日本は有利ではないかと思います。AIの使用に際して規範的な感覚が働く国民性や言論統制がない環境等を勘案すると、AIの開発と活用の両面において、日本は信頼できるAIを実現しやすいと言えるでしょう。

 信頼できるAIの実現に向けて、AIに関するリスクへの対応に関しては日本が2016年の香川高松情報通信大臣会合以降、23年の広島AIプロセスなど、世界のルール作りを主導してきた歴史もあります。

資金は米国、人材は中国

――AI開発をめぐる海外の動向はいかがでしょうか。やはり米国の開発力は、国際社会でも大きく抜きんでていると思われますが。

渡邊 確かに資金力・投資額は米国が他国を圧倒し、2位の中国とも大差がついて追随できない状況です。一方で、AI開発に関わる人材は米国内であっても中国出身の技術者が多いと言われています。米国シカゴポールソン研究所の調査によると、米国の機関で働くトップレベルAI研究者の主要出身国内訳では、22年の段階で米国37%に対し中国は38%でした。19年時点では中国の方が少なかったので、3年間で比率が逆転したことになります。大雑把に言えば、現状、開発力や競争力は米国企業が突出していますが、それを支えているのは中国出身の人材という構図かもしれません。

――その背景は、米国が中国からの人材を求め、また中国の人材も米国で開発に携わりたいという、〝需要と供給〟がマッチしているからでしょうか。

渡邊 約2年前に、中国の大学でAIを専攻した人の約半分が、米国の企業や大学に就職、進学しているというデータもあります。中国出身者に限らず、海外から人材を受け入れる米国の懐の広さが、同国の強みの一部だと推察されます。米国で活躍している人材がいずれ母国に帰国して、世界が変化していく可能性もあります。

 日本は資金、人材どちらも豊富ではありませんので、両国を追いかけていくのは容易な競争でないのは確かです。ただ、優秀な研究者、エンジニアはいます。また、前述したように分野別データは蓄積があり、汎用基盤モデルの開発例も出始めているので、こうした強みを生かしていければ、一定のポジションを確保できると思います。海外の大学や企業で経験を積んで帰ってくる人材を増やすこと、いわゆる〝頭脳循環〟も積極的に確立させていくべきです。また、海外の技術者や研究者が働きやすい環境を日本の大学や企業に整備する必要もあります。

         トップレベルのAI 研究者数の国際比較(シカゴ・ポールソン研究所の資料を基に、渡邊昇治氏作成)
         トップレベルのAI 研究者数の国際比較(シカゴ・ポールソン研究所の資料を基に、渡邊昇治氏作成)