お問い合わせはこちら

ウクライナ侵攻で緊張感を増す国際情勢

まつお たけひこ/昭和41年3月1日生まれ、東京都出身。東京大学法学部卒業。63年通商産業省入省、平成25年経済産業省大臣官房会計課長(併)監査室長、26年資源エネルギー庁長官官房総合政策課長(併)予算執行評価室長、27年電力取引等監視委員会事務局長、28年電力・ガス取引等監視委員会事務局長、 29年大臣官房審議官(通商政策局担当)、令和元年内閣府宇宙開発戦略推進事務局長、令和3年7月より現職(併)大臣官房アジア新産業共創政策統括調整官、11月(併)大臣官房首席ビジネス・人権政策統括調整官。
まつお たけひこ/昭和41年3月1日生まれ、東京都出身。東京大学法学部卒業。63年通商産業省入省、平成25年経済産業省大臣官房会計課長(併)監査室長、26年資源エネルギー庁長官官房総合政策課長(併)予算執行評価室長、27年電力取引等監視委員会事務局長、28年電力・ガス取引等監視委員会事務局長、 29年大臣官房審議官(通商政策局担当)、令和元年内閣府宇宙開発戦略推進事務局長、令和3年7月より現職(併)大臣官房アジア新産業共創政策統括調整官、11月(併)大臣官房首席ビジネス・人権政策統括調整官。

 ロシアのウクライナ侵略は、国際経済に予期せぬ影響を及ぼしている。特にエネルギー輸入国であるわが国は、国際社会の人道的観点と自国の社会経済活動の狭間で難しいかじ取りを迫られることとなった。その上でポスト・ウクライナ問題を見通し、国際貿易システムの再構築が求められる。改めて日本の置かれた状況を検証し、困難な局面下における通商政策の活路について松尾局長に語ってもらった。

経済産業省通商政策局長
松尾 剛彦氏

日ウクライナ、日ロ双方への影響

 最近のロシア・ウクライナ情勢を踏まえた通商政策の進捗状況等についてご説明したいと思います。

 まず日本とウクライナのつながりですが、約50社の日本企業が主にキーウ周辺に進出しています。多くは自動車部品関係ですが、JTはタバコの生産拠点を現地に持っています。4月中旬で邦人の方々はほぼ避難を終えています。

 一方、日ロ関係については、ロシアからの輸入は約1兆5000億円で6割が鉱物性燃料(石油、天然ガス、石炭)です。エネルギーに絞るとロシアのシェアは原油約4%、LNG約9%、石炭は11%を占め、LNGは主にサハリン2からの輸入です。一方、日本からの輸出の5割が自動車関係であり、その他、建機、ゴム製品等をあわせて約9000億円。日系企業は自動車関係を中心に建機・工作機械やエネルギー関係の企業など400社余り進出していますが、現在は多くの企業が事実上の操業停止に至っています。欧州の港がロシア向けの物流を停止していることによる部品の在庫切れ等がきっかけとなっているようです。 

 これまで日本はウクライナ国民への支援ほか、ロシアに対し金融、貿易、ビザ発行等に関する制裁措置をとっています。2月23日の、いわゆるドネツク人民共和国やルハンスク人民共和国の二共和国関連の制裁を皮切りに、2月25日には、岸田総理より、G7との連携を踏まえた追加措置として、①資産凍結と査証発給停止によるロシアの個人・団体への制裁、②金融機関を対象とした資産凍結等の制裁、③ロシアの軍事関連団体向け輸出に関する制裁が発表されました。この折りには、併せてエネルギーの安定供給対策、原油等の燃料価格高騰への国内対策の強化、また貿易保険の迅速な保険金支払い等の支援を講じる旨も発表されました。

 さらに、2月27日にはプーチン大統領を含むロシア政府関係者への資産凍結の拡大とともに、特に国際金融取引に大きな影響を与える、SWIFTからのロシアの特定銀行の排除、ロシア中銀との取引制限等の措置の追加が発表されました。その後も、さまざまな追加制裁措置が講じられていますが、特に、西側諸国によるロシアに対するWTOの最恵国待遇の撤回は、その影響額こそ限定的ですが、WTOの基本原則をウクライナ紛争という有事において、安全保障の名目の下に撤回するという意味で、いわば平時の仕組みであるWTOの限界を認識させる出来事と言えると思います。

 一方、ロシアは3月7日に日本を含む48の国地域を非友好国に指定し、対抗措置を発表しました。ロシア政府が認めた場合は、非友好国の関係企業が持つ特許権を無許可で使用した場合の補償額をゼロとする規定が導入され、非友好国の者が25%以上の所有権を有する企業が事業を停止する場合、仲裁裁判所の決定により当該企業の事実上の国有化が可能になるという措置が検討されています。

 また、非友好国に対する天然ガス供給についてルーブルでの支払いを義務付ける大統領令が発表されましたが、G7は反発しています。この天然ガスはパイプラインを通じて輸出される天然ガスで、サハリン2のようなLNGは対象になっていません。

制裁によるロシアへの影響

 SWIFTからの排除等の措置によりルーブルの対ドル相場は約140ルーブルまで減価し、今は1ドル84ルーブル弱(講演時)まで回復しています。ロシアの株式市場は一度半減した後、約3分の1減まで戻ってきましたが、先行きには不透明さが残ります。

 ウクライナ侵攻前のロシアの債務残高はGDP比で2割です。外貨準備ではユーロ、金、ドル建て、ポンド、円、すべて合計すると8割近いため、中央銀行の資産凍結等によりデフォルトの可能性も高まっています。これは、ロシアにとって、侵攻開始時には予期していなかった事態と言えるでしょう。ムーディーズ、S&P、フィッチといった格付け会社は、もともとロシアの格付けは低かったのですが、もはや格付けそのものを行っていません。

 ただ、ルーブルの価値や株価は、完全ではないものの回復傾向にあります。ロシア中銀も政策金利を20%から17%に下げました。これを支えているのは年間約2500億ドルもの原油、石油製品、ガスの輸出です。対ロ制裁においては、エネルギー関連への対応が重要なポイントとして注目される所以です。

 ウクライナ侵攻に伴い、昨年末は1バレル約60~70ドルだった原油が3月初めに130ドルまで上がり、今は少し落ち着きましたが、なお100ドル台です。そのため、IEA(国際エネルギー機関)加盟国は、協調備蓄放出を2回行っています。今回は総量で1億2000万バレル、この半分を米国が提供し、日本は1500万バレルの放出を決定しました。しかし原油価格は引き続き高水準を維持し、天然ガス価格も確実に上昇しており、歯止めがかかりません。

 ここで、各国の一次エネルギーの自給率や、燃料種別のロシアへの依存度をみていただきたいと思います。米国もカナダも第一次エネルギーを自国で賄えるためロシアへの依存はほぼゼロです。英国は天然ガスは5%、石炭は36%をロシアに依存していますが、一次エネルギーの自給率は75%です。これらの国からしてみれば、ロシアからのエネルギー依存の低減は、いわば真空切りか、そうでなくとも、その影響はかなり限定的と言わざるを得ません。

 一方、日本のロシアへの依存度は石油が4%、天然ガスが9%、石炭が11%。欧州の場合は、ドイツは石油の34%、天然ガスの43%、石炭の48%、フランスは天然ガス、石炭の30%弱、イタリアは石炭の56%をロシアへ依存しています。これだけ見ると、欧州のロシア依存度の高さに目が行きますが、そもそも一次エネルギー自給率を見ると、日本はわずか11%と、ドイツの35%、フランスの55%、イタリアの25%と比べて、はるかに小さい水準です。日本の場合、この極端に低い自給率が、ロシア依存の低減をたいへん難しくしています。

 以上ご覧いただいたように、米国はロシア産の原油、ガス等のエネルギーの全面輸入禁止を発表しましたが、これは、実質は真空切りなわけです。従って、バイデン大統領も欧州の同盟国やパートナーの多くが同調する立場にないことは理解していると発言したわけです。実際、ドイツはロシアからの石油、ガス輸入を継続しています(注:4月15日時点。その後、5月にドイツを含むG7がロシアからの石油禁輸を表明)。G7の3月の共同声明では、代替供給の確保を図りながら、ロシア産エネルギーへの依存低減を進めるという考え方が示されており、カナダ、米国のように影響の少ない国の方針とは明確に違いが出ています。

 また、サハリン1は米国のエクソンモービルが撤退方針を表明し、サハリン2も英国のシェルが撤退表明しました。両プロジェクトはともに日本のエネルギーの安定供給に貢献しており、とりわけ、サハリン2からは日本のLNG需要量の約9%を供給しています。このため、仮にサハリン2からの供給途絶が起これば電力、ガスの需給にも大きな影響が出る可能性があります。特に、一部の都市ガス会社は、サハリン2のLNGに大きく依存しており、心配されるところです。こうした状況を踏まえ、日本政府としては、エネルギーの安定供給の確保の観点から、一貫して、サハリン1、2いずれのプロジェクトからも撤退しない方針を明確に示しており、今後とも、民間企業と連携しながら、しっかりと対応していく考えです。