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経済安全保障政策の主要ポイント/福永 哲郎氏

製造業Ⅹで変革を

 では、本年5月に改訂された「産業・技術基盤強化アクションプラン」のあらましをご紹介したいと思います。同プランにおける日本としての基本的対応は、「かけがえのない国」になることです。具体的には、戦略的不可欠性の一層の強化、国際公共財の維持・形成に向けた取り組み、官民対話の一層の推進、経済インテリジェンス強化、等を主要な柱として列挙しました。

 同プランでは、米中同様、日本も製造業を基軸とした新たな国家戦略が必要であるとの認識の下、わが国の戦略的不可欠性の強化に向けた新しい製造業の在り方、製造業をトランスフォーメーションする「製造業Ⅹ」という形で構築することを掲げています。現実には、過去長らく、輸出価格と輸入価格の比率である交易条件の悪化に直面し、不可欠性の発揮に腐心している日本の製造業にとっては、大きなチャレンジとなります。わが国の交易条件は、今後トランプ政権の関税措置等の各国による国境措置の強化でもっと厳しくなる恐れさえあります。ならば、新しい売り方、つまり高い価格や価値で売れるような新しい仕組みを含め、多様な「稼ぎ方」を考えねばなりません。既存のビジネス方式を見直し、知財やライセンスの活用、サービス・メンテナンスによるリカーリングモデルなど現代的な付加価値を考えていく必要があります。その際、最近話題の「フィジカルAI」はじめAIを活用した新しい製造業の在り方、データを駆使したフィジカルサイバーシステムを製造業の世界でどのように構築していくか、これにより、産業エコシステム全体での価値創造が強化できないか、等も模索していくべきでしょう。また、環境変化への即応性、アジリティも極めて重要ではないでしょうか。刻々と進展する技術革新の時代にあって、日本の製造業も敏捷性、柔軟性も含めて大きく変わっていく必要があるのでは、と思います。

物資・技術アプローチと産業バリューチェーンアプローチ

 個別の政策アプローチをご紹介します。

 まず、経済安保上重要な物質・技術の特定と適切な政策適用を技術インテリジェンスの分析に基づいて「物資・技術アプローチ」として展開します。第一に、量子、AI、バイオものづくりなど、破壊的技術革新が進む領域の技術に関しては、技術優位性創出に向けた官民での投資が必要です。次いで、半導体製造装置や工作機械など日本が現在技術優位性を持つ領域の技術について、技術の流出防止策などにより不可欠性の維持を図ります。最後に、重要鉱物など対外依存している領域の物資や技術は、サプライチェーン多角化などによる自律性の回復が重要と整理しています。

 実際に当該フレームワークに基づき、令和6年度補正予算では、破壊的技術革新が進む領域であるAI、半導体、量子、バイオ等へ、また自律性回復が必要な領域でも鉱物サプライチェーンの多角化・安定化等に対して支援を投入するなど、手当を行いました。

 併せて、技術優位性の維持に向け、昨年末来、官民連携によって技術流出を防止するという新たな政策アプローチを、外国為替および外国貿易法のスキームを活用しながら導入しています。安全保障上の観点から管理を強化すべき重要技術を海外へ移転する際は、事業者から事前報告してもらい、官民対話により適切な技術管理を模索するという枠組みです。

 加えて、産業バリューチェーン全体を通じた不可欠性発揮にも本腰を入れています。研究開発から販売に至る上流から下流への価値創造を広くとらえるだけではなく、使用からリサイクルまでのサーキュラーエコノミーも勘案すべきとの産業界からの指摘も踏まえて取り組みます。日本の自動車産業などはエコシステム全体を見ればプラットフォーマーとなる可能性があると思います。

 このアプローチで着目しているのが、戦略領域の研究開発から実用化までの一貫した取り組みの強化です。例えば東北大学のキャンパス内に国立研究開発法人量子科学技術研究開発機構が設立した3GeV高輝度放射光施設NanoTerasu(ナノテラス)の一部の「ビームライン」は、100社以上の民間企業、研究機関が利用しており、今後、産学の関連人材が結集するプラットフォームとして機能していくことが期待されます。

 そのほか、これまでは物資や技術に比重を置いて注目してきましたが、バリューチェーン全体を捉えるという視点から、「事業」にも注目していきたいと考えております。例えば海底通信ケーブルは、日本が優位な技術を持っています。しかし現在、敷設船の需給がひっ迫し、ケーブルはあっても敷設できない場合が散見されます。あるいは衛星コンステレーション構築のために国内での衛星打ち上げ能力を整備する必要もあります。このように物質や技術を超えて事業そのものへの支援も今後、重視されていくでしょう。

 その際、海外での事業展開についても、経済安保の視点で支援すべきだと考えております。例えば水素・アンモニアなどは、日本国内はもちろん将来のアジア市場を見越して、安価に水素を生産できる地域で先行的に製造設備を支援するなど、他国の自律性発展に資することで、わが国が世界の〝かけがえのない存在〟になり、不可欠性を発揮することに貢献するものと期待されます。

 さらに、経済合理性とともに経済安保の確保に価値を見出す金融機関との連携も深めていきます。金融機関各社も、重要技術を持つ企業を育成し、官民連携による支援や企業結合を通じた経営体力の強化が必要との認識が高まっています。

 経済安保推進法におけるGOCO(国有施設民間操業=Government-Owned Contractor-Operated)の活用も検討します。民間ベースでの安定供給確保が困難な状況が解消されるまでの間、政府がその工場や設備等を取得・保有し、物資の生産や施設の管理・運営を、国の事業として民間事業者に委託するという制度で、海外では航空や防衛分野での実績がありました。日本ではこれまでほとんど実績がなかったため、経済安保推進の観点から、本年2月から使えるよう制度化されました。

信頼できるAIネットワーク構想、経済安全保障センター

 国際公共財の維持・強化も、今われわれが求められている大きな課題です。AIやバイオなどの戦略分野において、わが国が、同志国との間で産業支援策と産業防衛策を有機的に講じ、自律性・不可欠性確保を共に目指す〝Run FasterPartnership〟を展開したい。世界各国にとっての戦略分野で一早く先行し、その取り組みを広げていくことで、世界の課題解決に役立て、国際社会にとってかけがえのない日本とともにルールを形成していこうという機運を高めていく。このような国際公共財を維持・強化するための共同体枠組みを、仮称ですが、Global CommonsCommunity Frameworkのような形で世界に訴求したいと考えています。具体的アクションとしては、いま「信頼できるAIネットワーク構想」を提唱できないかと考えております。グローバルサウスを含めた各国が、 各国独自の法制や文化的価値に即した、いわゆるソブリンAI(Sovereign AI)の開発・利用を追求していますが、インド太平洋地域において信頼できるAIエコシステムの構築を日本がリードしていけないか、というものです。AI構築には基盤モデルのみならず、アプリケーションとの組み合わせやハードウェア、インフラ、人材、データのすべてが必要ですが、日本は、基盤モデルからサービスを作り出す能力やハードウェアに基づくコンピューティング能力、そして海底通信ケーブルやデータセンター等のインフラにおいて強みを有しており、日本の役割に対する期待も高まりを見せています。

 そのため守秘義務をかけた上で、政府保有情報を提供できるような新たな官民協議会のスキームを、これから設置したいと考えています。

 同時に、繰り返しになりますが経済インテリジェンスを強化するべく、これも官民交流という形で政府における外部専門家の受け入れを進めています。本年から経産省で働いてもらう人材を相当数受け入れ、官民で一緒に経済安保人材を育成する方針です。また、経済安保の官民での取り組み強化に向けても、守秘義務をかけた上で政府保有情報を提供できるような、新たな官民協議会のスキームを今後設置していきたいと考えています。

 さらに、NSS、内閣府と連携して独立行政法人をネットワーク化する形で、「経済安全保障センター」(仮称)の設立を目指しています。ここで経済インテリジェンス分野の強化、分野別アナリストチームの設置、前述の官民協議会の事務局機能等を図るつもりです。これら一連の取り組みについて、ぜひ産業界各位にも広くご関心を持っていただければと思います。

 本年10月~12月にかけて、東京都内で「経済安全保障グローバルフォーラム・ウィークス」を実施します。同期間中に、政府および国内外のさまざまな民間シンクタンク等が主催して経済安保に係るイベントを開催する予定ですので、こちらも産業界や学界に積極的に関与いただけましたら幸いです。
                                                 (月刊『時評』2025年8月号掲載)