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経済安全保障政策の主要ポイント/福永 哲郎氏

―激変する国際情勢への対応―

ふくなが てつろう/昭和43年8月生まれ、鹿児島県出身。東京大学経済学部卒業。平成3年通産省入省、2年大臣官房審議官(製造産業局・中小企業政策担当)、4年大臣官房審議官(通商政策局担当)、5年貿易経済協力局長、6年貿易経済安全保障局長、7年7月より現職。
ふくなが てつろう/昭和43年8月生まれ、鹿児島県出身。東京大学経済学部卒業。平成3年通産省入省、2年大臣官房審議官(製造産業局・中小企業政策担当)、4年大臣官房審議官(通商政策局担当)、5年貿易経済協力局長、6年貿易経済安全保障局長、7年7月より現職。

 わが国の経済安全保障をめぐる環境は年々厳しさを増している。激変する国際情勢に的確に対応するために、日本は同志国をはじめ各国との対話を通じ安定供給に全力を傾注しつつ、国内的には官民連携によってこの変化を新たな国際経済秩序形成へ向けた好機として捉える必要がある。不確実性が高まる中、どのような政策的針路を取るべきか、前・貿易経済安全保障局長の福永氏に総括してもらった。

    前・経済産業省貿易経済安全保障局長
    現・内閣府科学技術・イノベーション推進事務局統括官 福永 哲郎氏

四つの領域における地殻変動

 国際情勢はいま、以前のルールベースからパワーベースへ急速に変容しつつあります。それに対し日本は大きく二つの方向性として、国力の増強、および国際経済秩序形成に向けたたゆまぬ努力が求められます。その中で経済安全保障(以下、経済安保)は、激変する国際情勢に対応するために不可欠な政策として位置付けられます。

 近年、急速な技術革新の進展により技術の軍民両用が進み、民生技術が軍事能力の向上に大きく貢献する傾向が顕著となりました。ウクライナ戦争における無人機、ドローンの活用などは、その典型だと言えるでしょう。結果、以前の大国間関係は政治・外交を主としていましたが、今や大国間競争は経済や技術を軸に国力を争う様相を呈しています。輸出管理を含む国境措置などの各種経済的措置の活用も拡大の一途をたどり、経済制裁も、かつての国際秩序に導く措置から、特定国から特定国に対して個別に発動するケースが増加しています。

 われわれは経済安保環境の激変について、四つの領域での地殻変動として整理しています。一つは、先述したルールベースの国際経済秩序の揺らぎ。大国による自国の産業・技術基盤の囲い込みと〝経済の武器化〟のリスクが高まっています。二つ目はエネルギー戦略の重要性の高まり。世界的な電力需要増の中、大国によるエネルギーサプライチェーンの支配的地位の確立に向けた動きが顕在化しています。三つ目は大国による新たなテクノロジー秩序の形成。AIやバイオを中心としたテクノロジー覇権競争が激化し、実態として新たな秩序が形成されつつあります。四つ目は次世代の戦略領域における競争激化。宇宙や海洋など、将来の自律性・不可欠性をめぐる戦略分野においても競争が激化の一途です。当然、将来的には海底通信ケーブル等のコネクティビティインフラの在り方にも影響してくると想定されています。

 さらに近年、国際社会の中で影響力を高めているのが経済成長重視のグローバルサウス諸国です。今後の世界経済を大きく左右する存在になるとの予測もあります。いくつかの国々では希少鉱物等の資源を有しており、日本としても経済安保の観点からも関係構築が極めて重要となります。

「戦略的自律性」と「戦略的不可欠性」

 近年、経済や技術を重視した国家戦略を最初に発表したのは、2015年中国の、製造大国から製造強国への発展を掲げた「中国製造2025」でした。そこで掲げられた、新エネ自動車やハイテク船舶などの主要技術項目の国内調達目標については、25年の現在おおよそ目標を達成されていると世界各国の有識者は捉えています。発表当時、欧米を中心にこのような中国の国産化路線に強く反発が出て、中国政府も19年以降公式に言及しなくなりましたが、米国では17年の同国国家安全保障戦略において、「経済安全保障はすなわち国家安全保障である」という方針を明確に打ち出しました。今では米中両国とも、関税措置や輸出管理措置の半ば応酬のような構図を形成しています。これら各国の動きは、これまで自由貿易体制のもとで経済活動を行ってきた日本にとって、制約が強まることを意味しており、今春段階のJETROの調査によると、わが国産業界が各国の国境措置、特に輸出管理に対し高い関心を寄せているという結果も明らかになりました。

 これらの激変する動向に対して、日本は自らの経済安保として、他国への過度な依存を回避しながら、どのように新たな経済的相互依存関係を構築し戦略的な自律を確保するかという「戦略的自律性」と、日本の存在が国際社会において不可欠であるような分野をいかに拡大するかという「戦略的不可欠性」の2点を強化するべく、行動をはじめています。これは政府や産業界全体だけでなく、企業個社にとっても今や非常に重要な戦略的目標であると言えるのではないでしょうか。

 例えば地殻変動している4領域の一つ、ルールベースの貿易体制の揺らぎに対しては、日本の「不可欠性」を強化して、引き続き米中両国から戦略的経済関係を維持したいと思われる国になるべきだ、との方向性を経済産業省として示しています。これは米中に限らず、グローバルサウス諸国との関係においても同様に重要です。

世界から高評価の経済安保推進法

 以上を背景に、日本も経済安保への戦略的アプローチを開始し、中でも2022年5月に施行された「経済安全保障推進法」は、国家を挙げて経済安保に取り組む包括的法制度を作ったという点で、日本は経済安保の先進国である、と各国から高く評価されました。

 同法は自律性の向上、優位性・不可欠性の確保に資する取り組みを法制化したものです。①特定重要物資の安定的な供給の確保、すなわちサプライチェーンの強靭化に資する制度です。②特定社会基盤役務の安定的な提供の確保、これは基幹インフラの脆弱性の克服を目指します。③特定重要技術の開発支援、これは〝Kプロ〟と呼ばれ、官民連携を促す制度です。④特許出願の非公開、の主要4本柱で成り立っています。

 このうちサプライチェーンの強靭化に向けては、半導体や蓄電池などの特定重要物資に対し、総額約2・4兆円、件数にして129件の供給確保計画を認定し、支援しています。ただ直近では重要鉱物や永久磁石において中国の新たな輸出管理措置によって供給が滞っており、日本として新たな対策が求められています。また造船も、経済安保の観点から重点的に注力すべきという意見が与党内で高まっています。基幹インフラに関しては、サイバー攻撃が増加するなか、脆弱性に対して常に更新して対応しています。

 続いて22年12月に「国家安全保障戦略」が閣議決定されました。同戦略では「我が国の平和と安全や経済的な繁栄等の国益を経済上の措置を通じて確保することが経済安全保障」と定義され、「同盟国・同志国等との連携」「民間との協調」等のキーワードが盛り込まれています。

 その後23年G7広島サミットでは、首脳レベルで初めて経済安保を議論し、「経済的威圧に対する調整プラットフォーム」の立ち上げ、サプライチェーン強靭化における協力、国際的なルール形成への努力、重要・新興技術の流出防止に対する政策協調などが合意されました。

 このように他国に先駆けた法制定や、一連の国際会議の場で経済安保を主導したことで、日本の経済安保は世界をリードするものとして、政府・霞が関だけでなく、産業界との連携による取り組みを含めて、今後ますます世界から注目されていくと言えるでしょう。

官民連携による〝3つのP〟とインテリジェンス

 「経済安全保障推進法」に基づき、われわれ経済産業省は特に「官民連携」を重んじ、2023年10月にそのための行動指針として、「経済安全保障に関する産業・技術基盤強化アクションプラン」を取りまとめ、24年5月に改訂、そして本年5月、後述の通り再改訂しました。「アクションプラン」の要諦は、産業支援策、産業防衛策を一体的かつ、官民連携で具体化していく点にあります。その基盤として「経済インテリジェンス」と「情報保全」の強化を図っています。

 こうした流れの中で、24年7月に新たに貿易経済安全保障局が設置され、関連施策を経産省の中で総合的に推進する体制が整備されました。新局のミッションは、「国際ルール形成を主導し、世界のテクノロジーサプライチェーンの中核となる日本を創る」ことにあります。

 ここで、アクションプランの中核を成す、自律性・不可欠性確保のための〝3つのPの有機的連携〟についてご説明します。〝3つのP〟とは、産業振興(Promotion)、産業防衛策(Protection)、国際・官民連携(Partnership)の3点です。プロモーションでは優位性・不可欠性確保のための研究開発や設備投資の支援を行い、プロテクションでは輸出管理をはじめ規制的手法等を強化しながらも企業の方に自主的に技術管理対策を取ってもらう、加えてそれらの方策を国際連携や官民連携のパートナーシップによって推進する、という3点によるかなえ構図となります。

 そして〝3つのP〟の中核にはインテリジェンスが位置します。脅威・リスク分析やサプライチェーン分析、技術分析に視点を当てることが〝3つのP〟をより効果あらしめることとなります。われわれとしては、今後は一段踏み込んで、パワーバランスを含めた国際情勢や、サプライチェーンを取り巻く物流・金融・デジタル・データ等の流れを、広範かつ精緻に分析すべきではないかと考えています。

 この政策枠組みに基づき産業界とは既に数多くの戦略的対話を重ねています。とはいえ、今年のものづくり白書によれば製造業全般ではまだ経済安保に対する具体的イメージが乏しいのが実態です。ただ、一方で同白書では経済安保に対応しないと減収リスクが高まるとの認識も高いことが示されていることから、われわれとしても企業による経済安保に対する認識を上げ、対応や取り組みを一層後押しするための仕掛けを考えていきたいと思っております。官民ともに踏み込んだ情報共有を図れる制度として、本年5月にいわゆるセキュリティ・クリアランスに係る、重要経済安保情報保護活用法が施行されました。6月中旬現在、その具体的なプロセスを調整する過程にあります。