
2025/10/16
利用者間でコミュニケーションが可能な、ネットワークを通じてアクセスする仮想空間「メタバース」。デバイスやコンテンツ、通信環境の進化に伴い、各種分野で多様な目的での利活用が急速に進んでいる。市場規模やユーザー数の大幅な拡大が予測される中、より安心・安全なメタバースの実現に向け、民主的な価値に基づく原則の策定をはじめ、総務省研究会での議論のポイントなどを山野哲也参事官に解説してもらった。
前・総務省情報流通行政局参事官
現・同総合通信基盤局電波部基幹・衛星移動通信課長 山野 哲也氏
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「メタバースの原則」を策定
改めましてメタバースとは何か。狭義では「ヘッドマウントディスプレイを装着し、とてもリアルな視覚・聴覚体験などを実現する没入感の高いサービス」と言われることもありますが、総務省ではもう少し広く、「ユーザ間でコミュニケーションが可能な、インターネットなどのネットワークを通じてアクセスできる仮想空間」全般と定義しています。AR(拡張現実)、MR(複合現実)、VR(仮想現実)なども全てメタバースの構成要素として捉えています。
1992年に発表されたSF小説で初めて「メタバース」という言葉が登場しましたが、その後、デバイスやコンテンツ、通信環境の進化に伴い、メタバースのユースケースは着実に積み重なってきています。さまざまなゲームやコミュニケーションの場にとどまらず、産業、観光、医療、教育などの現場にも活用範囲が拡大し、ビジネスや日常生活に欠かせない技術となりつつあります。今後、さらなるデバイスの進化やサービスの高度化に加え、アバター(仮想空間上でユーザーの分身となるキャラクター)や関連アイテムのワールド(事業者が提供するメタバース空間)を跨いだ利用のための標準化などが進むことにより、一層多様なサービス展開が期待され、近い将来には現実空間との垣根がより低くなり、日常生活と「地続き」なメタバースを「普段使い」するような社会が実現すると考えています。
関係省庁においても、例えば、知財などに係る法制上の検討のほか、子どもの居場所づくりや地方創生といった観点でメタバースを活用した取り組みをサポートしており、また、地方公共団体でもDXのツールの一つとして活用を進めています。総務省では、メタバースの利活用が関連産業におけるビジネス機会の創出につながるだけでなく、ユーザーの多様なコミュニケーションの促進や表現活動の活発化、社会全体の包摂性の推進、生産性向上やDX促進などを含め、少子化・人口減が進むわが国の社会課題の解決に大きく寄与するものと考えています。メタバースの利活用促進と、関係する全ての主体に好循環をもたらすエコシステムの構築に注力していきたいと考えています。
総務省では、23年10月から「安心・安全なメタバースの実現に関する研究会」を開催し、民主的価値に基づく原則や今後の課題などをご議論いただいています。昨年10月には、メタバースの自主・自律的な発展や信頼性向上などに関する「メタバースの原則(第1.0版)」を含む「報告書2024」を取りまとめました。こうした原則の策定・公表は、世界的にも先駆的な取り組みだと思います。
さらに本年7月には、原則の改定案を含む新たな報告書案を取りまとめ、パブリックコメントも踏まえ、9月に「メタバースの原則(第2.0版)」を含む「報告書2025」を公表予定です。併せて、メタバースの利活用を検討している方に気軽に参照いただける「社会課題の解決に向けたメタバース導入の手引き」も公表予定です。この「手引き」は、メタバース導入のメリットや意義、検討の際に役立つ情報や留意・考慮すべき事項などのほか、具体的な利活用事例を分かりやすく紹介するものです。
国際的な議論にも貢献
メタバースは国境を越えて提供されるサービスですので、総務省ではメタバースの国際連携にも深く関与しています。2023年4月に開催されたG7デジタル・技術大臣会合の閣僚宣言や翌5月のG7広島サミットの成果文書では、メタバースなどの没入型技術について、民主的価値に基づき、信頼できる安心・安全な利用促進に向け継続的に取り組む必要がある旨が明記されました。「メタバースの原則」は、このような背景を踏まえ、メタバース関連サービス提供者に期待される取り組みをリビングドキュメントとして取りまとめたものです。
昨年策定した「メタバースの原則(第1.0版)」の概要を紹介します。サービス提供者だけでなく、利用者を含め、関係するステークホルダーの皆さまにもぜひ参照いただきたい内容となっています。大きな構成としては、安心・安全なメタバースの実現のために必要な民主的価値について主要な三つの要素を具体的に示した上で、その実現を支える二つの原則があります。一つ目は透明性・説明性、アカウンタビリティ、セキュリティなどについての「信頼性向上に関する原則」、二つ目はオープン性・イノベーション、多様性・包摂性、コミュニティなどについての「自主・自律的な発展に関する原則」です。それぞれの項目について具体的な内容を取りまとめています。
なお、現実空間と同様、仮想空間であっても不特定多数の人とコミュニケーションを行うことで予期せぬ犯罪などに巻き込まれる恐れや、没入感が高いことで偏った情報に囲まれやすくなる可能性もあります。デバイスが高度化すれば個人データの収集が拡大し、ユーザーの意図しない管理・利用が行われる可能性もあります。このような課題に対し、サービス提供者やユーザーなどによる自主・自律的な対応、例えばリテラシーに関する取り組みなどが期待されますが、その際にもこの原則が参考になるものと考えます。
また、総務省では、安心・安全なメタバースの実現に向け、OECDやEUなどと連携して取り組んでいます。特にEUでは、没入型技術によって実現される仮想空間を将来のインターネットを構成する重要な要素の一つと捉えており、そのガバナンスの在り方を含め高い関心を寄せています。総務省はOECDや欧州委員会が開催する関連会合に数多く参加し、「メタバースの原則」のインプットなどを行っていますが、各種の成果文書でも引用されるなど、先進的な取り組みとして評価されているものと認識しています。さらに、メタバースに関する国際標準化活動として、ITU -T(国際電気通信連合・電気通信標準化部門)での議論にも積極的に寄与しています。今後メタバースのさらなる利活用がグローバルに拡大していけば、AIと同様、メタバースに関しても国際的な原則の策定に向けた議論などが想定されるところ、その際には総務省が大きく貢献できるものと考えています。