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◆住宅政策最前線/国土交通省審議官 石坂 聡氏

―少子高齢化、脱炭素に住宅の観点から対応を図る―

いしざか さとし/1967年東京都生まれ。東京大学工学部卒業。1989年建設省入省。兵庫県庁、都市局、道路局、与野市役所(現さいたま市)、厚生労働省で勤務。都市局では都市計画法改正(用途地域8種類→12種類など)、道路局では道路構造、ETC、VICS、電線地中化法などを担当。厚生労働省では、介護保険制度づくりに携わる他、老人ホームや健康長寿のまちづくりなどを担当。2002年から現在まで住宅局。 2021年7月より現職。
いしざか さとし/1967年東京都生まれ。東京大学工学部卒業。1989年建設省入省。兵庫県庁、都市局、道路局、与野市役所(現さいたま市)、厚生労働省で勤務。都市局では都市計画法改正(用途地域8種類→12種類など)、道路局では道路構造、ETC、VICS、電線地中化法などを担当。厚生労働省では、介護保険制度づくりに携わる他、老人ホームや健康長寿のまちづくりなどを担当。2002年から現在まで住宅局。 2021年7月より現職。

 2022年11月、国土交通省は新たな制度として、子育て世帯などによる省エネ性能が高い住宅の購入時に1戸100万円を補助する「こどもエコすまい支援事業」を発表した。経済産業省・環境省と連携して、既存住宅のリフォーム支援も強化する。加速する少子高齢化や世界的な脱炭素化など社会の激変にさらされ、日本の住宅事情はどうなっているのか。長年にわたり住宅政策に最前線で取り組んできた石坂審議官に解説してもらった。

国土交通省大臣官房審議官(住宅局担当)
石坂 聡氏

住宅政策は社会の縮図

 若手の頃、直属の課長から「石坂くん、これからは大変な時代になる」と言われたことをよく覚えています。私が道路局に配属されていた時で、生産年齢人口が8726万人とピークを迎えていた1995年でした。のちに私は現在の住宅局へ移り、以来20年間にわたって住宅行政に向き合ってきましたが、住宅には社会問題が凝縮されていて、少子高齢化とも実に密接なかかわりがあります。あの95年の時点でもっと少子高齢化対策ができていれば、今の状況は変わっていたのではと考えることが幾度もありました。

 現代ではコロナ禍の影響で婚姻件数や妊娠届出数が一層落ち込み、既に深刻な状況であった少子化が政府予想を何年も前倒しにする勢いで進んでいます。

 ただ地域によって状況は異なり、問題の本質は高齢化が進んでいる地域ほど人口減少が加速してしまう点にあります。国交省は旧建設省の時代からずっと「国土の均衡ある発展」という考えで政策を進めてきました。その上で土台となっていた、中山間地域での人々の暮らしや人の手による山の管理などが急激に消えているのです。

(資料:国土交通省)
(資料:国土交通省)

 2018年時点で国全体の住宅ストックは総世帯数に対し約16%多く、空き家の数は849万戸にのぼりました。そのうち賃貸・売却など目的のあるものを除く「その他空き家」だけで349万戸あります。

 今でこそ住宅局が中心となっていますが、12~13年程前まではどこの省庁も空き家対策に着手できておらず、例えば国会答弁などで質問事項に〝空き家問題〟があると、所管部局が曖昧で摩擦が起きるほどでした。当時、私は密集市街地整備を担当していて、道路をつくり道幅を広げる、公園を新設するなどの手法で進めていましたが、空き家の地域的な偏在に着目して、地方ではもっとシンプルな方法があると思いつきました。

 調べてみると都心の密集市街地には空き家が少ないのに対し、地方都市では空き家が全体の3~4割に達する市街地もありました。この空き家を取り除いてポケットパークなどにすれば、そもそも密集状態ではなくなります。さっそく、住宅局で空き家対策をしましょうと話すと、当時の幹部は怪訝な顔をしていましたが、「空き家もそもそも家ですから」と説得しました。というのも、空き家問題はそれまで市町村でも雑草や野生動物を所管する環境課や防災課、市民課で扱っているケースが多く、都市計画課や建設課が手がけることは少なかったので、住宅の課題というよりはむしろ環境問題や防犯対策と認識されていたのかもしれません。

 15年に議員立法で成立した空き家対策特別措置法は国交省と総務省の共管になっています。これにより行政の立場から関係者へさまざまな指導・助言ができるようになり、除却やその後の土地活用のために補助金が交付され、最終的には行政代執行まで可能にした、かなり強力な法律と言えます。ただ現在は、一軒ずつ除却しているだけでは追いつけないほど空き家が増えてきました。そもそも「その他空き家」が生まれる最も一般的な原因は、所有者が高齢になって老人ホームや親族宅へ転居したり、相続で取得したものの、仏壇や家財道具を残しているので流通に回らないというパターンで、高齢化と密接に結び付いている問題なのです。

「特養」「有老」「サ高住」それぞれの課題

 日本が介護保険を創設した2000年、私は厚労省に3年間出向していて、まさに制度発足に取り組みました。当時、厚労省が所管する特別養護老人ホーム(以下、特養)の待機者が30万人。世間では保険料を払っても介護保険を利用できないのではと不安視され「保険あって介護なし」などと言われる大きな社会問題になっていました。

 その頃、初めて特養の現場を見学して驚きました。まるで病院のように無機質な部屋で4名ずつ相部屋だったので、住居ではなく入院している光景に見えたからです。率直な感想として、自分もいつか介護を受けると想像すると暗澹たる思いでした。

 今では特養の数が当時の倍になっており、民間の有料老人ホームも当時3万戸程度だったものが20年時点で60万戸近くまで伸びました。厚労省は認知症対策もあって介護施設を〝個室化〟しようと既にモードチェンジしていますが、当時は「介護は相部屋でするもの」という概念があったのでしょう。4人部屋を基準に定めていました。この特養モデルに民間も倣っていて、高級老人ホームと呼ばれる最低3000万以上の初期費用を支払って入居するような施設ですら、介護の段階になると相部屋になるのが一般的でした。

 私が担当していた3年間で、民間の老人ホームの何件かが経営危機に陥ったことがあります。介護保険スタート目前の時期だったこともあり、全ての事例において後継の事業者が見つかったのは幸いでしたが、入居者の居住確保が脅かされる危険を改めて感じる出来事でした。

 国交省は11年に「サービス付き高齢者向け住宅」(以下、サ高住)の制度を創設しました。短期間で登録が急増して、22年3月末時点で27万戸を超えています。国が定める基準に適合すると民間事業者などが管理する建物を登録できて、補助金や税制優遇を受けられるしくみですが、月額利用式の賃貸型なため経営状況のせいで入居者が「路頭に迷う」リスクがありません。また、あくまで〝住宅〟ですから個室が前提です。こうした波及効果もあって、個室での介護は当たり前になっていきました。

 サ高住をつくる前、06年にデンマークの高齢者住宅「エルダーボーリ・プライエボーリ」を現地視察しに行きました。

 「エルダーボーリ」は使い慣れた家具を持ち込める40~60平米ほどの広さがあり、浴室やトイレ、キッチンも備えていて住宅そのものでした。高齢者住宅への転居といっても普通の引越しと変わらず家財道具を持っていけるため、元の家は空いて流通に回せるわけです。

 日本でサ高住に登録されている物件はその大部分が最低基準の18平米で、25平米未満が全体の4分の3を占めるなど、家賃を安く抑えるため非常に狭くつくられている実情があり、元の自宅に荷物を置きっぱなしにせざるを得ません。空き家発生の一因にもなっています。

 しかし、日本の介護の質が諸外国に比べて悪いとは決して思っていません。例えば介護保険上はシャワーでも可となっていますが、海外のようにシャワーキャリーに乗って終わらせるのではなく、やはり日本人としては浴槽にも入りたいというニーズがあって、介護側もそれに応えようと入浴介助をはじめ手間や時間、人手をかけています。食事も、実際にデンマークの高齢者病院で提供される食事が3食全てパンで、挟まれている具だけが変わっているのを見て「日本での介護って大変なんだ」と思いました。日本ではメニューが多様なのはもちろん、個人のニーズに合わせて刻んだりすりつぶしたりといった工夫もされます。

 ただ、国内では労働人口の減少が続いており、細やかな介護を維持するための担い手が確保し辛くなっています。これまでサ高住では職員の常駐要件があったのですが、これは廃止することにしました。必要な部分にはしっかり人手を割きつつ、安否確認や介護の一部ではIT技術を活用していくべきです。

 今後の新しいサ高住の形態として、例えば高齢化している住宅団地を丸ごと支援付き住宅にするアイデアを検討しています。家から家へ続けてサービスを提供できるので合理的ですし、住宅団地再生は介護だけではなく高齢者の暮らしで食事や買い物、交通などに付随するさまざまな問題の解決になるでしょう。

(資料:国土交通省)
(資料:国土交通省)