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脱炭素社会の実現に向けた住宅・建築物政策/国土交通省 今村 敬氏

――現在、住宅・建築物の省エネ対応については、さまざまな支援事業が行われています。具体的にはどういった事業が進められているのでしょうか。

今村 新築のZEH・ZEB化だけでなく、既存ストックの省エネ対策のためには、補助・税制・低利融資といった支援措置を総動員する必要があります。そのためZEHなどに対する補助制度については、関係省庁(国土交通省・経済産業省・環境省)が連携して実施しています。

 国土交通省は、中小工務店などZEHの施工経験が乏しい事業者が連携して建築するZEHに対して支援しています。経済産業省は将来のさらなる普及に向けて供給を促進すべき高性能な次世代ZEH+や超高層集合住宅に、環境省は戸建住宅におけるZEHやより高性能なZEH+、そして高層以下の集合住宅に対しての支援を行っています。

 また令和5年度予算においては、既存住宅の省エネリフォームへの支援を強化するため、「住宅エコリフォーム推進事業」や「住宅・建築物省エネ改修推進事業」の拡充・見直しを行いました。具体的には、省エネ設計や省エネ改修に係る費用をパッケージで補助する新たな支援メニューを創設し、実質的な補助率を引き上げています。

 さらに令和4年度補正予算により、三省連携の「住宅省エネ2023キャンペーン」(こどもエコすまい支援事業1500億円、先進的窓リノベ事業1000億円、給湯省エネ事業300億円)を実施しています。カーボンニュートラルの実現に向けて、家庭部門の省エネを強力に推進するため、住宅の断熱性の向上や高効率給湯器の導入など住宅の省エネ化を促進するための思い切った予算になっています。

建築物におけるゼロ・カーボン対応/ゼロ・エミッション

――先ごろ実施されたG7気候・エネルギー・環境大臣会合(2023年4月)において「我々は、ゼロ・カーボン対応/ゼロ・エミッションの新建築物を、理想的には2030年又はそれ以前に実現することを促進していく」といった建築物に関する記載がなされました。この建築物におけるゼロ・カーボン対応/ゼロ・エミッションについてお聞かせください。

今村 近年、欧米を中心に、使用段階の省エネ・創エネだけでなく、資材製造・施工段階から使用段階、解体段階までといった建築物のライフサイクル全体を通じた温室効果ガスの排出、いわゆる「エンボディドカーボン」の削減に向けた議論が急速に展開されています。

 特に、そのうち資材製造・施工段階の温室効果ガス(アップフロント・エンボディドカーボン)の削減量を建築規制にしようとする海外の先進的な取り組みがみられるほか、わが国の不動産業界においても、気候関連財務情報開示タスクフォース(TCFD)の提言を踏まえた情報開示のため、アップフロント・エンボディドカーボンの実用的な算定手法を確立し、工事発注の条件にしようとする試みが加速しています。

――新しい視点からの脱炭素というわけですね。では、国土交通省の取り組みについてお聞かせください。

今村 これまでわが国の建築物分野においては、ZEH・ZEBの普及など使用段階の省エネ・創エネを推進することによる「オペレーショナルカーボン」の削減を中心に取り組みを進めてきました。しかし、カーボンニュートラルの実現に向けては、使用段階の省エネ・創エネだけでなく、建築物のライフサイクル全体を通じたエンボディドカーボン削減の必要性を無視することはできない状況となっています。

そのため国土交通省では、22年12月、一般財団法人住宅・建築SDGs 推進センター(IBECs )と連携し、「ゼロカーボンビル(LCCO2ネットゼロ)推進会議」(委員長:村上周三・IBECs 理事長、委員長代理:伊香賀俊治・慶應義塾大学教授)を立ち上げることとしました。この会議は産官学の連携により、BIMの活用などDXへの貢献も視野に入れつつ、国際社会・次世代に通用する質の高い建築ストックの確保に向け、早急にエンボディドカーボンについての評価手法を整備するとともに、使用段階の省エネ・創エネも併せて総合的にLCCO2を実質ゼロにする建築物、いわゆる「ゼロカーボンビル」を普及・推進することを目的としています。

 海外のケーススタディによると、建築物のライフサイクル全体での温室効果ガス排出量のうち、これまで省エネ対策を通じてターゲットとしてきたオペレーショナルカーボンの割合は50%程度まで下がっている一方、相対的にエンボディドカーボンの割合が50%程度まで上がっています。

 また、同ケーススタディによると、エンボディドカーボンの内訳は、資材製造・施工段階(アップフロント)が6割強、使用段階(例:建築設備の更新、外壁改修等)が4割弱、解体段階は数%程度となっており、特にアップフロントの削減に注力する必要があると考えられます。

 さらに、アップフロントの内訳は、基礎・構造躯体が5~6割、建築設備が2割程度、ファサードが1~2割といった具合であり、特に基礎・構造躯体の建築材料の製造段階における温室効果ガスの排出量の削減が最も重要なターゲットであると考えられます。

 エンボディドカーボンの削減には「特効薬」はないともいわれますが、現存する技術・材料のみならず、今後、新たな技術・材料(例えば、グリーンイノベーション基金により研究開発が進められている環境配慮型コンクリート)などが早期に実用化されることが期待されます。

――脱炭素の実現に向けて、住宅・建築物分野もさまざまな取り組みが進められていると。最後に今後の展望、また実現に向けた想いや意気込みについてお聞かせください。

今村 今後、住宅・建築物分野における脱炭素化への動きは、さらに急ピッチで進むと思われます。まずは昨年改正した建築物省エネ法の円滑施行に万全を期すとともに、より省エネ性の高い住宅・建築物が国民の住生活の質の向上・健康長寿命化にも資するものでもあることを踏まえて周知に努めます。また同時に、省エネ対策のみならず、ライフサイクル全体を通じた温室効果ガスの排出削減に対応しなければなりませんので、これからも関係省庁と連携してしっかり取り組みたいと考えています。

――本日はありがとうございました。
                                                  (月刊『時評』2023年8月号掲載)