
2026/08/10
Aさんは、決められた日時に保護観察所で薬物再乱用防止プログラムを受講するとともに、Aさんの担当となった保護司と月2回程度のペースで面接をして、自立に向けた指導や助言を受けたり生活上の相談をしたりします。保護司は毎月、Aさんとの面接内容や生活状況などを保護観察官に報告します。
またAさんは、更生保護施設で共同生活を送りながら、施設職員による薬物の離脱指導を受けたり、地域のさまざまな人の助けを借りて、施設退所後の住まい探しや就職活動、必要な行政手続等を進めていきます。そして、「協力雇用主」の下での住み込み就労を確保でき、更生保護施設を出て自立に向けて進んでいきます。「協力雇用主」とは、犯罪をした人の前科等を理解した上で、それらの人を雇用する意思のある事業主であり、現在全国で約2万5000社が保護観察所に登録されています。
以上のように、日本の更生保護は、さまざまな民間の協力者によって支えられており、このほかにも、地域の犯罪予防活動や立ち直ろうとする人への各種支援活動を行う「更生保護女性会」(約11万4000人)、兄や姉のような立場から非行少年等に対する学習支援等の活動を行う若者を中心とする団体である「BBS会(Big Brothersand Sisters Movement)」( 約4900人)も、全国で活動を展開しています。
更生保護の効果
更生保護の効果に目を向けてみますと、刑務所出所後、保護観察を受けていた者(仮釈放者)が出所後5年以内に刑務所に再入所した割合は27・7%、保護観察を受けていない者(満期釈放者)の割合は43・2%という統計があります(令和7年版「犯罪白書」)。これは一つのデータに過ぎませんが、官民協働により地域で指導・支援を行う保護観察が再犯防止の重要な要因となっていることは、多くの調査結果でも示されています。
もとより、保護観察により全ての再犯が防げるわけではありませんが、再犯者が一人増えると、そこに新たな被害者が生じ、再犯者が他の者を犯罪に引き込めば、加害者も被害者もさらに増えます。それをできる限り防ぐことは、社会を保護し、社会経済的なロスを低減するものです。
こうした日本の更生保護は、良好な治安を支えるものとして他国からも注目されており、フィリピンやケニアでは日本を参考にして更生保護ボランティア制度が導入されています。また、昨年国連総会で採択された再犯防止準則でも、推奨すべき制度・取り組みとして日本の保護司等が紹介されています。法務省としても、国際会議の場や、他国からの視察、情報交換等の機会を通じて、積極的に日本の更生保護制度を発信し、また、他国の制度・取り組みからも学びを得ているところです。
近時の課題とその解決に向けたアクション
もっとも、近時の社会構造の変化によって更生保護を取り巻く環境も大きく変容し、それにより重要な課題も生じています。すなわち、犯罪や非行をした人の中には、依存症、高齢、障がい、貧困などの複合的な問題を抱え、多層的な支援ニーズを有する者が増加・顕在化しています。一方、そうした人を受け入れる社会では、家族や地域での人間関係が希薄化し、世代間の考え方の違いも相まって、指導や支援が行われにくくなっている現実があります。こうした状況に対応し、更生保護の制度・取り組みも、変化・成長させていくことが求められています。
そのために更生保護が取り組むべきアクションは多岐にわたりますが、例を挙げると、①保護観察官の専門性の向上、②保護司制度の新たな展開、③民間企業や団体からの協力・支援の拡大、④〝息の長い〟支援と多機関連携、⑤更生保護の〝あたりまえ化〟などがあります。
まず、「①保護観察官の専門性の向上」について説明します。保護観察官は、心理学、教育学、福祉および社会学等の専門的知識に基づき、対象者のアセスメントおよび処遇方針の立案をしますが、諸外国の取り組みも参考にしつつ、その全体を高度化することが必要です。
処遇の出発点であるアセスメントのレベルアップは特に重要ですし、性犯罪、薬物、暴力など特定の犯罪的傾向を有する者の改善のための認知行動療法に基づく再犯防止プログラム等についても、より効果的な方法を追求する必要があります。また、社会資源を活用したソーシャルワークや個別面接を通じた働きかけ等のスキルアップも欠かせません。
さらに、2025(令和7)年6月から導入された「拘禁刑」により、刑務所での矯正処遇の充実化が図られていますので、矯正と保護の一貫性ある処遇を意識する必要もあります。加えて、GPS(位置情報システム)などの技術を処遇に活用することも視野に入れて検討を進めています。
成長し続ける保護司制度を目指して
次に、「②保護司制度の新たな展開」について説明します。保護司制度は、日本の更生保護の特徴ですが、もとより社会の変化とともに進化させていかなければ、その役割を十分に果たすことはできません。事実、保護司の人員数は2004(平成16)年をピークに漸減し、近年では60歳以上が約8割を占めるなど高齢化が進んでいます。また、これまで保護司の自宅等で行っていた面接を公共の場所でも行える環境を求める声や、対象者との世代間ギャップに悩む声も高まっています。そのため、保護司の活動環境等を整備しつつ、若手を含めた多様な保護司適任者を確保することが重要な課題となっています。
こうした背景から、25(令和7)年12月に保護司法等が改正されました。改正事項は多岐にわたりますが、例えば、保護司の活動拠点である地域の「更生保護サポートセンター」を法定化して活動の支援を強めるとともに、面接場所の確保が国の責務とされました。また地方公共団体の新たな努力義務として、保護司が地域で活動するために必要となる協力を行うことが規定され、民間企業の社員が保護司である場合、その企業に対して保護司活動のための休暇の取得や勤務時間の配慮を求める規定も整備されました。
近時は、適任者確保に明るい兆しが見えてきていますが、保護司の処遇活動の在り方なども進化させていく必要があります。例えば、従来は、一人の保護観察対象者に対し、一人の保護司が担当して面接等の処遇活動を行っていましたが、近時は、複数の保護司が担当する取り組みも積極的に進めています。これは、保護司の精神的な負担の軽減や、ベテラン保護司から若手保護司への面接手法等の継承のために始めたものですが、将来的には、複数の保護司がそれぞれ有する専門性や強みを生かしながら、対象者の特性に応じた指導・助言を実施するという進化も見えてくると思います。
企業・産業界の理解・協力が不可欠
「③民間企業や団体からの協力・支援の拡大」については、まず、経済界の皆さまのご支援・ご協力により、「就労支援事業者機構」が設立・運営されています。同機構は、「治安の確保による恩恵は、社会全体にもたらされるものであり、犯罪者や非行少年の就労の確保についても、本来ごく一部の善意の篤志家の手によってではなく、経済界全体の協力と支援によって支えられるべきもの」等の理念に基づき、これに賛同する企業等からの寄付によって運営されています。具体的には、全国各地で、協力雇用主の開拓・確保、協力雇用主の活動支援、犯罪や非行をした人の雇用の推進等の事業を行っていただいています。
再犯をして再び刑務所に入所した人の7割超が再犯時に無職であることからも、再犯防止のためには就労が極めて重要であり、協力雇用主の協力は欠かせません。ただ現在、協力雇用主は建設業が大半(約6割)を占めていることから、より多様な業種・職種に広がっていくよう募集が続けられています。
また、企業の皆さまからは、雇用以外にも更生保護の広報・啓発活動への協力、物品・サービスの提供、専門的知見の提供、保護司活動への協力、そして寄付による資金提供など、さまざまな協力・支援をいただいています。地域コミュニティーが希薄化する中にあって、民間企業による協力・支援は、更生保護の活動に欠くことのできないものとなっています。
続いて、「④〝息の長い〟支援と多機関連携」について説明します。保護観察期間が終了すると、別途、更生緊急保護という枠組みがありますが、国による関わりは次第に薄くなるため、再犯リスクが高まることが懸念されます。特に、近時の孤独・孤立を深めやすい社会情勢からすれば、社会復帰のためには地域からの〝息の長い〟支援が必要です。
そのため、保護観察の段階から、その終了後を見据え、福祉・医療・労働分野等の多様な団体と連携した処遇や生活環境の調整に努めておりますが、これをさらに機能的なものとしていく必要があります。特に、犯罪や非行をした人が地域社会の一員として自立するためには、その人が居住する地方公共団体による理解と継続的な支援が不可欠ですので、国から地方への切れ目のない取り組みを実現していきたいと考えています。
更生保護を社会の〝あたりまえ〟に
最後に、「⑤更生保護の〝あたりまえ化〟」について説明します。更生保護は、社会生活の安全・安心を支え、社会経済的なロスを低減する取り組みですが、多くの人はその存在を知りません。犯罪をした者を甘やかしていると誤解したり、関与することに不安を抱いたりする方もいます。しかし更生保護は、社会内での取り組みですから、これをよく機能させるためには、一般の個人や民間企業の方々の理解と協力どうしても必要です。
そこで、法務省では、更生保護の存在を社会の「あたりまえ」(認知度97%)にすることを目標とした「更生保護の〝あたりまえ化〟プロジェクト」を開始しました。社会全体に対し、あるいはターゲットに応じた情報発信等を通じて、まずは刑事司法の一翼を担う更生保護の「存在」を認識していただき、さらに進んで、ご理解とご支援を得ていきたいと考えています。読者の皆さまにも応援をいただけましたら幸いです。
(月刊『時評』2026年7月号掲載)