お問い合わせはこちら

集中連載:経済安全保障/細川昌彦(明星大学教授)

深く浸透する軍事・防衛アレルギー

                                                    (資料提供:細川昌彦)
                                                    (資料提供:細川昌彦)

――では、定めた法制度の意義を各官庁が正しく理解し、運用して初めて効力あらしめると。しかし現実にはご指摘のように、そうした意識が希薄ということですね。

細川 それは同時に、各官庁の経済安全保障への認識が不足しており、かつ意識改革を阻害する構造になっていることを示しています。

 先ほど言及した投資管理の強化も含めて、経済安全保障の政策の全体像は広範に及びます。霞が関の多くの省庁が関わる問題です。現在、議論されている経済安全保障推進法(仮称)の4本柱とされているものは、そのうちの法律になり得る部分だけ取り上げたものです。そこでは「サプライチェーンの強化」「基幹インフラの整備」「特許の非公開」と並んで、「先端技術の開発・促進」が位置付けられています。その実現のために、まずは1000億円の資金を投じ、ゆくゆくは5000億円規模の基金を目指す、という内容を打ち出していますが、この5000億円基金の創設と「先端技術の開発・促進」という目標のそもそもの背景に、日本の深刻な問題が横たわっているのです。

――と言いますと。

細川 各国ではこうした先端技術に関する研究開発費用は国防予算から供出され、しかも米国は7兆円を支出するなど膨
大な予算が付いています。一方、日本では研究開発費トータル約4兆円のうち、文科省が予算として約2兆円を占め、残る半分を関連省庁等が分割しています。そのうち防衛省における研究開発費の割り当ては、これまでは1300億円くらい、そして今回大幅に増額してようやく2000億円に届こうか、というレベルです。人口では日本の半分ほどの韓国でも国防から研究開発予算はほぼ倍の約4000億円を計上しているので、彼我の差はあまりに明瞭です。

 なぜ防衛分野の研究開発費はこれほど低迷しているのか。まさしく、日本のアカデミアには、軍事・防衛に対する根強いアレルギーがあるからです。技術の研究開発は軍事目的であってはならないという意識が、現在の予算配分となって表れているのです。

――では、経済安全保障を推進するには、アカデミアの意識改革から始めねばならないと。

細川 その軍事アレルギーを解消し、世界のリアルな状況を見つめ直さない限り、研究開発に対する防衛予算はいつまでも世界に劣後したままでしょう。経済安全保障を語るなら、研究開発費の配分を見直すのはもちろん、日本のアカデミアの体質から改善していくべきなのですが、この点は残念ながら多くのメディアでもあまり指摘されていません。

――メディアはもちろん、一般国民は経済安全保障とアカデミアの関わりについてほとんど意識していないと思います。

細川 旧来の閉鎖的秩序や体質が今後も続くならば、アカデミア側からの内発的な改革は期待しにくい、ならば国がリーダーシップを発揮して、経済安全保障の実効性に資するべく、別枠の予算を設けるなど新しい仕組みを再構築すべきです。軍事研究ではなく、経済安全保障を念頭に置いた研究開発予算の枠組みが必要だと思います。

 これまでアカデミアに対する予算配分は、あまりに硬直的でした。今般、5000億円の基金創設を目指すことが安全保障4本柱に位置付けられたのは、従来の硬直性に対する反省の表れと言えるでしょう。額はまだまだ世界との差はあまりに大きいものの、経済安全保障という新たな視点に向けた、重要な一歩を踏み出したと私は捉えています。

――研究成果の保守管理についてはいかがでしょう。

細川 国の予算を投じながら、その内容が海外に渡ってはたまりません。この点も、これまで日本はおおらかに過ぎた面がありました。従って今後は、研究成果の扱いも厳正に管理するべきです。付言すると、AIや量子技術などの先端技術、新興技術はまだ社会実装が始まったばかりで製品化に至らない場合がほとんどです。しかし、製品化されてから輸出管理していたのでは手遅れです。製品化されたばかりの段階で流出阻止を検討する必要があります。

 日本の大学が研究開発費の政府補助を受ける際には外国から資金の受け入れについて報告義務が課せられる方針です。しかし大学に規定を設けるようガイドラインを出すだけで、果たして実効性が期待できるかです。制度をつくっても渋々受け身で受け入れているので魂が入っていません。むしろ大学経営者などは、自分の大学や研究機関に安全保障の観点が不足していることが欧米の大学に露呈した場合、共同研究のパートナーから外されるなどの悪影響を被るという自己防衛意識を持っていただきたい。米国の大学は自発的に利益相反は「研究の公正さ」に反するものだとして、自ら取り組んでいます。

〝事業仕分け〟と〝技術仕分け〟

――産業界における考え方はどうあるべきでしょう。一方で中国とは経済的に密接な関わりがあり、その関係性のありようは日本の経済活動にも大きく影響します。

細川 現実的に、経済的な相互依存関係が確立され、特に相手方が巨大市場を有しているのは確かです。

 考え方として、経済関係と安全保障という、二つの異なる分野が併存する現在、その両分野が重なり合う領域が経済安全保障に該当し、しかも重複領域は日に日に広くなっています。そうすると企業経営者には今後、自社の事業が経済分野だけにとどまるのか重複領域に当たるのか線引きを見定めること、つまり〝事業仕分け〟が求められます。しかも、同じ事業でも関連技術のレベルによって機微かどうかを見極める、〝技術仕分け〟も同時に不可欠です。むろん、その線引きは外部に委ねるべき性質のものではなく、自社で判断しなければなりません。外為法の規制対象でなくても、企業にとって機微で管理すべき技術領域があるのです。

――経営者自身の、経済安全保障に対する意識が問われますね。

細川 前述の事例のように、まだ日本の経済界に深く浸透しているとは言い難い状況です。しかし、〝事業仕分け〟〝技術仕分け〟をしておかないと、いつ何時思わぬリスクが発生してもおかしくありません。事業や技術の見極めができないということはリスク判断ができないことを意味します。リスク判断ができれば別サーバーでのデータ保管やアクセス権者の限定など、然るべき措置を講じることが可能となるでしょう。

 特にデータに関しては、中国政府が囲い込みをかけているので、その対応も不可欠です。中国は2017年に「サイバーセキュリティ法」、21年9月に「データ安全法」、11月には「個人情報保護法」の、〝データ3法〟を相次いで施行させました。これにより中国は、国内のデータを海外に持ち出すとき共産党政権がチェックしたり、国家情報法でデータに対してアクセスできる。ガバメント・アクセスが可能な法律などは、日本はおろか米国にもありません。

 このようにデータ統制が強化された中国に対し、日本の産業界はどう向き合うか、まさに今年からその対応が問われるところです。現地のデータが海外、つまり日本に持ち出せない、例えば現地でテストしている自動運転の走行データなどが日本に送信できなくなるかもしれない、という最悪の場合を想定して社内システムを組み立て直さねばなりません。しかも規制基準が非常にあいまいなため、現地の法律事務所に法解釈を問い合わせても意味を成しません。そもそも法律の目的が〝国家の安全〟なので、その大義名分があればどのような行為も可能になるのが今の中国です。こうした事実を踏まえ、今後起こりうるリスクのシナリオを描いて事前対処しておくことがビジネス上の鉄則となるでしょう。

――トータルすると産学官いずれも、経済安全保障の意識がまだまだ希薄なように思われます。

細川 であるが故に、この問題は特に政治がリーダーシップを発揮すべきなのです。経済安全保障担当相として任命された小林鷹之大臣にはこの点で、非常に大きな期待が寄せられています。産業界における〝仕分け〟は国の政策においても求められ、各省庁所管の政策分野いずれも、大なり小なり経済安全保障の要素を取り入れることが求められます。

 まとめると、行政・企業経営者・大学経営者の三者に対し、経済安全保障の本気度をいかに持たせるか、それが大きなポイントです。

――本日はありがとうございました。                                                  (月刊『時評』2022年2月号掲載)