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集中連載/経済安全保障の国際的背景と日本政府の取り組み

かやま ひろぶみ/昭和48年1月27日生まれ、岡山県出身。東京大学法学部卒業。コロンビア大学法律大学院、同国際公共政策大学院修了。平成7年通産省入省、23年資源エネルギー庁電力・ガス事業部原子力政策課原子力国際協力推進室長、27年日本貿易振興機構ニューヨーク事務所産業調査員、令和元年経済産業省貿易経済協力局貿易管理部安全保障貿易管理政策課長(兼)大臣官房経済安全保障室長、2年7月より同課制度審議室長を併任。
かやま ひろぶみ/昭和48年1月27日生まれ、岡山県出身。東京大学法学部卒業。コロンビア大学法律大学院、同国際公共政策大学院修了。平成7年通産省入省、23年資源エネルギー庁電力・ガス事業部原子力政策課原子力国際協力推進室長、27年日本貿易振興機構ニューヨーク事務所産業調査員、令和元年経済産業省貿易経済協力局貿易管理部安全保障貿易管理政策課長(兼)大臣官房経済安全保障室長、2年7月より同課制度審議室長を併任。

昨年11月19日、総理大臣官邸で関係閣僚による第1回経済安全保障推進会議が開催され、本年2月25日には経済安全保障推進法案が閣議決定された。現政権は経済安全保障政策を重視しており、中央官庁も本格的に動き始めている。今回、経済産業省安全保障貿易管理政策課長と大臣官房経済安全保障室長を兼務する香山氏に、各国政府の動向と併せて日本が進もうとしている道筋を解説してもらった。

経済産業省経済安全保障室長
兼 安全保障貿易管理政策課長
香山 弘文


経済安保議論が高まる背景

 今では霞が関に経済安全保障の名前を冠した部署は多くありますが、その中でも弊省の経済安全保障室は先陣を切って2019年6月に立ち上げられました。弊省において、安全保障貿易管理政策課長が経済安全保障室長を兼ねることとなったのは自然な流れだったと思います。元々、弊省は、国際的な平和および安全を維持するための手段として、外為法(「外国為替及び外国貿易法」)に基づき安全保障貿易管理を担ってきました。〝軍事転用可能性があり懸念主体の手に渡らないように管理すべき技術〟についての国際的議論に参加し、そうした技術の日本国内の所在を把握し、不適切な輸出を止めることが任務です。結果として、こうした業務を手がける安全保障貿易管理政策課には国内企業や大学が持つ技術のうち、安全保障の観点から然るべき管理が求められるものは何かについての知見が蓄積されていた訳です。

 〝経済安全保障〟を経済安全保障推進法案(「経済施策を一体的に講ずることによる安全保障の確保の推進に関する法律案」)の目的に則して定義すれば、「経済活動に対して行われる国家及び国民の安全を害する行為を未然に防止するべく、経済施策を一体的に講ずること」となりますが、国際的には必ずしも一致した定義がある訳ではありません。米国でエコノミック・セキュリティと言って主にイメージされるのは、いわゆる金融制裁や輸出規制などのエコノミック・ステートクラフト(経済的手段を通じて外交的目標を実現すること)ということになると思います。他方、日本として、政府をあげて取り組んでいこうとしている経済安全保障政策は、エコノミック・ステートクラフトのように外交的目標を実現するための攻めの経済的手段を念頭に置いたものではなく、あくまで、日本の安全保障を確保するため経済分野における日本自らの力を高めていこうというものです。具体的には、安全保障貿易管理や研究インテグリティの向上などの「守る」施策に限らず、戦略的R&D推進などの「育てる」施策や、機微技術に関するインテリジェンス能力の向上など「知る」施策も含めた措置を、一体的に講じていくことであると整理できると思います。わが国の置かれた立場を踏まえると、必ずしも米国が想起するエコノミック・ステートクラフトと同じ外延の政策に注力していくことが国益追求の観点から効果的であるとは限らないと思います。

 従来、米国をはじめとする民主主義・自由主義経済国は、異なる体制に対して、エンゲージメント戦略を採ってきました。すなわち、経済相互依存関係を高め相手方の一人あたりGDPを高め、経済面のみならず、文化面での関わりも深めていけば、いずれどの国も民主化し自由主義経済を志向するという考え方です。しかしこの認識は、誤りであったというのが、米国知識層のコンセンサスになっていると言えると思います。

 米国国内における経済安全保障議論の転換点となったのは、2015年頃から中国が世界へ発信し始めた国家戦略としての「軍民融合」への対応がきっかけとなったと考えています。軍民融合は経済発展と軍事力増強の一体化を目的としており、とりわけ、平時から民間のリソース・技術を軍事能力拡大のために動員していく体制を国家的に構築する戦略として注目されてきました。従来のエンゲージメント戦略を維持する限り、米国から中国への機微な技術流出に歯止めがかからず、新たな国家戦略を採用する中国は、米国の覇権を脅かす存在になるのではないか、という安全保障上の強い懸念から、既存の対応を見直す方向へ大きくかじが切られたのです。しかし、世界経済のグローバル化が進み、中国との経済相互依存関係が相当進んでいる状況においては、冷戦時代と異なり、旧ソ連圏への技術流出防止のために民主主義諸国が設置したCOCOM(対共産圏輸出統制委員会)のような徹底的な遮断(デカップリング)によって解決を図るという手段はとれません。

 このような背景の下、エマージング・テクノロジー(「エマテク」)と呼ばれる量子、AIといった先端技術で軍事転用のされ方によってはゲームチェンジャーとなり得る技術に焦点を当て、アカデミックな研究開発協力であっても一定の規律を導入していくべきではないか、あるいは、電気通信ネットワーク等の社会基盤の他国への依存を最小化し、それを支える半導体等の技術については「基盤技術」として管理、育成を促進すべきではないか、など米国内でさまざまな議論がなされました。その結果、輸出管理・投資管理の強化という「守り」の措置に加え、自国が技術的優位性を維持・発展させるための機微技術開発への公的資金の大胆な投入という「育てる」措置も含む広範な経済安全保障施策が、国防授権法(NDAA2019)に盛り込まれました(2018年8月)。

(資料:経済産業省)
(資料:経済産業省)

 米国での国防授権法は、国防省の予算の大枠を決めるための法律で、毎年必ず成立するものです。上記のような日本でいうところの経済安全保障政策が、共和党のみならず、民主党の支持を得た上で盛り込まれたことは重要なポイントです。一部報道では、〝トランプ政権が経済安全保障政策を推し進めた〟とする言説も耳にしますが、むしろ与野党のコンセンサスとして米議会が求めた措置を、トランプ大統領率いる行政府が断行した、というのが正しい理解ではないでしょうか。

日本も最重要課題として国を挙げて対応

 日本政府は昨年11月、岸田総理の下、関係閣僚が一堂に会する経済安全保障推進会議を立ち上げ、改めて経済安全保障を最重要課題の一つと位置付けました。その場で、小林鷹之経済安全保障担当大臣が提示された「経済安全保障上の主要課題」がわが国として国を挙げて取り組んでいく経済安全保障施策の全体像を良く表しています。まず、①重要物資のサプライチェーン強靱化や基幹インフラの信頼性確保を通じて、社会基盤を他国に過度に依存しない、すなわち「自律性の向上」を進めること。次に、②重要技術の育成や流出防止を通じてわが国が保有する技術優位性を確保し、ひいては国際経済におけるわが国の不可欠性を確保すること。さらに、③自由・法の支配・基本的人権の尊重といった基本的価値や国際ルールに基づく国際秩序の維持・強化に存在感を持って貢献していくこと、以上の3本柱がわが国の経済安全保障政策の大きな方向性として示されました。

経済安全保障推進会議(第1回)の資料より抜粋(出典:内閣府ホームページ)
経済安全保障推進会議(第1回)の資料より抜粋(出典:内閣府ホームページ)

 経済産業省としては、この3本柱として整理される施策について、経済安全保障室立ち上げ以降、順次取り組んできたところです。例えば、外為法改正による対内直接投資管理の強化と適正な執行、半導体、蓄電池、医薬品等重要物資に関するサプライチェーンやチョークポイント技術の調査を進めるとともに、技術的優位性を維持するための価値観を共有する少数同志国との新たな輸出管理枠組みの検討や国内における技術情報の移転への「みなし輸出管理」の対象明確化等を進めてきました。昨年11月の経済対策においては、先端半導体の安定的な生産確保のための基金や経済安全保障を推進するための法案策定等の方針が示され、12月には5G促進法およびNEDO法の一部を改正する法律(「改正5G促進法」)が公布されました。今後経済安全保障政策を強力に推進していく上で必要な法制上の手当てとして、本年2月25日、サプライチェーンの強靱化、電力・通信・金融などの基幹インフラ機能の維持に関する信頼性確保、官民協力の下での技術基盤の強化、安全保障上機微な発明の特許非公開制度を4本の柱とする経済安全保障推進法案が閣議決定されました。

サプライチェーンの強靱化

 経済安全保障政策におけるサプライチェーンの強靱化とは、国民の生存に不可欠な物資や広く国民生活・経済活動が依拠している物資の供給について、自律性と優位性の確保を目指すことです。

 重要物資のサプライチェーン強靱化の重要性は、2010年にレアアース対日輸出禁止措置を経験したわが国にとって、従来から強く認識されてきたところです。特に、近年のコロナ禍によって、国民生活にとって不可欠な物資の流れは、決して安定的なものではなく自国民の利益を優先する他国の判断に左右されるものであることが明らかになりました。言い換えれば、自国の国境の内側に重要生産・技術基盤を持つことの必要性が高まっています。例えば、新型コロナウイルスワクチンについて、米国企業ファイザー製ワクチンは、同社の欧州の生産拠点から輸入しており、EUの輸出許可を得なければ日本へ届きません。EUには当然、域内での接種を優先しなければならない事情があります。経済安全保障という視点からは、国民の生存に直結するような物資について、少なくとも非常時には、日本政府が国境措置を通じて管理の下に置くことができる国内立地を追求すべきだということになります。これが自律性です。また、そもそも日本に生産・研究開発基盤を有する日本企業が実用に足るワクチンをいち早く製造できなかったという論点もあります。日本国内にこうした製造に関する優位性があること自体が、日本の不可欠に繋がることになります。

 経済産業省では、先端半導体の国内生産拠点の確保のために令和3年度補正予算へ6170億円を計上し、先に述べた改正5G促進法に基づき、認定されたロジック半導体やメモリー半導体製造拠点の国内立地を最大1/2補助する基金をNEDOに新設することにしました。また、日本国内でのワクチン製造基盤に関しては、経済産業省では、デュアルユースが可能なバイオ医薬品製造拠点整備のために2274億円という破格の予算を令和3年度補正予算に計上しました。ここでいうデュアルユースとは一般的に使われる民事・軍事の両用という意味ではなく、民間のバイオ医薬品プラントを緊急時にはワクチン製造用途に転換できるようにしておくための設備投資を、国が支援するという内容です。こうした措置と並行して、日本の技術優位性、さらには不可欠性確保のため、さまざまな研究開発支援ツールを活用しながら、半導体等重要物資のグローバル・サプライチェーンのチョークポイントに位置付けられる技術開発の推進や人材育成などに注力しているところです。

 こうした課題に政府を挙げてより強力に取り組んでいこうとするものが、経済安全保障推進法案において、「サプライチェーン強靱化」とされている柱です。政府が国家・国民経済にとって重要な物資を指定し、指定した物資の安定供給の確保のために民間が取り組む設備投資や調達先の多元化、研究開発などを、基金を通じて後押ししていくという制度が盛り込まれています。実際に緊急事態が発生してから取り組むのではなく、平時から有事への備えを万全にしていくことを意図するものでもあり、省庁の垣根を越えて政府一体となって、国家として必要な物資のサプライチェーン強靱化に取り組んでいくこととなります。