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【末松広行・トップの決断】 東京農工大学学長 千葉一裕氏

長い歴史を背景に、斬新な視点で打ち出す新たな国立大学の姿

ちば かずひろ/1959年生まれ、東京都出身。東京農工大学農学部卒業、同農学研究科修了。83年キユーピー株式会社研究所研究員、90年東京農工大学農学部助手 (応用生物科学科)、96年同農学部助教授、99年文部省在外研究員(アメリカ合衆国Washington University in St. Louis, Department of Chemistry, Prof. K. D. Moeller Lab.)、2004年東京農工大学教授、11年同大学院農学府教授、20年4月より現職。農学博士。
ちば かずひろ/1959年生まれ、東京都出身。東京農工大学農学部卒業、同農学研究科修了。83年キユーピー株式会社研究所研究員、90年東京農工大学農学部助手 (応用生物科学科)、96年同農学部助教授、99年文部省在外研究員(アメリカ合衆国Washington University in St. Louis, Department of Chemistry, Prof. K. D. Moeller Lab.)、2004年東京農工大学教授、11年同大学院農学府教授、20年4月より現職。農学博士。

 国立大学の中でも長い歴史を有する東京農工大学は現在、千葉学長の下で次々と新機軸を打ち出している。その根底には、研究における公益性と事業性の両立、社会へのアウトプットに対する価値の最大化等々、明確な理念と方向性に基づく。「ディープテック産業開発機構」の設立、動物救急医療センターの開設など、既に具体的な形となって動き始めたプロジェクトも少なくない。国立大学のイメージを刷新する新たな研究中核拠点としての位置付けを模索し続ける千葉学長に幅広く話を聞いてみた。

ガバナンスに対する理解を求めて

末松 千葉学長は、長い歴史を有する東京農工大学においても、久しぶりに農学出身の学長だそうですね。しかも卒業生としては初の学長とか。

千葉 はい、大学院を修了後、社会人として最初は民間企業の研究所に勤務しましたが、その後、本学に勤務し、2020年4月に学長として就任しました。

末松 貴学の、おおよその沿革をご紹介いただけましたら。

千葉 まさに来年2024年、本学は創基150年を迎えます。日本でも、最も歴史が古い大学の一つであると思われます。1874年に現在の新宿御苑内にて農学、工学ともに発足し、その後しばらくはそれぞれ別の研究機関として歩んできたのですが、1949年に東京農工大学として統合、再スタートして現在に至ります。当初はわが国の基幹産業であった蚕糸を研究する大学だったため、今でも産学連携に対する意欲は本学の文化として強く継承されています。

末松 コロナが拡大した当初はどのような影響がありましたか。

千葉 とにかくスピード感を持った対応が必要だと思いましたので、学長就任初日に、まだ財務状況も詳しく知らない状態ながら、学生への支援金支給を決定しました。この時、財務状況を精査していたら数カ月は空費していたと思います。またWi -Fiを全学生に配布し、家でもネットで授業を聴講できる体制を整えました。おかげで万全ではありませんが、ある程度の初期的なコロナ対策は進めることができたと認識しています。

末松 貴学が掲げる、「科学を基盤に人の価値を知的に社会的に最大に高める世界第一線の研究大学へ」の理念について、ご解説をお願いします。

千葉 特定の分野で〝世界一を目指す〟と標榜する大学は非常に多いと思いますが、それに対し私たちは、〝人の価値を最大化する〟ことこそ大学の使命であると捉えて、その観点から世界第一線の研究大学となることを目指しています。いかなる研究も人あっての研究ですし、意欲的に創造する人材を育成することが優れた研究に結びつくと確信しています。

 ただ〝人の価値を最大化する〟という場合、定義を明確にする必要があります。これは簡単に言えば、アウトプットの力であると私は考えています。〝学ぶ力〟は確かに重要なのですが、最終的に世の中で価値として認められるのは、当人が社会・地域・隣人に対していかに有用な何かを提供できたかどうか、だと思います。そこに重点を置いて大学を運営しています。

末松 現在のように変化の激しい時代の中、ガバナンスの強化と大学経営の自律化をどのように図っておられますか。

千葉 この点は、私が学長就任後当初から最も重要なポイントの一つであると捉えてきました。シンプルに言えば、「自分たちがやるべきであると考えたことを、自分たちで責任をもってやり遂げる」ということです。言ってしまえば当たり前かもしれませんが、現実に国から資金をいただきながら国の方針に基づく研究進める、という国立大学の仕組みの中では運営の自律性を発揮できない場合も往々にしてありました。しかし今般の社会情勢に鑑みると、従前の姿勢のままでは社会・国民の期待に応えるのは不十分ではないか、国民が未来に希望を持てるような明るい社会を築くには国立大学がもっと活力を発揮すべきではないか、とも考えています。その原動力が国立大学の自律化、そのために必要なものとしてガバナンスの強化が位置付けられます。

 ガバナンスについては、外部に対し責任をしっかり持つ体制を構築します。単に資金を国からいただくばかりでは今の時代に不十分で、何らかの形で私たちに預けてくれた資金を増やしていく活動が必要です。自分たちの努力の結果としてお金が増えると、それは研究力の向上につながり技術的発展が期待できる、その成果を出資した方々に還元するというサイクルです。民間企業ではごく一般的な形態ですが、それを国立大学ならではの目指す姿として明確化した上で、サイクルを回していくようにするのがカバナンスだと認識しています。

末松 学長ご就任後、先生をはじめ大学内部に対し、そうした意識の浸透についてご努力されたと推察されますが、手応えのほどは。

千葉 教員、事務職員と私とで5~10人ほどのグループを作り、目指すガバナンスの意味について理解してもらえるよう、コロナ禍の中でも直接対話を行いました。事務職員150人についてはすべて終え、教員400人に対してはその過程にあります。ともすれば大学が利益追求に走るのか、とイメージされがちですので、そうではなく教育・研究力を増すというのは学生に対する大学の責務であり、大学が発展して国力を強化する一助となるのは国民に対しても重要な使命である、ということを諄々と説いていき、徐々に理解が深まりつつあります。

 一方、学外の企業の方々は、こうしたガバナンスに対して理解してくださる方が多く、資金投入というプロセスも含めて目標を共有できるという手応えを感じています。やはり対話の機会を広げていくというのは非常に重要だと実感します。

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