
2026/02/02
多言なれば数々(しばしば)窮す(老子)
――人は、あまりしゃべり過ぎると、いろいろの行きづまりを生じて、困ったことになる。
イギリス通信庁が「55歳以上の人々は、2年前の2倍ユーチューブを視聴している。テレビは若い視聴者にとって、ますます異質なものとなり、ユーチューブが若い人のリモコンの最初の寄港地になっている」と最近発表したが、これは現在の日本にもそのまま当てはまると感じている。
お年寄りは、新聞・テレビなど、昔からのマスコミと言われたメディアからの情報に依存しており、その結果、若者との間に世論の断絶といった現象が現れているとの指摘もあった。そのことは、例えば石破内閣時代の内閣支持率が、高齢者では高く若年層では低いといった傾向が顕著であったことなどで実証されている感があった。
ところが、ごく最近になって日本でもスマホの普及が大きいと考えるのだが、高齢者層でもSNSなどで情報を得るようになり、マスコミと言われてきた新聞テレビからの情報がきわめて相対化し、オールドメディアと括られて、信憑性や信頼性に大きな疑問符がつけられる事例が急増してきた感がある。高市内閣の誕生に起因するとは考えられないのだけれども、高い支持率の背景を考えると何か同時並行的な感もある。
それは最近の報道というよりは以前からの情報提供にも偏りがあったのだが、それが偏りだと指摘されないような、それこそ提供される情報の多くに偏りがあったからであり、そのことがオンライン情報の提供の頻度や精度の高さによって明らかになってきたからだと考える。
その典型の一つがCO2をめぐるいくつかの議論である。不注意だったのかもしれないが、以下に示す二酸化炭素議論では欠かすことができないはずのデータが、オールドメディアから日本の主権者に提供されたことがまったくないと思うのだが、いかがだろうか。
世界の二酸化炭素の排出量314億トン/各国の排出量と世界シェア 2020年
中国 100億トン/32・1%
アメリカ 42・5億トン/13・6%
インド 20・8億トン/6・6%
ロシア 15・5億トン/4・9%
日本 9・9億トン/3・2%
この二酸化炭素を中国の10%も排出していない国が、世界でも日本だけという風化岩と軟弱地盤だらけの山地や平地を削りまくって、太陽光パネル設置率でいうと国土面積当たり世界一という膨大な面積を埋め尽くして、国立公園の景観と意義も台無しにしているのである。
日本以外の世界の国土は、風化岩ばかりで出来ているなどという国は存在しないし、ヨーロッパなどは、氷河期の終焉に伴って大氷河が融解していく過程で、風化土砂をすべて海に押し流して現れたフレッシュな岩盤上に存在している。
さらに問題なのは、自然や歴史的な景観を大々的に破壊もしていることや、和歌山など台風の通り道にある大豪雨危険地域であるにもかかわらず、山林を伐採してパネルを敷いているという愚かさなのだ。熊本県の阿蘇地域一帯は、太陽光パネルに埋め尽くされ、惨状というべき景観をさらしているが、新聞テレビではその様子を報道したことは(知る限り)一度もない。本当にそれでメディアの役目を果たせていると考えているのか。
おまけにパネルの多くは中国からの輸入品であることや、パネル設置促進のためにその台座を建築基準法の規制外としており、災害脆弱性が高い構造となっていることも問題だ。
この山林地破壊の上に、今度は森林振興のために「森林環境税」を負担しろというのだからどこまでも国民を馬鹿にした話なのだが、オールドメディアからはこの矛盾も以上の実態も主権者に届ける努力の痕跡を見ることがない。
最近、NHKの会長がオールドメディアという表現に不快感を示したとの情報が流れていたが、嘆く方向が違うのではないか。高市内閣閣僚のひな壇写真をNHKがダッチアングルで流したことを会長はどう説明するのだろう。放映直後にNHKはこの手法はよく用いられるものだと説明したが、追い詰められた犯人像をダッチアングルで流し、その苦しい心情を視聴者にそれとなく伝える方法として用いるなら理解もできるが、なぜ閣僚ひな壇が傾いていなければならないのか。これに視聴者が不信を抱いて受信料不払いが増えているのだ。
NHKはまともな説明をしていないし、それはできないのだと考える。それは説明できない隠された意図があるからで、国営放送としてその意図を明らかにすることはできないからなのだ。ここにNHK最大の、かつ真の暗部が存在している。意図を隠して報道し、世論を一定方向に導いていこうとする意図を持つものをオールドメディアというのだ。
国民は多くの情報が公平に流れるさまを感得して、自らの判断を養っていく。そこには公平である多くの情報が欠かせない。アングルを付けた情報は、多くの、かつ多方面からの情報源を持つようになった視聴者(国民)には、もう見透かされているのだ。
時事通信のカメラマンが「内閣の支持率を下げてやる。下げることしか書かないぞ」といい、そこで他社のだれもが注意をしなかったこと、時事通信は謝罪はしたが、話者を処分しなかったことを、もう多くの国民が知ることができる時代が来てしまっているのだ。メディアの側がその時代の到来を知らないふりをしているから、人々から距離を置かれ始めているということなのだ。だから、オールドメディアと揶揄されているのだ。
オールドメディアもNHKの会長も、もう情報の独占者でないことを自覚しなければならない。流す情報そのものが、受け手側から相対的な一つの情報としかとらえられていないことを学ぶ必要があるのだが、それについていけていないのではないか。
話は原子力発電所の発電再開に変わるが、東京電力や北海道電力の原発再稼働の動きが明確となって、安価で安定した電力が管内の世帯や企業に届けられるようになったのは、大変喜ばしい。この遅れは、原発が危険だと思っている人々に「中国の原発は、東シナ海・南シナ海の沿岸に沿うように高密度に林立しており、その放射能漏れは北京にではなく、強烈な偏西風に乗って黄砂のように日本にやってくる」ことを知らせてこなかったことが効いている。
(月刊『時評』2026年1月号掲載)