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大石久和【多言数窮】

日本人の忘れもの・セキュリティー概念

おおいし・ひさかず/昭和20年4月2日生まれ、兵庫県出身。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。45年建設省入省。平成11年道路局長、14年国土交通省技監、16年国土技術研究センター理事長、25年同センター・国土政策研究所長、令和元年7月より国土学総合研究所長。
おおいし・ひさかず/昭和20年4月2日生まれ、兵庫県出身。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。45年建設省入省。平成11年道路局長、14年国土交通省技監、16年国土技術研究センター理事長、25年同センター・国土政策研究所長、令和元年7月より国土学総合研究所長。

多言なれば数々(しばしば)窮す(老子)

――人は、あまりしゃべり過ぎると、いろいろの行きづまりを生じて、困ったことになる。

 日本人は世界の中でも唯一といえるほど、多くの国々や他国の人々と異なる経験をしてきているという命題は、このコラムを貫くテーマとなっている。繰り返しの紹介になるが、G7の中で見ても、OECD各国との比較でみても「これほどにインフラ整備を軽視する国はない」ことでも明らかなように、フロー経済で見る公共事業という見方ではなく、ストックとして考えるインフラ整備との視点こそが社会資本のまっとうな見方なのに、それができないことからも明らかである。今回は、それはセキュリティー概念が獲得できていないからだと説く。

 比較のために、アメリカのインフラ投資についての説明を見てみると、その違いに愕然とするほどである。現在のトランプ政権でも、民主・共和両党が共同提案して成立した大規模なインフラ投資計画が進行中で、トランプ大統領は、「それ(インフラ)はアメリカ経済に必要であり、アメリカ国民はそれを享受する権利がある」と述べている。

 そして、バイデン大統領時代に1・2兆ドル(当時のレートで約130兆円)の「インフラ投資雇用法」を成立させて「中国との競争に勝つための道筋をつける」といい、それが「何百万人ものアメリカ人に良い雇用を創出する」とも一般教書演説で説明しているのである。

 ここには、ストックとして国民の財産となった高速道路や空港や港湾、水路などが、これを利用することによって業務の効率化や時間短縮、さらには社会の安全化を生んで、アメリカをより効率的に、より安全に回していけるように投資を行い、それが「短い労働時間で高給を得る雇用を生む(=よい雇用)」という狙いを述べている。

 端的に言ってしまうと、この見方がほとんどの日本人には無理なのである。どうにもストックとしてのインフラが理解できないのだ。なるほど、国土強靱化はストック表現のようではあるのだが、目指すべきは国民生活や企業・産業活動の強靱化でなければならない。「日本国」ではなく「国土」で止めている限り、その印象は堤防の強化にイメージされるような「個々のインフラの防災性の拡大」などという概念の範囲を超えないのだ。

 例えば、能登半島地震では幹線道路が一本しかないけれども、普段の交通量からみて一本の高規格道路があれば十分だといった地域では、その道路の耐震や豪雨に対する強度・耐性を複数の幹線道がある地域よりも高めておく必要があり、まさにそれが強靱化なのだ。ネットワークで対抗するのか、単独路線で頑張るのかという違いである。

 全国に約2万キロ程度の「信号機のない、カーブも勾配も緩やかな自動車専用の規格の道路」を整備する計画をずいぶん昔にまとめ、今も建設を進めているが、まだまだ部分しかできておらず、つながらないところだらけのミッシングリンクが何千キロも存在している。

 これをつないでミッシングを解消し、合わせて企業支援策などを改善して大都市、特に首都圏・東京から大中企業の地方への部分的又は全面的移転が可能となる効率性を地方にもたらすとどういうことになるのか。決定的な少子化対策になるのではないか。

 高市総理は「日本列島を強く豊かに」をスローガンに掲げている。「日本を」ではない用語を選択していることに意味があると考える。東京など大都市が日本国や日本経済をけん引すればいいということではないのだとの含意がある。

 われわれは、わずか38万平方キロの山岳だらけの国土しか与えられていない民なのだ。その民が近い将来には、巨大規模地震が必ず到来すると予想される小さな地域に集中的に暮らしていることこそ、最大危機だとの認識が必要だ。これこそが「強靱化すべき国土利用の在り方」なのだ。国土の強靱化とは、まさにこの一点にあるというべきだ。個々の構造物の耐震性を高めるなどといった次元で閉じた理解をすべきではないのである。

 これは、繰り返し述べているように、われわれ日本人がセキュリティー概念をさっぱり獲得できていないことの反映である。自然災害を念頭に置いたミッシングリンクなどではわかりにくいかもしれないが、次の例はどうだろうか。

 中国や北朝鮮の核ミサイル類は、東京など日本の大都市や在日米軍や自衛隊の基地などに照準をあわせて待機しているに違いない。近距離なので極めて短時間でミサイルがわが国に着弾することは明確で、国民の命を守るためのシェルター設置などの準備がなされなければならないのだが、この議論は全くのタブーとなっている。

 安全保障に敏感な永世中立国スイスの様子を見てみると、彼我の違いに愕然とするのだ。スイスは、人口約900万人の小さな国土面積の国で、旧共産圏とも境を接していない国なのに、なんとシェルター設置は36万基にもなっており、すべての建物に、核、生物、化学兵器対応のシェルター設置を義務化して、全国民に対し一人に一つ以上の収容枠が確保されているというのである。アメリカに核攻撃をする国はないだろうが、全人口に対し約82%のカバー率と言われる。スウェーデンも、人口1058万人に対し70%のカバー率で設置されているというし、フィンランドは人口560万人に対して85%カバーとなっているというのだ(ドイツは人口カバー率は3%にとどまっているようだが、実態は不明だ)。

 中国の至近距離にある台湾はどうかと調べると、シェルター設置数は10万6000基、収容能力約8600万人(総人口約2340万人に対し普及率370%)という有様だ。韓国のソウルもかなりの数の地下鉄駅はシェルター化が可能になっているという情報もある。

 日本には核シェルターらしきものは皆無と言える状況なのに、整備のための議論もごく一部にあるだけで、具体化といえばまずどこにもない。これは自然災害からの防災と同じで、国民の生命財産を守るというセキュリティーという観念が、この国には、つまりこの国の政治には「完全に欠けている」ということを意味している。

 繰り返しになるが、わが国は採算性を理由に北海道の鉄道レールをせっせと外しているが(レールを撤去している世界で唯一の国)、ロシアは最近、北海道は自分のものだと言い出しているのに、イザというときの師団単位の兵の移動はどうするのだろう。

(月刊『時評』2026年2月号掲載)