お問い合わせはこちら

大石久和【多言数窮】

多様性と「働かないアリ」

おおいし・ひさかず/昭和20年4月2日生まれ、兵庫県出身。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。45年建設省入省。平成11年道路局長、14年国土交通省技監、16年国土技術研究センター理事長、25年同センター・国土政策研究所長、令和元年7月より国土学総合研究所長。
おおいし・ひさかず/昭和20年4月2日生まれ、兵庫県出身。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。45年建設省入省。平成11年道路局長、14年国土交通省技監、16年国土技術研究センター理事長、25年同センター・国土政策研究所長、令和元年7月より国土学総合研究所長。

多言なれば数々(しばしば)窮す(老子)

――人は、あまりしゃべり過ぎると、いろいろの行きづまりを生じて、困ったことになる。

 かつて筆者が京都大学大学院で特命教授をしていた頃に、「人材活用の多様性がこの国の閉塞を打開する」という論文を月刊誌・中央公論に掲載したことがある。

 いま、この国は経済だけではなく、科学技術の分野でも、どの分野でもと言えるほどに多くの分野で世界に存在感を示せないほどに凋落しているが、かつては世界の奇跡と言われたほど経済も成長し、他の分野も世界からの尊敬やあこがれを抱かれた時代があった。

 明治維新以降も、各種制度を合理的にスピード豊かに整備していき、経済のみならず各種の分野で奇跡的な成長を遂げ、先進諸国の植民地化を逃れただけではなく、残念なことに大国としての横暴さも身につけてしまったのだった。

 戦前の日本や近年の経済成長以降の硬直的な政策ばかりを採用するようになったわが国は、なぜそれが生まれたのかを考え、高市総理時代を迎えて「挑戦し未来が輝く国」を取り戻すために、あらためて振り返る必要があるのではないかと思うのである。近年の日本が「財政再建至上主義」という単一の、しかも誤りの価値観にのめりこんで、多様な価値を政策的に求めてこなかったことが、その敗因なのだが、こうした失敗をわれわれは過去に何度も経験してきたのだ。

 大戦前の最大の失敗は軍部の暴走を止めることができなかったことなのだが、その原因は軍部エリートが政策中枢を独占したことで、そのエリートたちの視野が「素人は黙っておれ」とでもいうように極めて狭かったのに、それに対抗できる人材の投入が出来なかったばかりでなく、この暴走をメディアなど多くが煽ったことが大きい。

 いま、オールドメディアといわれる新聞・テレビは、その報道の正確性・公平性・恣意性が極めて強く疑われる時代となったが、このような状況が生まれたのは、いろいろ批判もあるにせよ個人同士がSNSなどのネットでつながり、情報の獲得やその批判を繰り返していることが大きい。

 しかし、もちろん、このようなことが戦前にあったはずもなく、全紙が軍部の暴走を煽り、それが何ということか、強い閉塞感に閉じ込められた人々の心に響き、部数の獲得につながっていったことが、その傾向を助長してしまったのだった。

 ここで本題だが、なぜ軍部エリートは狭い価値観に閉じこもってしまったのか。それは「軍人の最高幹部への道が硬直化した」ことにあると考える。早くも日露戦争を指揮する頃には、陸軍のエリートコースは、陸軍幼年学校から陸軍士官学校への進学となり、さらにトップエリートは陸軍大学校に進むこととなっていた。

 日清戦争の頃は、まだ旧幕府藩士などの武士の生き残りのような人たちにも活躍の場があったのだが、時が経つにつれ軍幹部が純化されて行き、陸軍でいえば士官学校や大学校の卒業成績高位者が尊敬もされて、幅を利かすようになっていった。

 瀬島龍三氏は戦後商社でも活躍した軍人だったが、彼について回っていたのが「陸軍大学校設立以来の秀才だった」という伝説だった。長い歴史を持つ陸大の最後期の卒業者だったのだが、この伝説に包まれて出世の道を歩んだし、戦後もそれで活躍の道を得た。

 しかし、陸大での上位成績者が実務でも正しい判断を下していけるかどうかは、何も実証されていないことなのだ。彼らは、日本人の命を守り日本の存続を確実にすることと、自分たちの権限を守り出世街道を驀進することを天秤にかけてはいなかっただろうか。

 Diversityという言葉があり、それは「多様性」と訳されるのだが、この重要性をわれわれは忘れがちなのではないか、というより端から尊重する気もないのではないか。物事は多様な価値観から判断される必要があるというよりも、価値観が異なる凡才が何人も集まって判断しても、秀才や天才の判断にかなうわけがないと思い込んでいる傾向がある。

 まして先の見えない現代では「えー、そんな見方もあったの」という驚きの発見こそが重要なのではないか。というのも、今は陸軍大学校の時代ではないというのに、多様性の価値を否定する輩は、現在でも決して少なくないからである。

 あまり紹介したくもないことだが、筆者が建設省の現役時代に、ある事務官が「技術職が事務次官になるような省に勤務していることが恥ずかしい」とトンデモナイことを言ったことがある。完全な時代遅れの「事務官主義・(東大)法科万能主義」の発言で、いまどきこれほどに時代から遅れた人間がいるのかとひっくり返るような驚きだった。

 戦前には官吏登用に高等文官試験というものがあり、これに合格した者だけが各省のエリートとして出世街道を歩んでいった。文官というのであるから、当然、技術職の者には受験資格もなく本省の課長にもなれなかったのだった。技術的、科学的、数学的判断は官庁には無用と言わんばかりで、旧内務省の河川課長も道路課長も事務官が独占していたのだ。戦後は、その反省から建設省発足当時から河川や道路の局長には技術系の職員があてられるようになったし、次官への道も開かれたのだった。

 もうさすがになくなったと思うのだが、筆者の現役時代には大蔵省に「三冠王」という言葉があった。それは「東大法学部卒業成績1番」「司法官試験1番」「法律系国家公務員試験1番」というもので、トンデモ級の秀才しか達成できない成績だが、この三冠王が大蔵省には何人も入省していたというのだ。

 入省後も、「彼は三冠王だったらしい」などと恐れられるほどの存在だったというのだが、これも多様性の観点からは疑問が多い表現だ。ここには、経済職の天才も参加資格を持てないし、京都大学や慶応大学などの卒業生も門前払いだ。つまり、極めて限定的で閉鎖的な枠組みのなかだけの世界での優劣表現なのだが、これが伝説的に語られるという体質こそが問題だと考える。今日の財政問題の行き詰まりの根本がここにある。

 近年の研究では、長谷川英祐氏の著書 『働かないアリに意義がある 』(メディアファクトリー新書)の要旨によると「ほとんどの生物は、多様性の確保によって環境の変化による全滅を回避してきたことが明らかになった」と言われているのだが。

(月刊『時評』2026年4月号掲載)