お問い合わせはこちら

【時事評論】中国という隣の大国

その「重力」にどう向き合うべきか

pixabay
pixabay

 私たちと海を隔てた隣に、中国という大国がある。

 この地理的宿命は、日本列島と呼ばれる島々に生きてきた私たちの祖先が、クニ造りをしていた昔から長らく向き合ってきたものだ。

 「楽浪海中に倭人有り。分れて百余国と為る。歳時を以て来り献見す」と『漢書地理志』は記し(紀元前一世紀頃)、「倭の奴国、貢を奉じて朝賀す。使人自ら大夫と称す。倭国の極南界なり。光武、賜ふに印綬を以ってす」と『後漢書東夷伝』は記した(57年)。

 さらに『魏志倭人伝』は「倭人は帯方の東南大海の中に在り、山島に依りて国邑を為す。旧百余国。漢の時朝見する者あり。今、使訳通ずる所三十国。……邪馬壹国に至る、女王の都する所なり」と有名な邪馬台国と卑弥呼について記している(239年)。

 そうした古代から現代に至るまで、中国は大きな「重力」を持って私たちの隣に存在してきた。

 中国の領域、歴史、文化、人口、技術、経済、軍事、等々の多方面にわたる巨大さは、国際関係における優位性をもたらし、長きにわたって中華思想に基づいて周辺国に対し朝貢関係を取り結ぶという形で向き合ってきた。

 そうした中国の優位性が崩れたのは、主権国家から構成される近代国家システムと邂逅した後のわずかな一時期のことであると、長い歴史を振り返れば言えるだろう。

 そして、いまや中国は、世界のスーパーパワーとなり、米国とともに「G2」として圧倒的比重を世界で占めるに至った。

 他方で、日本を含めた先進国はミドルパワー化し、新興国はそうしたミドルパワーとなった先進国に追いつくほど発展してきた。

 かつて鄧小平は「韜光養晦(能力を隠して力を蓄える)」を唱えて経済成長を推進したが、いまや中国はその力を隠すこともなく、「中華民族の偉大な復興」「中国夢」(2012年)を掲げて大戦略を一貫して展開し、国際社会における戦略的主導権を握りつつある。

 特に、その経済力を基礎とした「経済の武器化」は顕著であり、日本もそうした中国の戦略的振る舞いに振り回されていると言っていいだろう。

 他方で、西のスーパーパワーである米国は、昨年11月に公表した「国家安全保障戦略」において中国を「脅威」と名指しせず、アメリカ・ファーストの観点から実利的に中国に向き合おうとしている。

 そこで求められているのは、中国との戦いではなく、むしろ戦略的安定性だ。

 わが国では、米中対立をことさらに強調する論調も少なくないが、米国から見れば中国はほぼ同等の立場にある相手であり、「金持ち喧嘩せず」ではないが、米国と中国が本気でいがみ合い、対立する構図を前提とすることは危ういのではないか。

 もちろん、本稿執筆時において、3月中に予定されている高市総理大臣訪米と、その後の3月末から4月初めに予定されているトランプ米国大統領の訪中とがいかなる仕儀となるかはわからないが、米中両国が本気で殴り合うような姿は想像しにくい。

 実際、近時の両国の振る舞いを見れば、なるほどさまざまなジャブの打ち合いはあっても、最終的にはG2の関係性を双方ともがマネージして安定を確保しようとしているように思われる。

 だとすれば、日本としても、唯一の同盟国である米国との関係を基軸として重視するにしても、地理的に隣にある巨大な「重力」を無視するわけにはいかないのは当然であり、いかに中国という巨大な「重力」と向き合うかを今一度徹底的に考えるべきであろう。

 経済学には、経済規模(GDPや人口)と輸出国と輸入国の間の距離に基づいて相互の貿易額を予測する「重力モデル」というものがある。

 この考え方から見れば、政治的な歪曲作用がなければ、相当のGDPを抱える日本と中国が地理的にお隣同士となれば、両国間で貿易が活発に行われることは自然なことであり、そうした貿易は双方に利益をもたらすはずである。

 私たちには、逃れられない地理的宿命として、巨大な「重力」を持った隣国と向き合ってきた古代以来の長い歴史がある。

 時には成功し、時には失敗し、多くの経験を重ねてきたはずであり、そうした経験から得られる知恵を私たちは持っていて然るべきだ。

 そうした知恵を真摯に検証して、世界情勢が大きく変化し、米国と中国が圧倒的な比重を占める一方で、日本を含めた先進国がミドルパワー化していく中、いかに巨大な「重力」となっている中国と向き合うべきかを再検討すべきときである。

 そうした巨視的な構想力こそ、いま、政治に期待されるべきものであろう。
                                                (月刊『時評』2026年4月号掲載)