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【時事評論】減税ポピュリズム?

日本版トラス・ショックを回避せよ

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 真冬の超短期決戦と言われた第51回衆議院選挙が終わった。

 高市総理大臣が、新たな連立政権となった中で自らへの信任を問うと主張して衆議院を解散して行われた選挙は、さまざまなドラマを生み出した。

 立憲民主党は、長らく続いた自民党との連立を解消した公明党とともに中道改革連合という新たな政党を立ち上げて、中道勢力の結集を目指したが大敗し、野田共同代表が「万死に値する」と述べて斉藤共同代表ともども辞任するに至った。

 立憲民主党と同様に労働組合を支持基盤としながらもこうした動きに冷淡であった国民民主党は1議席増の28議席にとどまって伸び悩み、野党共闘のはしごを外された形となった共産党も8議席から4議席へと半減する結果となった。れいわ新選組は8議席から1議席へ、保守党と社民とは議席獲得に至らなかった。

 野党で勢力を拡大したといえるのは、参政党(2議席から15議席)と初めて衆議院選挙に臨んだチームみらい(11議席を獲得)だ。

 他方、与党側では、自民党が単独で316議席、日本維新の会が36議席を獲得して、まさに歴史的大勝利をおさめた。

 自民党が単独で3分の2の議席を占めた政治的意味合いは大きいが、その解説は他に譲るとして、ここでは選挙戦の論点であった消費税の問題を取り上げたい。

 今回の選挙において、ほとんどの政党が消費税の廃止や減税を公約としたことには懸念を感じざるを得ない。

 そもそも消費税の廃止や減税は物価高対策として不適切だ。

 確かに、一時的にせよ、8パーセントないしは10パーセントの税金が徴収されないことで「助かります」と感じる消費者もいるであろう。

 それだからこそ、選挙における公約として多くの政党が消費税の廃止や減税を掲げたことも想像に難くない。

 しかし、消費者の可処分所得の拡大はインフレ要因であるし、さらに国家財政の悪化はさらなる円安を通じて円ベースでの輸入物価を押し上げてしまう。

 結局のところ、減税はインフレを推し進める方向で作用してしまい、物価高対策としては逆効果となる恐れが強い。

 物価高対策として消費税の廃止や減税を主張することは、国民に対して、こうした「不都合な理路」を包み隠したものではなかったか。

 こうした懸念を意識してか「責任ある積極財政」を掲げる自民党は赤字国債の発行に頼らない2年間限定での食料品非課税を打ち出していたが、それでも想定される年間5兆円ほどの税収減は相当のインパクトがある。

 一部で聞かれた「取り過ぎた税金」の還元という議論は、赤字国債に頼る国家財政の現実を糊塗するまやかしでしかない。

 ましてや、他の政党の公約においては、消費税を廃止せよ、それによる年間25兆円規模での税収減は国債発行で賄えという主張まであり、国家財政の健全性に対する不見識を指摘せざるを得ない。

 多くの経済学者やエコノミストが、選挙における減税競争を「減税ポピュリズム」と見て、そのリスクを指摘することは、当然である。

 すでに、マーケットは大幅な円安傾向と長期金利の急速な上昇という形で警鐘を鳴らしてきた。株式市場もどこで下落に転じるかわからない。

 こうした現状は、2022年の英国「トラス・ショック」を想起させる。

 22年9月に英国のトラス首相は財源なき減税策を打ち出し、直ちに株安・国債安(金利上昇)・英ポンド安を招いた。

 その結果として、トラス首相は就任後わずか49日で退陣に追い込まれた。

 わが国においては、少子高齢化の進展、安全保障環境の悪化、膨大なインフラの老朽化、地震や大雨などの自然災害の多発などなど、国家財政に対する需要は拡大している。

 こうした状況にあって、減税によって国家財政を悪化させることは大きなリスクではないか。

 今般の衆議院選挙において「減税ポピュリズム」の拡大が指摘され、さらには日本版トラス・ショックを懸念する声が聞かれるのは、けっして故なしとしない。

 経済原理は、ある意味で単純だが、それ故に強力だ。

 政治の力で経済を都合よくマネージできると信じることはできないし、あえてその道を選べば、それは既に歴史が失敗と証明した共産主義だ。

 すでに膨大な債務残高を抱えるわが国において、「減税ポピュリズム」の危険性はいくら強調してもしきれない。

 歴史を振り返れば、国家財政の破綻が国民に塗炭の苦しみを与えた例は数多い。

 そうした黒い歴史の列に現代の日本が加わらないようにすることこそ、政治の責任である。「責任ある積極財政」を掲げて勝利した高市政権には、その「責任」という部分をしっかりと受け止めてマーケットと向き合ってもらいたい。

 日本版トラス・ショックは、政治の安定を最も損なうシナリオである。
                                                (月刊『時評』2026年3月号掲載)