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【時事評論】コロナ禍で見えてきたもの

pixabay
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日本の「貧困」という構造的な脆弱性

 ペスト、結核、天然痘、スペイン風邪など、人類の歴史に記録される感染症との戦いは数多いが、新型コロナウイルス感染症との戦いも、そうした人類の歴史の一つとして記録されることになろう。

 この歴史的戦いも、ワクチン接種が始まり、やっと「出口」が見えてきた。当然ながら、そのこと自体は慶賀すべきことだ。

 しかし、コロナ禍が浮き彫りにした多くの問題は、たとえワクチンでコロナ禍を克服しても自然に解消するわけではない。

 わが国に限っても、保健所システムの劣化、医療体制の緊急時の脆弱性、バラマキに走る政治とそれに頼ろうとする衆愚、空騒ぎの多いマスコミ、リスク回避を掲げて学生の犠牲の下でオンライン授業を続ける大学、ワクチンを自国で迅速に開発できない研究開発力の低下、等々の問題点が指摘されてきた。

 これらの指摘は、いずれも正鵠を射たものであり、それぞれ反省と対応が必要であろうし、現実の動きもある。

 そうした中で、問題として浮き彫りになってはきたが、対応が容易ではない大きな問題がある。

 日本社会の構造的な歪みによってもたらされ、社会の脆弱性の要因となっている「貧困」の問題だ。

 「等価可処分所得」(世帯の可処分所得を世帯人員の平方根で割って調整した所得)の「貧困線」(中央値の半分)に満たない世帯員の割合を「相対的貧困率」というが、7月に公表した「二〇一九年国民生活基礎調査」によると、日本の「相対的貧困率」は15・4パーセントとなっており、国際的に見ても高い水準だ。

 コロナ禍以前は、日本社会におけるこのような「貧困」は十分に可視化されておらず、身近に実感する機会も少なかった。

 さまざまな「格差」は、タワマンブームやユーチューバーの高額所得と派手な生活ぶりなどを通じて感得されることはあっても、それは「格差」の中で「上」に向けられた視線でしかなかった。

 ところが、今般のコロナ禍は、脆弱な生活基盤しか持っていなかった人々を痛撃することで、現代日本における「貧困」問題を明確に見えるようにした。

 テレワークが推奨される一方で、その日に食べるものを求めて食糧配給の列に並ぶ人々。家庭の経済的理由で高校や大学を中退する若者たち。

 そうした事象がニュースとなることで、現代日本に深刻な「貧困」問題があることが可視化されるようになったのである。

 それ故に、給付金等の政策的な対応も見られるようになったが、それは言わば「その場しのぎ」の対症療法だ。

 もちろん、そうした対症療法も必要であろうが、メスを入れるべきは、日本社会の構造的な歪みである。

 かつて「一億総中流」と称された日本社会が、深刻な「貧困」問題を抱えるようになってしまった背景には、いわゆる非正規雇用の拡大がある。

 厚生労働省「賃金構造基本調査」で正規雇用と非正規雇用の賃金格差を見ると、正規雇用を一とした場合、非正規雇用の賃金水準は約0・66倍(2018年)である。非正規雇用では、こうした賃金格差に身分保障の不安定さなどの要因が加わる。

 このような状況にある非正規雇用が、雇用全体に占める割合は年々拡大を続けており、足もとでは約4割となっている(総務省「労働力調査」)。

 不安定で低い賃金水準にある非正規雇用の拡大は、企業活動から見れば「安価で柔軟な労働力」の拡大であって有益であったかもしれない。

 しかし、他方で、社会の中間を構成する「中間層」がやせ細ることで、日本市場の購買力を低下させ、さらには社会の不安定までもたらしてしまう。

 実際、日本の実質中位所得は1992年以降、国際的に見ても急速な下落傾向が続いており、日本の「中間層」没落が言われて久しい。その行き着く先として「貧困」が拡大している。

 コロナ禍が「貧困」をもたらしたのではなく、「貧困」という脆弱性を抱えた日本社会をコロナ禍が直撃した結果を私たちは目撃しているのだ。

 もちろん、ある程度の「格差」の存在自体は、むしろ公平であり社会の活力の源泉ともなろう。しかし、米国プリンストン大学哲学名誉教授のフランクファート氏が指摘するように、「格差」と「貧困」とは異なる次元の問題だ。

 経済社会政策としても、道徳的問題としても、構造的に「貧困」を生み出す社会を是としてはならない。

 その観点から、今、求められるのは、所得再分配政策ではなく、当初所得における「貧困」を減少させ、1990年代からやせ細ってきた中間層を復活させるような社会の構造改革だ。

 そのためには、まず、非正規雇用をめぐる諸課題の解決を優先的に進めることが実効的だろう。

 ただし、このところの政策を見ると性急に「非正規雇用を正規雇用と同等に扱う」ことを求めているように見えるが、それでは雇用自体が縮小するおそれがある。

 「貧困」を構造的に生まないことを前提条件として、信頼できる明確な非正規雇用に関するルールを早急に設定するべきだ。
                                                (月刊『時評』2021年4月号掲載)