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大石久和【多言数窮】

インフラ荒廃時代の始まり

おおいし・ひさかず/昭和20年4月2日生まれ、兵庫県出身。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。45年建設省入省。平成11年道路局長、14年国土交通省技監、16年国土技術研究センター理事長、25年同センター・国土政策研究所長、令和元年7月より国土学総合研究所長。
おおいし・ひさかず/昭和20年4月2日生まれ、兵庫県出身。京都大学大学院工学研究科修士課程修了。45年建設省入省。平成11年道路局長、14年国土交通省技監、16年国土技術研究センター理事長、25年同センター・国土政策研究所長、令和元年7月より国土学総合研究所長。

多言なれば数々(しばしば)窮す(老子)

――人は、あまりしゃべり過ぎると、いろいろの行きづまりを生じて、困ったことになる。

 前号では「経済学者という存在」と題して、国民の貧困化が著しく進行しているのに、何ら有効な政策提言ができず、情けないことに、海外からこの状況に対して「世界に例を見ない政策ミス」と侮られていることを紹介した。

 しかし、これは政治家の責任であることは明白で、政治が国民生活への感度を喪失しているからなのだ。そのことは、小選挙区制度を導入して党本部に絶対的な権力を与え、いくら小選挙区民の支持が高くても党本部は簡単に候補者の入れ替えができるようになったことが極めて大きく効いていると考える。つまり議員は選挙区民の声を聞く必要がなくなったのだ。

 小泉純一郎氏は、2005年の解散選挙において、郵政民営化に反対していた小林興起氏に代えて、かねて東京進出をもくろんでいた比例近畿ブロック選出の小池百合子氏を東京10区の候補者とした。小池氏は小泉ブームに乗って大差で小林氏に勝利した。

 しかし、これで東京10区の民主制は破壊されたと考えている。小林氏は1996年から10年間も東京10区から当選しており、直前の2003年選挙でも東京10区の人々に当選させてもらっていたのだ。選挙区に縁もゆかりもない人がブームに乗って、従来から選挙区住民と対話を重ねてきた候補者を排除してしまったのだ。この時、他の選挙区でも同様のことが起こった。

 しかし、これは選挙制度の破壊だったと言わなければならない。ブームに乗った選挙民もだらしないのだが、地域と関係のない人が現れて流れに乗るだけで当選してしまったのだ。これ以降、候補者は選挙区民の苦しみや困りごとに関心を払うのではなく、「次回も党本部がこの選挙区を自分に与えてくれるか」ということだけに意識を集中すればいいようになった。

 何もしない経済学者よりも罪深いのは政治家だったのだ。国民の貧困化が進行しようが、日本の経済が成長せず世界での経済的地位が急速に低下しようが、経済競争力が韓国のはるか後塵を拝しようが、世界から「国民の貧困化は、世界に例を見ない完全な政策ミスによるものだ」といわれようが、すべて「我関せず」で、何の動きも政策提言もしていない。

 何もしなくても、政治的功績を残せなくても、次回の選挙で党本部が選んでくれれば、当選できるのだと与党の政治家は考えてきた。上記に示したこの構図をひっくり返し、国民生活に最大の関心を寄せる政治家を選出することができるかが、この国に強く求められている。

 おまけに日本の政治家は、世界のどの政治家よりも国民のために働かなければならないほどの俸給を国民から得ているのだが、多くの国民の知るところとはなっていない。換算レートに留意する必要があるが、次のような報告がある。 

国会議員の年収(円換算概数・換算レート不明/カッコ内はサラリーマン平均年収の倍数)
 日本 3010万円(約7倍)
 アメリカ 1910万円(約1・5倍)
 韓国  800万円(約1・4倍)
 ドイツ 1500万円(約2倍)
 フランス 1000万円(約2倍)

 これは政府や国連の資料からではないので注意が必要だが、傾向は踏まえていると考えている(アメリカでは法案作成のために議員が雇用する人材には別途多くの資金的支援がある)。国民の貧困化がG7で一番進む日本の国会議員は、世界一の高給取りなのである。

 では、日本で1995年に導入された政党助成金はどうなっているのだろう。

世界の政党助成金(年間)・(換算レートに留意)
 日本 約320億円
 アメリカ なし
 イタリア 国民投票で廃止
 フランス 約98億円
 ドイツ  約174億円(政党が自ら集めた収入額に応じる) 

 日本の政党助成金は、世界の主要国に比して極端ともいえるほどの高額である。これを見ると、これに加えてパーティー券の売上配分をめぐる議論が政治の世界で騒動になっていることなど、漫画のように見えると言えば漫画に対して失礼な気がするほどだ。

 この世界一高給の政治家と貧困化してきた国民(先月の国民の貧困化を参照)との対比は、日本の政治家がやるべきことを何もしてこなかったことを示している。

 日本政治が怠慢だった象徴的な事例の一つが、埼玉県八潮市の大陥没事故だったと考える。道路の空洞探査や、下水管・水道管の点検管理が不十分だったことは明白で、このための人員や費用の削減を続けてきたことの証明なのだ。

 日本は戦争もしていないうえに(1980年代の「荒廃するアメリカ」にはベトナム戦争が背景にあった)、経済成長期に施設が急増したのに、点検管理と維持修繕の費用を伸ばすどころか、以前に何度も示したように、恐ろしいほど削減してきたG7では唯一の国なのである。

インフラの整備・維持管理費用(=公的固定資本形成費)の2022年の1996年(100)比
 アメリカ 244 ドイツ 216
 フランス 207 イギリス 516
 日本 60(他国は倍増以上だが、なんと日本だけがほぼ半減)

 これでは高齢化するインフラを良好に維持して次世代に引き渡せるわけがない。維持修繕点検に多額の費用を要する材齢50歳を超える時代を、まもなく多くのインフラが迎える。

2040年に建設後50年以上経過する社会資本(国土交通省)
 橋梁     約75%
 トンネル   約52%
 河川管理施設 約65%
 水道管路   約41%  
 下水道管渠  約34%
 港湾施設   約68%

 今回の八潮市の大陥没事故は「荒廃する日本」の始まりを告げるシグナルだ。だから政治は第二、第三の大陥没事故の前に、国と都道府県に有機的な体制と十分な予算を確保させ、全国の施設の早急な点検と補修に計画的に取り組まなければならないのだ。

(月刊『時評』2025年5月号掲載)