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【時事評論】“言葉の軽さ”を政策執行に影響させてはならない

(写真:Biljana JovanovicによるPixabayからの画像)
(写真:Biljana JovanovicによるPixabayからの画像)

 内閣改造後ほどないうちに閣僚が相次いで辞任し、政権運営が不安定化した状況下において、かねてより賛否があった2020年度の大学入試における英語の民間試験導入問題が、想定外の展開を見せた。同制度に対しては民間試験が導入されることにより、家庭の経済事情が豊かでない受験生にとって、さらに費用負担が重くなる状況を招き、機会の公平性が失われ教育格差が増大するという批判があった。

 これに対して10月24日、萩生田光一文科大臣が民放の報道番組で、「自分の身の丈に合わせてがんばってもらえれば」という趣旨の発言をしたところ、あたかも格差を容認したかのような報道が一斉に広まり野党も追及、4日後に大臣は発言を陳謝し、撤回する顛末となった。が、騒動は収まらず、11月1日に萩生田大臣は開始が直前に迫った民間試験制度そのものの導入を延期すると発表した。見直しを行い、2024年度に新制度を導入する方針だという。若者にとって将来を左右しかねない受験制度が、土壇場で変更された形だ。いや、延期によって制度そのものは従来通りなのだが、導入を前提で進めてきた受験生や教育現場からは混乱の声が漏れた。

 どのような制度であれ、賛否があるのは当然のことで、批判を受けるたびに制度や規則を覆していては、社会は成り立たなくなる。今回の民間試験導入は、従来型の〝実用的でない〟英語教育脱却を目指して、7種類の民間試験を活用し、「読む、聞く、話す、書く」という総合的な4技能を図ることが眼目であり、その多角的な技能を身に付けるのは公的教育では限界があるからという発想だった。教育現場に実践的な英語教育を、合格しただけで終わらないための英語試験を、という指摘は、家庭からも寄せられていた。その一つの解として今回の案が打ち出されたわけだが、やみくもに批判するのではなく、導入後に問題点を修正しながら本来の趣旨を貫徹していくという方法論もあったのではないか。

 しかし問題の本質は、民間試験導入の是非ではない。ここまでの制度設計には文科省をはじめ霞が関で多くのリソースを費やしたはずだ。官僚は、一たび政策の方向性が決まれば執行と運用に向けて細部にわたり全力を投入する。むろんこの制度も例外ではなかっただろう。しかし時間と労力をかけて構築した計画が実施直前になって、大臣という行政の長の、あえて言えば失言と半ば連動する形で事実上ゼロに帰してしまった。政治家による、〝言葉の軽さ〟を痛感せざるを得ない。民間試験制度導入問題の経過は一つの端的な例であり、今後も同様のケースが生じないとは限らない。それでは、通常でさえ過重労働が常態化している公務員のモチベーションに影響しないとも言えまい。

 確かに、国民生活を左右する政治・行政の決定には無謬性が求められる一方、あくまで国民の負託を受けた政治が行政を主導する以上、時には政策の問題点を正すことも必要だろう。だが今回は一連の流れを見る限り、厳正な内部検証に基づく判断だとは思えない。政治家は己の襟と舌を正し、徒労と混乱を招かぬような心構えが求められる。

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 11月4日、米トランプ大統領は、地球温暖化対策の国際的枠組みである「パリ協定」からの離脱を発表した。正式な離脱は2020年11月4日となるが、温室効果ガス排出量世界第2位という〝排出大国〟の離脱は、パリ協定の実効性そのものを揺るがしかねない。これについて小泉進次郎環境大臣は会見で「非常に残念」とした上で、「アメリカの方針に関わらず、温暖化の対策を進めていく」旨を強調した。

 この方針は正しい。日本は現在、2030年度において2013年度比で温室効果ガスを26%減、2050年段階で同80%削減という、非常に高い目標を掲げている。そして実現に向けたイノベーション創出、エネルギー効率の向上、循環型の社会生活浸透を図ってきた。米国の姿勢はどうあれ、日本は独自の温暖化対策を従来通り貫徹するべきだ。トランプ政権は疑義を投げかけているが、世界的な温暖化傾向は異常気象の頻発と密接な関わりがあると国際社会は認識している。近年、酷暑や豪雨など自然災害の猛威に晒されている日本にとって温暖化対策は何よりも〝自分ごと〟だ。国民の生命・安全・財産を守るためにも温暖化防止に向け、ぶれない姿勢が求められる。

 そもそも日本は高度経済成長期に陸海空の公害に悩まされ、後遺症は残れどその多くを克服してきた。今、かつての日本同様の都市課題で悩む新興国は少なくない。こうした国々に対する日本からの国際支援の形は、経済開発だけでなく環境対応も含めたまちづくり、技術支援、人材育成などにも幅が広がっている。支援を受ける国々からの信頼を維持し、長期的には日本のプラスに作用させるためにも、国際社会に掲げた目標は達成せねばならない。

 近年急速にクローズアップされてきた海洋プラスチックごみについても、政府は6月のG20環境サミットで対策アクションプランを各国に紹介し関心を集めた。海洋大国であるわが国がこの分野でリーダーシップを発揮する意義は大きい。むろん、国民一人当たりのプラスチック包装容器の排気量が、米国に次いで多い(2018UNEP報告書)という現実があり、早急な対処は世界に対する責務でもある。来年になれば、また新たな環境問題が国際社会で浮上するかもしれないが、官民ともに真摯に向き合う姿勢が必要だ。

(月刊『時評』2019年12月号)