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【時事評論】関東大震災の教訓

善意の「救済」と大きな代償

 大正12年(1923年)9月1日午前11時58分。

 相模湾西部を震源とするマグニチュード7・9の地震が発生し、死者・行方不明者10万5千余人という大惨事となった。

 関東大震災である。

 この震災を教訓として、一人ひとりの防災対策の重要性を広く国民に理解してもらうため、9月1日は「防災の日」とされ、防災訓練などが行われている。

 もちろん、防災意識を高め、いざというときに備えることは極めて重要だ。

 この国は、南海トラフなどの巨大地震発生の恐れを抱えるだけではなく、台風や豪雨など、自然災害と向き合わなければならない環境に存立している(まさに本稿執筆中に、熊本を大きな地震が襲った。亡くなられた方々の御冥福をお祈りするとともに、被害にあわれた方々に心よりお見舞いを申し上げる)。

 しかし、関東大震災の教訓は、それだけではない。

 未曾有の天災に直面した当時の政府・日本銀行は、経済面からの破綻を防ぐための「救済」措置として、「震災手形」の損失補償措置を採用した。

 震災によって決済不能に陥った手形を日銀が再割引し、その損失を国費で穴埋めする仕組みは、目前のパニックを鎮静化させる劇薬として確かに機能した。

 しかし、本来は短期間の緊急避難的な措置として発動されるべきこの「救済」は、市場の規律を歪める温床となり、さまざまなモラルハザードを招き、それ故に撤廃に対する政治的抵抗もあって長期化し、スパイラル的に市場の「歪み」を拡大してしまった。

 最大の問題は、震災前にすでに経営破綻していた政商・鈴木商店や、それを過剰融資で支えていた台湾銀行などの不良債権が「震災の被害」に不当にすり替えられ、市場から退出すべきゾンビ企業が、国家が想定した本来の目的ではない「救済」によって生き延びたことだ。そうした矛盾が4年間にわたって拡大していった。

 その矛盾は昭和2年(1927年)の国会審議における片岡蔵相の「東京渡辺銀行がとうとう破綻を致しました」という失言をきっかけに噴出する。

 東京渡辺銀行は実際には破綻していなかったが、この失言を機に全国的な取り付け騒ぎが発生し、銀行休業、そしてモラトリアム(支払猶予令)の発令へと至った。

 この「昭和金融恐慌」は、ある意味で関東大震災そのものよりも深い傷痕を日本国の歴史に残した。

 その後の日本は、軍部の台頭と戦時体制への傾斜という道を進み、昭和20年(1945年)の絶望的な敗戦を迎える。

 関東大震災という危機における国家の一時的な緊急避難措置は、もちろん政治的な「善意」から採用されたといっていいだろうが、それがモラルハザードを生み、それ故に長期化することで市場に「歪み」「矛盾」が蓄積されていった。

 その姿は、バブル崩壊以降、とりわけ2013年から始まった「異次元の金融緩和」と、コロナ禍や物価高といったさまざまな「危機対応」を名目とした財政拡大の継続を行ってきた現代日本の姿と二重写しに見えないだろうか。

 むしろ、さらにいえば、現代における「終わらない救済」は、より長期的かつ構造的に市場機能を歪め、日本産業、日本経済の基礎体力を奪い続けてはいないか。

 国家による善意の救済がもたらした市場の歪みは、決して自然消滅しない。問題を先送りすればするほど、行き着く先の破局の規模は等比級数的に拡大する。

 現在の日本は、当然あるべき「金利のある世界」にやっと回帰したものの、さらなるあるべき金利への引き上げは不透明であり、また財政健全化については疑問符が付いて市場から強い警告が発せられている。

 長らく続いた国家の「救済」的な経済運営の「出口戦略」は、さまざまな抵抗を受けて「慎重に検討」されるばかりで明確に打ち出されないでいる。

 しかし、痛みを恐れて「現状注視」「現状維持」という形ですくんでいれば、待っているのは通貨価値の永続的な下落(インフレによる国民資産の毀損)や、国債市場の信認崩壊といった壊滅的な悪影響ではないか。
 
 そうしたリスク認識を持つべきだということこそが、関東大震災が私たちに残した歴史的教訓である。

 政治が「善意」で始める「救済」は、あくまで一時的な緊急避難措置であるべきであり、そのことを忘れて長期的に「救済」を続けると、その大きな代償は結局のところ国民全体に回る。

 あえて誤解を恐れずに例えるなら、すでに、その代償を円安とインフレを通じて国民は払わされているというのに、それを国家が「救済」するというのは、借金で苦しむ人にさらに金を貸し込むようなものかもしれない。

 そんな悪循環に陥る愚を犯すことがないように、関東大震災後の歴史的教訓を踏まえて、国家百年の計を念頭に、政府・日銀には賢明な判断を求めたい。
                                                (月刊『時評』2026年9月号掲載)