2024/10/04
亡国の兆しを個人の犯罪として見逃すな
今年6月25日、経済産業省の若手キャリア官僚2名が警視庁に逮捕された。
逮捕容疑は、新型コロナ対策の「家賃支援給付金」550万円の詐取である。
新型コロナ対策として設けられた「家賃支援給付金」とは、事業主が5割以上の売上減となった場合、事務所の家賃を最大600万円まで支援する制度であるが、まさに同制度を管轄する経済産業省のキャリア官僚が給付金詐欺を働いたというのである。
一部報道によれば、逮捕された二人が設立したペーパーカンパニーの口座に、新型コロナ対策の「持続化給付金」200万円も振り込まれていたとされ、詐取の対象は「家賃支援給付金」だけではなかった疑いまで浮上している。
こうした中、梶山経済産業大臣は6月28日の記者会見で「誠に遺憾。深くおわび申し上げる」と陳謝した。全容解明を待って「厳正に対処する」方針だという。
報道されている内容が事実だとすれば、明確な犯罪行為であって、逮捕された二人が制度を所管する経済産業省の官僚であるということを考え合わせれば、厳正に対処すべきことは当然である。
しかし、今回の事案を単に「個人の犯罪に過ぎない」として処理をしていいのか。
古今東西、役人の腐敗は亡国の兆しである。歴史に学ぶのであれば、役人の腐敗を個人の犯罪として処理するのではなく、亡国のサインとして受け止め、その根本に切り込むような対応をしなくてはならない。
そもそも、経済的利益に絡む犯罪が行われるのは、「どの程度のお金が、どの程度容易に手に入りそうか」という「犯罪の誘因」側の要素と、「露見した場合に失うものがどの程度のもので、その確率はどの程度か」という「リスク評価」側の要素の比較考量によるとも言われている。
この観点からすると、まず、今回の逮捕事例については、「犯罪の誘因」を政府が創出したという面が否定できない。
実際、新型コロナ対策の給付金をめぐる詐欺事件は多発している。
「持続化給付金」は、5割以上の売上減となった場合に、個人事業主は100万円、中小企業は200万円が給付されるというものだが、この制度が始まった2020年5月から今年2月までの間に、給付件数は約424万件に及び、給付総額は約5兆5000億円となっている。
そして、同制度をめぐる詐欺事件として摘発された人数は、すでに500名を超えているが、それも「氷山の一角」に過ぎないとの指摘は多い。
また「家賃支援給付金」については、給付件数は約104万件、給付総額は約9000億円という状況だが、同制度をめぐる詐欺事件として12人が摘発されている。
いずれも、反社会的勢力や半グレと称される人々ではない、「普通の」「犯罪を行うはずもない」人々が手を染めた犯罪であることが特徴的だと指摘されている。
例えば、JRA(日本中央競馬会)では、騎手や調教師ら170人が、「持続化給付金」の不正受給(総額約1億8000万円)を理由として処分された(刑事事件化はせず、また受給申請の手法を指南したとされる税理士についても不問)。JRAは、競馬法により競馬を行う団体として、農林水産大臣の監督を受け、政府が資本金の全額を出資する特殊法人であって、いわゆる公的団体だ。
さらに、一般の学生までもが不正受給に手を染めた例も数多く報道されている。
なぜ、一般の学生や公的団体職員、果ては所管庁の若手官僚までもが不正受給に手を染めることになったのか。
制度の設計と運用が「甘い」ものだったからという指摘があるが、これは真摯に受け止めるべき批判だろう。
新型コロナ対策としてスピード感を重視することは当然であり、関係者の努力には敬意を払うが、だからといって工夫が足りないまま「犯罪の誘因」を国家が生み出していいはずがない。
スピード感が大切であっても、ずさんな「証拠書類」でお金を支払うのではなく、①短期には無利子・無担保の貸し出しでしのぎつつ、
適正な証拠を求めて給付金を支給するとか、②給付金をまずは支給した上で、事後的に適正な証拠提出をさせて審査を実施し、結果によっ
ては返納させるといった制度設計・運用はあり得たはずだ。
「甘い」制度設計・運用となった理由として、とにかくカネを早くばらまけという圧力に迎合したポピュリズム政治を指摘することは、
それほど見当違いではあるまい。
他方で、「リスク評価」の点からすると、キャリア官僚という立場が、失ったとしてもそれほどでもないという感覚が若い世代には拡大
しているのではないか。
キャリア官僚の道を選択した若者にして、国家・国民のために、自らの能力を捧げることに価値を見いだせないのである。
これまで長らく官僚の職務を貶め、処遇を低下させてきた不幸な結果ではないか。
よきエリート意識を喪失した官僚とポピュリズムに染まる政治家が統治する国家で、国民が幸福になった歴史を寡聞にして知らない。
今回の若手官僚の逮捕事案を個人の犯罪として処理するだけではなく、亡国の兆しとして受け止めて真摯に反省し、適切に対応すること
で、危機をチャンスにしていくことを国家・国民のために期待したい。
(月刊『時評』2021年8月号掲載)