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【時事評論】2021年の日本を展望する

pixabay
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「ゆでガエル」はゆであがってしまうか?

 新たな年を迎えるに当たり、日本から見て2021年がいかなる年になるかを展望したい。

 言うまでもなく、今年がどのような年になるかを短期的にずばりと言い当てることは、サイコロを振って次に出る目を言い当てるよりもはるかに複雑で難しい。

 しかし、サイコロも数多く振れば、確率論的にどの目がどれだけ出るかはかなり正確にわかる。

 これと同様に、中長期的な趨勢的変化に着目して歴史的視座から見れば、2021年の日本の状況も相当はっきりと見えてくるだろう。

 もちろん、「言うは易く行うは難し」とはこのことで、ゆっくりと進む中長期的な趨勢的変化は見えにくい。

 この点について、少なからず旧聞に属するが「ゆでガエル」理論というものが人口に膾炙したことがある。

 カエルは、いきなり熱湯に入れると驚いて逃げ出すが、常温の水に入れて徐々に水温を上げていくと逃げ出すタイミングを失い、最後には死んでしまうという。

 そもそもはビジネス理論ないしは組織論において論じられたもので、「人間は一定の環境適応能力があるため、ゆっくりと進む環境の変化には気づきにくく、気がついた時には手遅れになる」という警句だ。

 だからこそ、難しいことではあっても、中長期的にゆっくり進んできた趨勢的変化を認識することが重要だ。

 では、2021年の日本を展望する上で、私たちがあらためて認識すべき重要な中長期的な趨勢的変化とは何であろうか。

 第一に、日本を取り巻く国際的なパワーゲームの構造変化だ。

 中国は、1978年に改革開放路線を採用してから急速な経済成長を果たし、それを背景とした覇権獲得の野望を隠さず、現在のパックス=アメリカーナへ挑戦している。これに対して米国も、易々と中国に覇権を渡すはずはない。

 一部で聞かれた「米国の対中強硬姿勢は大統領選挙のためのポーズ」という指摘は、あまりにナイーブだ。

 むしろ、米国に新たな政権が誕生する2021年は、新たな冷戦の幕開けとなる可能性すらある。

 日米安全保障条約を基軸とする一方、隣国として中国との経済関係を深化させてきた日本にとって、かかる状況変化が意味するところは死活的だ。

 第二に、他方で、日本の国際的プレゼンスは長期低落傾向にある。

 四半世紀に及ぶ経済的停滞は、日本の国際的な相対的地位を低下させている。貧すれば鈍するというべきか、外交的ソフトパワーも明らかに低下しており、国際政治経済において、日本が主要プレイヤーから脱落するおそれすらある。

 こうした状況にあって、この先、米中が何らかの妥協を成立させて「手打ち」となった場合、日本がその妥協の中でどのような重みを持って扱われるかは不透明だ。

 第三に、日本の少子高齢化だ。

 日本の少子化は、統計的に確認すると実に1975年から進んでいる。

 エポックとなったのは1990年の「1・57ショック」(合計特殊出生率が1・57まで低下)だろうが、その時点からでも30年を超える時間が経過している。

 この長きにわたる間、実効的な対策は無きに等しく、2019年の合計特殊出生率は1・36まで低下している。

 他方で、高齢化率は28パーセントを超え、超高齢化社会(高齢化率21パーセント以上)となっている。

 第四に、日本の財政悪化だ。

 わが国の公的債務の絶対額と対GDP比率は長期にわたり増大傾向にある。

 公的債務の対GDP比率を見ると、2020年にはおよそ240パーセントとなり、主要な先進国において突出した最悪国だ。

 こうした中、リスクが高いために例外的な措置とされている国債の日銀引き受けも常態化しており、実に約530兆円もの国債を日銀が保有するに至っている。

 以上のように中長期的な趨勢的変化をあらためて虚心坦懐に数え上げていくと不安材料が多いが、日本はこうした状況に「慣れて」しまっており、そろそろ「日本カエル」もゆであがってしまうのではないかと懸念される。日本の現状は、まさに「ゆでガエル」問題の典型だ。

 2021年は、このようにもはや「打つ手なし」とも見える状況から、冷徹な状況認識と高い見識に基づいて、ゆであがりを回避できるかどうかの分岐点だ。

 では、日本はこの重大な分岐点において、よい方向を選択して進めるだろうか。

 大衆迎合的な目先のバラマキと本質的課題の先送り、新型コロナウイルス感染症への対応に足をとられる中での経済的課題、人々のモチベーションの低下とあきらめ、時代のエートスの共有不全、と暗い予想につながる要素は確かに数多い。

 しかし「ゆでガエル」も、本当は存在しないと言う。常温から温度を上げていけば、カエルも本当は逃げ出すそうだ。

 カエルにできて、私たちができないことはない。

 2021年は、私たちが、厳しい状況を冷徹に認識し、覚醒して正しい方向へと踏み出す年になるはずだと信じたい。
                                                 (月刊『時評』2021年1月号掲載)