お問い合わせはこちら

【時事評論】日本は何を価値とするのか

pixabey
pixabey

ミャンマーの事態に毅然と対応すべきだ

 ミャンマー情勢が緊迫化している。

 およそ50年間にわたる抑圧的軍事政権の支配から脱し、2011年に民政移管がなされたミャンマーでは、2015年の民主的選挙の結果、アウンサンスーチー氏と、かつて国内での活動を禁じられたNLD(国民民主連盟)が民主化を進めてきた。

 昨年11月の選挙ではNLDが得票率80パーセント以上で大勝し、軍の特権的立場(連邦議会の4分の1の議席をあらかじめ国軍に割り当てなど)を保障している憲法の改正も政治日程に浮上するようになった。

 このような中、危機感を高めたミャンマー国軍によるクーデターが今年2月1日に発生し、これに反発する国民との間で衝突が続いている。

 4月初めの時点で、すでに国軍に殺害された一般市民は500人を超え、その中には40人を超える子どもが含まれていると報道されている。生々しい動画も世界を駆け巡っている。

 ここでは、民主主義が蹂躙され、人道主義が放擲されている。

 しかし、民主主義を標榜し、人道主義を重視するはずの日本は、この事態に対してなぜか鈍い反応を示してきている。

 日本政府は、諸外国が制裁等に踏み切る中、「ミャンマー国軍とのパイプがあり、それを使って事態を改善する」と主張してきた。

 確かに、日本政府は、軍政時代から現在に至るまで諸外国とともに制裁を加えるわけでもなく融和的な政策をとっており、国軍とのパイプも存在する。しかし、そのパイプなるものが機能しているフシはない。

 加藤官房長官は、3月29日の記者会見で、ミャンマー国軍による市民弾圧の激化について「強く非難する」としつつ、経済協力については「事態の沈静化や民主的な体制の回復に向けてどのような対応が効果的か具体的に検討していく」と述べた。

 茂木外相は4月2日の記者会見で、ミャンマーの国連大使が日本に投資中断を求めたことについて「事態の推移や関係国を注視しながら、どういった対応が効果的かよく考えていきたい」と述べた。

 いずれも、ミャンマーに対する最大のODA供与国である日本として、支援の全面停止に慎重な姿勢を示したものと理解されている。ODAをテコとしてミャンマー情勢を改善しようという気もないようだ。

 4月2日、日本政府は、在日ミャンマー人でつくる団体などが提出していたミャンマーへの対応をめぐる公開質問状に対し「制裁を含む今後の対応については事態の推移や関係国の対応を注視し、何が効果的かという観点から検討する」などと回答した。

 ミャンマー国軍によるクーデターの発生から2カ月が経ち、具体的な措置への言及なしに「検討する」である。親日的であるはずの在日ミャンマー人からは絶望の声が上がったという。

 このように日本政府が融和的で微温的な対応をしている背景には、①ミャンマー国軍に対して厳しく対応すると、ミャンマーに対する中国の影響力が増大してしまう懸念があるとか、②ロックインされた利権構造があるのではないか、といった指摘がなされている。

 政治の都合というものもあるということであろうが、今回のミャンマーの事態にどのように対応するかは、日本がどれほど真剣に民主主義の価値を信じ、人道を重んじるかという国家の基本理念を問うものだ。

 米国では、3月28日、バイデン大統領が記者団からのミャンマー情勢に関する質問に答え、「ひどいものだ。間違いなく常軌を逸している」と強い言葉でミャンマー国軍への非難を明確にした。

 米国政府も、矢継ぎ早にミャンマー国軍に対する経済制裁を発動するなど、その立場を明確にしている。

 民主主義と自由主義、そして人道主義の世界的リーダーとしての自覚がある米国としては当然の対応であろう。

 EUや英国も同様に、ミャンマー国軍に対する強い非難と具体的な制裁発動によって、自分たちが民主主義と人道主義に立脚することを明確に示している。

 政府などにとどまらず、民間企業においても、民主主義と人道主義の観点から具体的な対応を進める動きがある。

 例えば、ドイツの総合印刷企業「ギーゼッケ・アンド・デブリエント」は、4月3日までに、ミャンマー政府への紙幣の印刷システム技術や原材料の供与を停止したと発表した。これによりミャンマー通貨チャットの紙幣発行が困難になる見通しだ。

 さて、わが日本である。日本は、本当に民主主義や人道主義を価値として認め、大切にする気があるのだろうか。

 国際社会から問われているこの問いは、私たち日本国民が自らに問い、政府に突きつけるべき問いだ。

 その答えはイエスであるべきで、そうであれば直ちに毅然とした対応策をミャンマー情勢に対して打ち出すべきだ。

 彼の地では、今日も子どもが殺されている。                          (月刊『時評』2021年5月号掲載)