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森田 実の「国の実力、地方に存(あ)り」⑤

和歌山市北部の「学園城郭都市ふじと台」は、地方創生の最良の手本である

ふじと台の南門。(写真はwikipediaより)
ふじと台の南門。(写真はwikipediaより)

「実に恐ろしいものは人間の努力である」(マルコーニ)

輝きを増す「ふじと台」


 和歌山市北部の大阪府に接する地域「ふじと台」が輝いている。長期不況のなかで苦悶してきた関西地方でひときわ強い輝きを発しつづけてきたのが「学園城郭都市ふじと台」である。開発は着実に前進し、全国とくに関西各地からふじと台に新しい住居を求める人々が増えている。
 「ふじと台」は、人口減少社会の日本にあって、人口が増えている稀有な地域である。
 新入居者がふじと台に移住する理由はいろいろある。ある人は「海の見える環境の良い高台に住みたい」と言い、またある人は「子供を育てるのに快適。特に学校が良い。すぐれた教師がそろっている」と言う。
 たしかにふじと台の学校は成績が良いこととすぐれた教師がそろっていることで知られている。また「災害に強い街に住みたいから」という人もいる。ふじと台の人気は急上昇し、着実に人口が増えている。


偉大な開発者・浅井瑛介氏


 「ふじと台」ニュータウンの開発が始まったのは今から25年前の1994年だった。中央では細川・羽田非自民内閣が倒れ、村山自社さ連合政権が成立した年である。2年後の1996年に「和大新駅周辺地区土地区画整理組合設立準備組合」が発足した。この発起人の一人が浅井建設の浅井瑛介社長(今は会長)だった。ところが1998年に当時の開発者が会社更生法を申請した。これにより開発事業は一時中断したが、2001年、浅井建設がこのニュータウン計画事業を継承した。偉大な開発者・浅井瑛介氏の登場によって「ふじと台」開発は再スタートした。和歌山市の一建設業者の浅井瑛介氏の一大事業への挑戦が始まったのである。
 浅井瑛介氏は1940(昭和15)年生まれ。浅井氏のルーツは織田信長に滅ぼされた浅井長政の一族である。浅井家の祖先は近江から和歌山へ移住した。浅井瑛介氏は4人兄弟の末っ子だが、中学の頃父親が亡くなり、少年の頃からアルバイトをして家計を支えた。20歳を過ぎた頃自分一人で建設業を興し、一生懸命に働きつづけてきた。浅井瑛介氏は、今日まで両親の教えを忠実に守って生きてきた。両親の教えとは「自分のことより人さまのため、社会のために働きなさい。播かない種は生えない」――である。浅井建設株式会社を設立したのは34歳の時だった。以来45年間、建設業者として働きつづけてきた。働きながら学び、博(ひろ)い知識を身につけた。浅井瑛介氏は高い見識と強靭な精神力の持ち主である。
 浅井瑛介氏がふじと台において建設しようと計画したのはヨーロッパ風の品格ある学園文化城郭都市である。浅井氏はこの初心を貫き、ふじと台で自らの理想を見事に実現した。まだ為すべきことは残っているが、今日までの実績は見事である。総面積約100ヘクタール、約5500世帯、総人口3万人以上のニュータウン計画は完成一歩手前まできている。将来は10万人都市に発展する可能性を秘めている。
 和歌山市で『21フォーラム』というすぐれた情報誌を発行している「和歌山21政経フォーラム」代表の渡辺勲氏は、浅井瑛介氏のふじと台開発事業のよき理解者である。私が、去る1月30日に、友人の中村榮三和歌山放送社長と二人でふじと台を訪ねた時、浅井氏とともに迎えてくれたのが渡辺氏だった。渡辺氏は私に1枚のメモを渡してくれた。このメモにはこう書かれていた。
 「海抜百米の天空に人口三万五千人の夢の街をつくる男=浅井瑛介。苦節三十年。浅井が突破した四つの壁――資金繰、行政、風評、関連事業に対する反対運動」
 浅井氏は、これらの諸困難を強靭な精神力と独創的な知恵を発揮して、自らの努力で乗り越えてきた。この浅井氏を陰に陽に支え支援しつづけたのが和歌山県出身の偉大な政治家、二階俊博衆議院議員・現自由民主党幹事長である。


ふじと台は「地方創生」の最良モデル


 十数年前から約7年間、私は週1回大阪のテレビ局へ通った。月に一度は関西各地を旅した。大阪、京都、兵庫、奈良、和歌山、滋賀の6県の名所旧跡を訪ね、観光した。特に和歌山県各地は多かった。
 関西は、どの地域にも魅力がある。美しい自然があり、文化がある。すぐれた文化遺産がある。どの地域においても人々は一生懸命に生きている。ただ私の率直な感想を言えば、平成長期不況のなかで全体として守りに入ってしまっている。「未来を創る」という姿勢が弱い。このことは、日本全国に言えることである。
 私が初めてふじと台を訪ねたのは、11年前のことだった。二階俊博衆議院議員の「ふじと台」訪問に同行した時である。この時初めて浅井瑛介氏と会い、浅井氏の非凡さと旺盛な開発者魂に接し、浅井氏の偉業である「ふじと台」開発を観察しようと考えた。それから節目節目にふじと台を訪ねた。新駅(和歌山大学前駅ふじと台)完成、駅ビル「エスタシオン」新設、藤戸台小学校開校、イオンモール和歌山オープン、第二阪和国道開道……。ふじと台が着実に前進する姿を私自身の目で観察しつづけてきた。いつも、浅井瑛介氏の隣に二階俊博衆議院議員の姿があった。
 「学園城郭都市ふじと台」は、浅井瑛介氏による地方創生の最もすぐれたモデルである、と私は思う。
 まず第一に「学園城郭都市ふじと台」は、草の根で生きる一人の建設業者の、理想都市を自らの力で実現する旺盛な情熱の産物だという点で価値が高い、と思う。浅井氏に常に寄り添い、相談に乗り、助けつづけた二階俊博氏の浅井氏への深い友情の発揮も特筆すべきことである。
 ふじと台には大いなる希望がある。若い母親と子供がゆったりと街中を散歩している姿は美しい。浅井氏は完成までもう10年はかかると語ったが、もしも天が私にもう10年の生命を与えてくれるなら、完成したふじと台の姿をこの目で見たいと思う。ふじと台は50年後、100年後、関西地方を代表する美しい住宅都市に成長しているであろう。

(月刊『時評』2019年3月号掲載)

森田 実(もりた・みのる)評論家。1932年、静岡県伊東市生まれ。
森田 実(もりた・みのる)評論家。1932年、静岡県伊東市生まれ。