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【森信茂樹・霞が関の核心】山田 邦博氏(前 国土交通事務次官)

激甚化する災害に対し、 国として防災に努める使命

やまだ くにひろ/昭和33年7月10日生まれ、愛知県出身。東京大学工学部卒業、同大学院工学系研究科土木工学専攻修士課程修了。59年建設省入省、平成24年国土交通省水管理・国土保全局治水課長、26年大臣官房技術審議官、27年近畿地方整備局長、28年水管理・国土保全局長、30年内閣官房国土強靱化推進室次長、令和元年技監、3年7月より国土交通事務次官。
やまだ くにひろ/昭和33年7月10日生まれ、愛知県出身。東京大学工学部卒業、同大学院工学系研究科土木工学専攻修士課程修了。59年建設省入省、平成24年国土交通省水管理・国土保全局治水課長、26年大臣官房技術審議官、27年近畿地方整備局長、28年水管理・国土保全局長、30年内閣官房国土強靱化推進室次長、令和元年技監、3年7月より国土交通事務次官。

 山田事務次官(当時)は長らく建設業の生産性向上、そして防災対策に取り組んできた第一人者である。人口減、コロナ、気候変動など外部環境が厳しさを増す中で、次々と新たな施策を講じ、着実に成果を上げてきた。ポスト・コロナを見据え、これら各施策の次なる展開がどのような方向に向かうのか、現状を総括してもらった。

〝カッコいい〟建設・土木を目指して

森信 今般、官民問わずDX(デジタル・トランスフォーメーション)の推進が求められていますが、国土交通省ではもともと、ICTを使った建設分野の生産性向上に向け先駆的に取り組んできたとか。

山田 はい、国土交通省内部において最初にDXの推進本部を立ち上げたのは、建設分野におけるインフラ部門でした。i-Constructionの導入と推進に代表されるように、建設分野では、DXが一般的なキーワードとなる以前から、ICTを駆使した生産性の向上を継続的に進めてきたのです。その取り組みがDX推進の基盤を醸造してきたと言えるでしょう。

 しかし、これは単に紙の書類を電子化したり、現場作業を機械化することを意味しているのではなく、ICT化、デジタル化を機に、建設業全体の文化、風土を大きく変革していくことを目的としています。作業をデジタル化、データ化すると、これまで気付かなかった課題や改善点が抽出され顕在化していきますから、それをもとに仕事のやり方だけでなく業務運営に対する発想の転換などに広がり、より生産的、効果的な方向へさまざまなことを改めていく、それがDXの本質です。

 その意味でDXは、確かにもともとは生産性向上からスタートしましたが、今ではそれにとどまらず文化そのものの変革を象徴しています。そして現在は当初の建設分野の枠を超え、運輸や物流などさまざまな分野においても実現が求められるようになりました。

森信 それは、今でいう〝働き方改革〟のような意味も含めて、でしょうか。

山田 そうですね、広義にはそれも範疇に入ると言えるでしょう。少子化、人口減で、建設業の担い手が減少高齢化していく中、若い世代をこの分野に呼び込むためには、いわゆる3K〝きつい、汚い、危険〟というかつてのイメージから脱却し、〝給料がいい、休暇が取れる、希望が持てる〟という新3Kを実現していかねばなりません。それには、業務の効率化や安全性の追求、長年にわたる働き方の旧弊などを全般的に改めていく必要があります。以前は土日通して現場作業、ということも珍しくありませんでしたが、だいぶ改善されてきたようです。しかし他の業種ほど休みが取れるというほどではまだありません。

 さらに言えば、デジタルやICT技術を駆使して、若者にとって建設・土木が〝カッコいい〟と思われるようになるのが理想ですね。

森信 なるほど新4Kの追求ですね。〝カッコいい〟建設・土木とは、例えばどのようなイメージでしょう。

山田 やはり炎天下での現場作業は安全性にも関わりますので、クーラーの効いたオフィスから遠隔で現場の重機を操作したり、また災害現場等で斜面の復旧作業などを遠隔で行い、万一重機が横転しても無人であれば少なくとも乗員の安全は確保できる等、働く側や現場サイドの環境も含めて、作業のありようを大きく変化させていく必要があります。

森信 遠隔操作可能な距離はどのくらいの長さなのですか?

山田 重機の遠隔操作にあたり専用の高速通信環境を確保することは困難であるため、長距離遠隔になると、手元の操作と、現場の重機の動きに若干のタイムラグが生じます。現場における1秒後の駆動を想定して操作するのは、なかなか容易ではありません。現在、国土交通省本省内のDXルームから、約60キロメートルほど離れたつくば市にある、国総研こと国土技術政策総合研究所の重機を遠隔操作することが可能です。そこでは、国総研側にローカル5Gを整備したことや、本省との間に高速通信回線を整備したことにより、大きなタイムラグをなくすことが出来ています。従って、これから各現場で遠隔操作などを日常的に行うためには、やはりオフィスと現場を結ぶ高速通信環境の整備が一つのポイントになると言えるでしょう。

人命救助に加え重要インフラ保守も

森信 確かに遠隔操作をはじめデジタル技術が現場に普及すると、防災や国土強靱化には大いに役立ちそうですね。

山田 ご指摘の通り、現段階ではまだ災害が発生した直後、どの地点でどのくらいの被害が発生しているのか、迅速に状況を把握するのは困難ですが、センサーやドローンなど各種遠隔機器等による早期把握が技術的に可能になれば、より効果的な対策が打てるものと想定されます。

 2019年、千葉に上陸した台風15号により、かなりの倒木被害が発生したのですが、当初は全容がなかなか掴めませんでした。しかしその後、電気の不通や断水が発生するに及び状況が明らかになり、初期対応の重要性が改めて認識されました。

森信 しかし日本のような災害大国では、防災に国の財源を投入するのは、ある意味できりがないという見方もできるのではないでしょうか。

山田 ただ、その災害が激甚化、頻発化しており、以前に比べてより多くの人命が失われている以上、国にはあらゆる方策を講じて防災に努める使命があります。2018年に岡山県真備町などで発生した豪雨水害では死者が200名を超えましたが、一つの水害で200名超の死者を出したのは1982年の長崎水害以来のことです。この間36年、各種インフラの整備や避難体制の構築など水害対策は各地で推進されてきましたが、であれば死者数は減じるべきはずのところ、やはり現代でも同規模の被害が出た点に大きな問題があります。これに対し、ソフト面は急速に整備が進んできているので、ハード面の整備もより一層進めるべきであろうと。

森信 むしろ、天気予報の精度を向上させるとか、技術的に進展したソフトを活用した方が有効ではないでしょうか。

山田 もちろんソフトの活用も重要です。現に気象庁ではこの6月1日より線状降水帯の予測なども始めました。防災は常にソフトとハードのベストミックスを追求していくことが望ましいと考えています。

 というのも、現在の社会的要望が、人命救助だけにとどまらなくなってきた、という点も勘案しなければなりません。2018年の北海道胆振東部地震で全道的なブラックアウトが発生したように、一つの災害が重要インフラを損壊させ、地域の生活や経済活動に深刻なダメージを与えるケースが増えてきました。現代のように社会生活が高度化してきた以上、やはり重要インフラの保守も重要なテーマであり、この点はまさしくハードでの対応が求められます。

ダムの弾力的運用を実現させた政治の決断

森信 私はデジタル庁の有識者会議のメンバーですが、そこで他の委員から、富士山が噴火したら結局のところ電気は全部使えなくなる、デジタル化も重要だがこちらも重要、との指摘がありました。実際に富士山が噴火すると電線に火山灰が降灰し、電力がストップするという事態も?

山田 十分考えられますね。一たび電力が大規模にダウンすれば社会経済活動のほとんどが機能不全に陥ります。やはり日本の電力網は大規模災害に対して強靭かというと、必ずしも盤石とは言い切れません。

 また、水道網についても同様です。災害ではありませんが、先般も愛知県豊田市の取水施設「明治用水頭首工」が漏水し、農業、工業用水がともにストップするという事態が発生しました。原因について、施設の老朽化の可能性も含め現在調査が進められているところですが、これら生活に関わるインフラ施設の機能維持もまた喫緊の課題であり、平素からリダンダンシーを担保しておかないと、いざというとき社会経済活動に深刻な影響を及ぼします。

 このようにソフト、ハードを問わず重要インフラの機能維持をどう図るか、災害や老朽化を含め、より総合的な視点での対策が求められるようになったと言えるでしょう。

森信 総合的な視点での対策については、ダムの柔軟な活用が官房長官時代の菅義偉さんの功績の一つだとよく指摘されていますね。

山田 一つのダムにおいて、洪水対策、飲料用、農業用水、工業用水とそれぞれ割り当てられた容量があり、各関係省庁がこれを所管しています。ダムの水量が常時満杯ですと洪水の時にあふれてしまいますから、常に一定の空き容量を確保しておき、緊急時にはそのスペースに貯留するという取り決めになっています。他方、農業や工業用水は逆に、いつも一定量を貯めておく必要があるため、言わば一つのダムの中に貯めておくべき水と空けておくべきスペースが線引きされている、という構図です。

 そこへ台風の上陸等が予報され、大量の降雨量が想定された時、事前に農業・工業用水を放流しておいて、空き容量を事前に広げていく、という弾力的な運用が図られるようになりました。ストックを賢く使っていくのは言わば当然のことではありますが、現実として所管省庁同士の協議では、事前対策が空振りに終わった時の各所管分野への影響が考慮されるなど、なかなか調整がつきにくいものです。まさしく政治の判断によってこの状況を解決に導き、防災対応を向上させた好例だと思います。

森信 弾力的運用が図られるまではどのような対応を?

山田 貯留スペースをより確保するため、放流分の水量を利水者から買い取り、その上で事前に放流していました。このような柔軟な対応の実現は、われわれにとっては長年の念願だったため、俯瞰的、総合的な見地から全体調整が図られたのは何よりです。












もりのぶ・しげき 法学博士。昭和48年京都大学法学部卒業後大蔵省入省、主税局総務課長、大阪大学教授、東京大学客員教授、東京税関長、平成16年プリンストン大学で教鞭をとり、17年財務省財務総合政策研究所長、18年中央大学法科大学院教授。東京財団政策研究所研究主幹。著書に、『日本が生まれ変わる税制改革』(中公新書)、『日本の税制』(PHP新書)、『抜本的税制改革と消費税』(大蔵財務協会)、『給付つき税額控除日本 型児童税額控除の提言』(中央経済社)等。日本ペンクラブ会員。

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