お問い合わせはこちら

【森信茂樹・霞が関の核心】 財務事務次官 茶谷栄治氏

どの財源も長短あり、 深い議論と明確な発信が必要

ちゃたに えいじ/昭和38年6月21日生まれ、奈良県出身。東京大学法学部卒業。61年大蔵省入省、平成19年主計局主計企画官(財政分析担当)、財務大臣秘書官、20年主計局主計企画官(調整担当)、21年主計局主計官兼主計局総務課、24年大臣官房秘書課長、27年主計局次長、30年大臣官房総括審議官、令和元年大臣官房長、3年主計局長、4年6月より現職。
ちゃたに えいじ/昭和38年6月21日生まれ、奈良県出身。東京大学法学部卒業。61年大蔵省入省、平成19年主計局主計企画官(財政分析担当)、財務大臣秘書官、20年主計局主計企画官(調整担当)、21年主計局主計官兼主計局総務課、24年大臣官房秘書課長、27年主計局次長、30年大臣官房総括審議官、令和元年大臣官房長、3年主計局長、4年6月より現職。

 年末から年始に、岸田政権が掲げた防衛予算増額、異次元の少子化対策等により、財務省は今、財政健全化への不断の取り組みに加え、財源確保という命題に対峙している。どのような方策であれ、深い議論と明確な発信が求められるが、ネットその他で感情的な財政再建批判が横溢する現在、情報発信の負荷はかつてなく大きい。 茶谷次官に、この難局を乗り越える方向性について語ってもらった。

言論のキャッチボールならず

森信 一昔前は、政治家が予算のかかる政策を掲げても財務省がこれに待ったをかけるために実行できない、という構図で財務省が上手く悪者にされ、結果としてそれが財政支出の抑制になっていたものですが、どうも近年はネットなどで財務省が財務の健全化を盾に全ての政策に歯止めをかけていてけしからんという議論が目に余ります。もはや政策論の是非やまっとうな批判ではなく、財務省の陰謀論といった指摘や感情的な罵詈雑言に近いような内容かと。

茶谷 はい、質的な変化も感じます。われわれは本来の役割として財政健全化の必要性についてわれわれなりの正論を主張し続けてきたわけですが、確かにそれに対して必ずしも正面から正対するのではなく本質の議論から外れた批判がよく見られるようになったと思います。本来あるべき言論のキャッチボールがなかなか成り立たないと感じることもあります。

森信 財務省のレゾンデートル(存在意義)である財政健全化について、財務省から声を大にして発信しにくい雰囲気になりつつあるように思います。安倍政権時代は、新たな国民負担増については議論することが憚られるような空気感があり、今も与党内にはその雰囲気が残っているように見受けられます。

 過去の政権を遡ると、小泉政権時代は〝自分が総理の間は増税はしない、しかし議論は自由にしてください〟との方針で、受益と負担に関する議論は活発に交わされていました。いろいろな試算も公表しました。

茶谷 そうですね、その時代は歳出改革のメニューまで作成していました。

森信 今般、政策議論の中心となる防衛予算増にしろ異次元の少子化対策にしろ、財源の問題は避けて通れません。これは財務省だけの問題ではなく、政府、政治全体が責任を持って考える問題です。小泉政権時代は中川秀直政務調査会長(当時)が、社会保障、人件費、公共投資など他分野にわたり具体的な数字を入れ込んだ向こう5年間の歳出改革を作成した(2006年骨太方針)ものです。政府ではなく党が、です。こういう政治のリーダーシップを基にした歳出改革こそ、今必要なのではないかと痛感します。

茶谷 今回の防衛予算増の議論においても、歳出改革を行うことにより令和9年度段階で令和4年度と比較して1兆円強の財源を捻出することにしております。令和5年度において約2100億円、それを9年度まで計5年間積み重ねていくことで計1兆円強、ということになります。ただ、各年度の歳出改革の中身をどうしていくかが決まっているわけではありません。中身を今後どのようなものにしていくべきか、各年度の予算編成で考えていく必要があります。

森信 防衛費のスキームにある歳出改革についてですが、この説明は一般国民には非常に分かりにくい。社会保障の場合は自然増があって、そこから具体的にいくら削減したのか数字で明らかになるのですが、今ご指摘のあった2100億円の削減計画は、何から削減してこの数字をつくるのか不明です。

茶谷 これまでは非社会保障予算の目安として、歳出改革により3 年間で1 0 0 0 億円程度、単年度あたり300億円余りの伸びにする旨を閣議決定で決めていましたが、これはもともと物価がほとんど上がらない前提で計画していたものです。平成25年度から令和3年度までの消費者物価上昇率は平均+0・38%でしたが、令和5年度の見通しは+1・7%で、これを勘案する必要があります。

森信 数倍上昇していますね。

茶谷 消費者物価上昇率を勘案すると、毎年度1500億円ほどは非社会保障予算を伸ばすという目安になりますが、防衛予算以外の非社会保障予算で何とか600億円削減し、その差し引きトータルで2100億円を防衛予算の財源として歳出改革で捻出する、ということになると思います。が、確かにご指摘通り構造が分かりにくい面もあると思います。よく説明していきたいと思います。

森信 社会保障費以外というと、文教などに計上されている人件費とか恩給とかになると想定されますが、いずれにしても国民にもっと具体的に発信するべきではないでしょうか。これから5年間で1兆円が必要と言われても、何をどう歳出改革して予算をつくっていくのか見えません。

財源は丁寧に検討

森信 さらに、「異次元の少子化対策」でも兆単位の予算が必要となりました。これについてはいかがお考えでしょうか。

茶谷 まず、施策の内容についての議論をし、その概要が見えてきたところで財源の方策が話し合われることとなるでしょう。これまでもさまざまな少子化対策は講じてきたわけですので、その効果はどうだったのか、新たな方策は従来と何が異なるのかを議論し、そして財源を決めていくというプロセスになります。その議論も、政府が6月の「骨太の方針2023」で大枠を示す方針を明らかにしていますから、あまり時間は残されていません。

森信 6月の「骨太」では、財源を含めた大枠を示すそうですね。

茶谷 はい、それ故に急ぎ議論を進める必要があります。

森信 私は2021年に2回ほど、与党の少子化対策特別委員会で財源の話をするよう求められました。その席で消費税以外の増税案(国民連帯税やフランスの一般社会税など)について私見を述べたことがあります。2回目の席では臨席していた権丈善一氏が、〝子育て連帯基金〟の構想を語りました。年金、医療、介護、雇用の保険料から子育ての資金を拠出するというプランです。税の話には反応はありませんでしたが、保険の話になると、皆さん活発でした。いずれしても何とか財源は確保しようというのが当時の雰囲気でした。

茶谷 防衛関係では社会保険料は対象になりませんが、社会保障の議論では、社会保険料は確かに財源になります。今後の少子化対策の財源を考えていく上では、そうした点も含め、社会全体での負担の在り方について、幅広く議論を進めていく必要があると思います。

森信 社会保険料の引き上げは、セカンドベストという捉え方になるのでしょうか。本来は消費税引き上げで対処すべきだと思うのですが、金融所得課税や年金税制の見直しなど所得税制の改革でも財源は出ます。所得税も含め総合的に考えていく必要があると思います。

茶谷 少子化対策の財源を考えるに当たっては、医療保険や雇用保険といったさまざまな社会保険との関係や、国と地方との役割分担、受益と負担の関係など、丁寧に検討を進めていく必要があると考えています。森信 年金は、2004年から10数年にわたる社会保険料の負担増をおこなっていますが、これを契機に企業が社会保険料負担を縮減するため、正規から非正規への大きな流れが生じたと言われています。

茶谷 どの財源を取り上げてもメリット・デメリットがありますので、それぞれの影響や効果を検証すべきだと思います。

森信 〝財源〟と言う限り、経済にプラスの影響は与えないでしょう。しかし消費税は全額社会保障に返しているので、景気には中立、若干プラスと思うのですが、そこが理解されない。

危惧される、MMTの勃興

森信 防衛費の財源として、与党では国債の償還ルールを見直し、毎年の返済額を減らして財源に充てる案が出ているとのことですが。

茶谷 その議論は出ています。ただ国債償還のための一般会計からの繰り入れを減らしても借換債(過去に発行した既発債の償還資金を調達するために新たに発行する債券)が増えるだけですので、国債の発行額自体は何ら変わりません。従って一般会計からの繰り入れを減らした分、歳出を増やすとその分国債
の発行額が増えることとなり、財務省としては慎重に考えるべき案だと折あるごとに申し上げています。

森信 どうも歳出削減の議論が、本質を覆い隠すような方に流れてしまい、2006年改革のときのような具体的な費目に及ぶ歳出改革を思い切って打とうという政治のリーダーシップが、今は欠けているように思えてなりません。

茶谷 かつてと今とで異なるのは、自国債はいくら発行しても大丈夫、破綻することはない、というMMT(現代貨幣理論)が出てきた点でしょう。こうした議論が勢いを増すと、歳出改革したり増税するより、国債を発行すれば万事解決という形で議論が片付けられてしまうことが危惧されます。

森信 そうしたMMT的なイメージが、与党の先生方の中に残っているのでしょうか。

茶谷 そういう主張をされる方もおられます。英国ではトラス政権の政策により市場や経済に混乱をきたしましたが、この例についても「日本と英国では経常収支をはじめ諸条件がそもそも異なる」と捉えられ、なかなかストレートには〝他山の石〟とはなりにくい感じもあります。

森信 思わぬ形で物価上昇が続く現在、賃金が相当程度上がれば、金融政策も出口に向けた道筋が開かれるわけです。そしてその時は、政府が財政にどれだけコミットしているか問われることになります。

茶谷 出口がどのタイミングであるかは別として、2013年の政府・日銀の共同声明でも〝持続可能な財政構造の確立〟が打ち出されたように、その取り組みの推進は政府の責務です。が、この10年、その責務をきちんと果たしてきたか、自信を持って言えないところではあります。

森信 それ故、13年の共同声明を書き直せ、という意見が巷間ありますが、書き直すかどうかはともかく、改めて財政健全化に向けたコミットについて政府が問われていると思います。しかし現在、政府・与党で主流となっている議論は、〝持続可能な財政構造の確立〟とはおよそ真逆の方向です。1兆円の増税ですら、ネガティブな状況です。

茶谷 われわれとしては、従来通り先生方をはじめ関係する方々、そして広く国民の皆さま方に財政健全化の必要性を粘り強くご説明していくつもりです。




もりのぶ・しげき 法学博士。昭和48年京都大学法学部卒業後大蔵省入省、主税局総務課長、大阪大学教授、東京大学客員教授、東京税関長、平成16年プリンストン大学で教鞭をとり、17年財務省財務総合政策研究所長、18年中央大学法科大学院教授。東京財団政策研究所研究主幹。著書に、『日本が生まれ変わる税制改革』(中公新書)、『日本の税制』(PHP新書)、『抜本的税制改革と消費税』(大蔵財務協会)、『給付つき税額控除日本 型児童税額控除の提言』(中央経済社)等。日本ペンクラブ会員。

関連記事Related article