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【森信茂樹・霞が関の核心】 農林水産事務次官 横山 紳氏

国産小麦の生産を奨励

森信 食料自給率が低迷していますが、これはやはり上げていくことが前提でしょうか。

横山 現実に食料自給率は37~38%あたりで推移しています。基本法においても、食料自給率は向上を図ることを旨とすると明記されています。他方、われわれが認識すべきは、日本国民全員が今食べているものを仮に農地面積に換算すると、今の日本の農地の約3倍必要になるということです。つまり、自給率100%にすることは、現実的ではありません。かつてのように日本人が大量にコメを食べるようになれば別ですが、そうでなければ自給率が劇的にアップすることは農地という資源の制約上、非常に困難です。

森信 日本に残された農地とはそれほど少ないものなのですか。

横山 合計して約430万ヘクタールほど、それに対し輸入穀物量は飼料用のトウモロコシや油を搾る大豆などを加えるとその2倍以上に相当するので現在の農地ではとても賄えず、自給率の向上にはおのずと限界があることを認識しなければなりません。

 ただ、そうした状況下ではありますが、少しでも国内で作れるものは作っていく、という姿勢はこれからも必要です。その点ではまさしく需要に応じた生産、すなわちコメだけでなく、小麦や大豆などの生産が求められるところです。

森信 ウクライナ問題で小麦の国際価格が上昇しているのに、なぜ日本の国産小麦の生産は増えないのでしょうか。国産小麦を使ったパンなども店頭に並び始めているようですが。

横山 長期傾向で捉えると徐々に増えており、以前に比べてご指摘の国産小麦のパンなども確かに多くなりました。ただ、小麦は用途によってスペックが異なる点が難しく、例えばパン用、パスタ用それぞれに品種が決まっており、むしろ外国産の小麦の方が、スペックが安定して汎用性が高いため使いやすいという利点があります。また価格の面でも外国産の方がまだまだ優位性を保っています。

森信 外国産小麦に関しては輸入時に介入されているのでしょうか。

横山 農水省が国家貿易で買っています。つまり外国から農林水産省が買ってマークアップをのせて売る、という仕組みです。

森信 これと併せて国産小麦の生産を奨励していくと?

横山 マークアップの差益分で小麦に関する支援を講じています。

森信 輸入牛肉なども同様でしたね、関税収益を補助事業に回していました。

横山 はい、農畜産業振興機構の事業ですね。似ていると言えば似ているでしょう。

森信 農水省OBからもコメを自由に作らせるべきとの批判の声があるようです。

横山 コメの生産を拡大して積極的に海外へ輸出すべき、との指摘はあります。しかし、そうすると価格が大きく低下し、農業という産業が成り立つのか、国際市場に期待するほど安定的な需要があるのか等々の懸念が生じます。コメの価格を安くしつつ同時に農業者の所得を確保するのは、非常に難しい問題です。

森信 農業者の所得確保は、長年のテーマですからね。

横山 かつて民主党政権下では農業者に対する所得補償などの制度もありましたが、その財源となったのは公共事業のカットによるものですから、現在その政策に戻るのはなかなか困難です。

森信 〝コンクリートから人へ〟を掲げていた時代ですね。

横山 公共事業は産業インフラだけでなく防災や多面的な機能を発揮するので、その整備も重要だと思います。

森信 円安が進行する現在、日本が海外で生産物を〝買い負ける〟傾向があり、国内の消費者に高品質な生産物が流通しない、という問題が起きていると聞きました。

横山 先ほど〝食の安全保障の変化〟と申しましたが、1990年代の日本は世界最大の食料純輸入国であり、食料生産国にとって日本は一番の〝お客さま〟でした。ところが今や、その地位は中国に取って代わられましたので、ご指摘のような問題は確かにあります。また、中国は人口が多いので国内の僅かな変動が世界の貿易に与える影響が大きい、それ故に日本にとって〝買い負け〟が起こる懸念も高まっていると言えるでしょう。そういう意味でも、やはり国内で作れるものは国内で、という方向に帰着します。

森信 今般の円安は、農政にとってマイナスに作用しているのでしょうか。

横山 輸出促進の面では円安はプラスに働いているので難しいところです。一方で飼料や肥料など生産資材を海外から輸入しているので、円安の影響を受けるとこれら資材の価格も高騰する点を、併せて考えていかねばなりません。

新しい〝日本型〟農業の確立を

森信 国際経済激動の中、農政の筋を通して自給率を上げていくというのは、大変困難なお仕事ですね。

横山 おっしゃる通りで、自給率という点だけを捉えるならば、消費者の方々の日常の購買活動や食生活のありようを含めて考えていかないと、上げていくことはかなり難しいと思います。われわれとしてはとにかく、日本にある農地などの資源をしっかり使って農業・畜産を行う、肥料も家畜の糞を用いた堆肥、下水汚泥に含まれる肥料成分などを利用して化学肥料の使用量を減らす、等々の展開を図って少しでも海外に依存する比重を低下させていくよう努力する所存です。

森信 農業が産業になっているという点ではオランダが、国土面積が小さいにもかかわらず、世界屈指の農業生産性を上げて海外輸出しているそうですね。日本も一時期、こういう国を一つのお手本にするという動きがありましたが、その後はいかがでしょうか。

横山 オランダの農業は園芸の比率が高いため、全ての面で参照にするのは難しく、日本ではコメ、麦、大豆などを対象にできるだけ新しい技術を導入して、日本型と言うべき新たな生産方法を確立していくべきだと思います。農薬を撒くのでも以前は田畑一面にたが、今ではドローンで必要な箇所だけピンポイント射出することで効率的かつ環境負荷の少ない害虫駆除ができるようになりました。肥料も、全面一様に撒くのではなく必要な所に必要な分だけ限定して撒くことも可能です。これら新技術を駆使しながら環境負荷を低減させ、かつ省力化、コスト抑制を図り、効率的な生産を維持する、これが新しい日本型農業として求められる姿だと思います。

森信 やはり、農業者の減少が不可逆の中で生産性を維持するのは容易ではないようですね。

横山 人口減の流れが止まらない以上、いかに農業生産を守り食料を供給していくか、これは大きな命題です。農業も一つの産業なので、儲からないと誰も従事しなくなり、若い世代の新規参入も期待できません。農業を生業として適正な収益を得られるという道筋を付けていくのがわれわれの仕事となります。

森信 民主党時代には、林業も儲かるようにして若い人を呼び込もうと政権が掛け声をかけたことがありました。ですが現在、林業が復興したという話は聞きません。

横山 いわゆるウッドショックにより、木材価格が一時高騰しましたが、若い人の参入も含めてまだ厳しいですね。結局、伐った材木を加工・流通・販売するという一連の流れが確立されないと産業としては成り立ち難いので、そのためにはサプライチェーンの川下部分でもしっかり木材を使ってもらうことが重要です。現在は住宅だけでなく、一定の高さのビルにも木材の活用が可能ですので、需要の広がりを期待したいと思います。

森信 今後、若い人が参入するような農業・林業に変化していくと良いのですが。

横山おっしゃるとおりです。 農業も上手く経営すれば儲かりますので、若い参入者がちょっとした工夫によって相応の収益を上げている例も少なくありません。

森信 北海道では規模の大きな農地で大変な収益を上げている地域があるそうですね。

横山やり方次第で儲かる先例として、ヨコ展開できればと思います。農業は決して無くなる産業ではないと思いますので、高齢化がさらに進み農業者がリタイアする中で農地を上手く集約して、若い人が新しい技術を使いながら営農し、かつ儲かる、そしてSDGs にも適う、こうしたシナリオが描ければ理想です。もちろん、地域々々においては条件の良いところばかりではありませんから、現実はそんなに甘くないことも十分認識しています。

森信 次官は休日どのように時間をお過ごしに?

横山 料理を作っています。兵庫生まれなので関西風のお好み焼きや肉じゃがなど一通りは。コロナ禍の間に外出・外食が制限されていたので、その反動もあるかもしれません。現在は電気圧力鍋など調理器具もどんどん進化しているので、負担なく楽しく料理できます。

森信 ご家族にも喜ばれますね。本日はありがとうございました。

インタビューを終えて

 大変丁寧に、素人の筆者の質問に答えていただいた。農業の高齢化が進んでいく中で、日本の農政を安心して任せられる、という信頼感の醸し出されるお話しぶり、お人柄であった。今後のご活躍をお祈りしたい。
                                             (月刊『時評』2023年11月号掲載)

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