
2025/12/17
農村活性化推進室では現在、各地で縮小する農山漁村への企業の関与を通じた活性化に向け、農山漁村で企業が実現し得る社会・環境面での「インパクト」とそれに繋がる取り組みを類型化・可視化するとともに、具体的な取り組みが促進されるよう検討を進めている。農林水産業の基盤となる農山漁村の未来のために、多角的かつ長期的視点が求められる同政策の概要とポイントを、朝日健介室長に語ってもらった。
農村振興局農村計画課 農村活性化推進室長 朝日 健介氏
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社会・環境インパクトの可視化へ、ガイダンスを公表
――農山漁村の活性化が求められる背景からお願いします。
朝日 わが国の食料生産を担う農山漁村は、高齢従事者の引退等により農業者等の急減に直面しています。集落の戸数が一ケタの9戸以下になると、地域コミュニティの存立と農地の保全が困難となり、生産機能の低下に直結します。つまり農山漁村の衰退は、日本の食料安全保障上のリスクとなるのはもちろん、防災機能や緑地保全機能の低下を招いてしまいます。
そして全国の山間農業地域において戸数9戸以下の小集落は、過去20年で2・3倍に増加しました。2009年には過疎地域において自然減が社会減を上回り、もはや地域外から新しく関わる人を呼び込まなくては、人口増と活力維持が見込めない状況となっています。
――外部の人材というと、一般的に関係人口などの強化・推進がイメージされるところですが。
朝日 今回の取り組みもその一環ですが、個人との連携のみならず、持続可能な形にしていく観点で企業等との組織レベルでの連携が重要と考えています。この点、政府の「地方創生2・0」でも産(企業)官(行政)学(学識)金(金融)労(労働者)言(マスコミ)士(士業)等、多様なステークホルダーが参集して、課題解決に向け資源や知見を投入することの重要性が指摘されています。こうした理念を背景に、農山漁村の課題解決に関心の高い企業の参入促進が、持続可能な農山漁村の活性化、地域コミュニティの維持において有用と考えています。
そこで私たち農村活性化推進室では、企業による農山漁村の課題解決の案件形成やそれを実現する上での直接・間接的な資金拠出と人材派遣の必要性に重点を置き、これを企業にメリットを感じながら行ってもらえるよう、まずは、農山漁村での企業の活動によりもたらされる社会・環境「インパクト」の可視化に取り組んだところです。「インパクト」とは、〝事業や活動の結果として生じた、社会的環境的な変化や効果〟とされています。
――先ごろ、「農山漁村」インパクトの可視化に向けたガイダンスを公表されたとのこと、可視化の意義などについてお願いします。
朝日 農山漁村の課題解決に寄与することが企業にとっての共通価値の創造となり、最終的に事業リターンにも反映されるよう取り組みを進めていきたいのですが、企業サイドから具体的に農山漁村へどのような貢献ができるのか、関わり方がいま一つ分からないといった声もありました。そこで本年1月から有識者会議を開催し、本年3月には企業個々の実践可能な取り組みを明示したガイダンスを取りまとめました。
同ガイダンスでは、多くの企業の先進事例がどのような因果関係で最終的にどのような社会・環境インパクトに繋がるかロジックモデルを図示しています。その前提として、農山漁村の課題解決につながるインパクトの類型化に取り組み、ガイダンスでは七つのインパクト、すなわち「地域経済の活性化」「農山漁村の持続可能な生活環境の維持」「ウェルビーイング向上」「気候変動の緩和」「気候変動への適応」「ネイチャーポジティブ」「農山漁村における災害レジリエンスの向上」を例示しました。
企業が農山漁村に関わるメリット
――実際に企業が農山漁村の活性化に関わると、どのようなメリットが考えられるのでしょう。
朝日 農山漁村が衰退すれば、まず農林水産物を原料とする食品や飲料メーカー、外食産業等で影響が出てきます。また地域生活圏での人口減が進むと、利用者減によって鉄道・バス等の公共交通が成り立たなくなる可能性があるほか、地域住民を主要顧客とする地域金融機関や電力会社・ガス会社等の経営基盤にも影響が出ます。また地域の消費市場が縮小すると小売店の売上減を招くなど、幅広い分野でサプライチェーン全体のリスクとなる可能性があります。
反面、農山漁村へのコミットはこれらリスクの抑制を図るにとどまらず、企業にとっては新地域・新業種での新規事業創出の機会となり得るとともに、農山漁村の課題解決に寄与することで自社の本業の顧客開拓や環境整備にもつながります。また、従業員との関係でも需要に応じた技術開発に向けた課題発見・研修の場にもなり、課題解決に取り組むことを対外的にPRすることによる採用力の強化、さらにリタイア人材の活躍の場として活用する等、さまざまな方面でのメリットがあり、各種事例が生まれてきています。スポーツ選手や退職自衛官の方々等、早い年齢でリタイアされる方々との相性も良く、これらの業界との連携も期待されます。
また、前述したインパクトのうち環境関係はESG(社会的責任)投資を呼び込む契機となりますが、健康経営、災害レジリエンスの向上(発災時にすぐに対応できるよう、平時から関係づくりを行う)等についても社会課題として関心が高い分野だと思います。こうした課題にCSV(Creating Shared Value:共通価値の創造)として地方で展開することで、企業価値向上につなげていく取り組みを応援したいと考えています。
例えば七領域の一つ「ウェルビーイング向上」に関しては、日々ストレスにさらされる社員に対し、その緩和に取り組むことも今後の持続可能な企業経営において大事な要素になっています。実際に〝ウェルビーイング・イン・ネイチャー〟を掲げて、業種を超えた企業グループを形成し、社会貢献と社員のメンタルヘルス向上の両立を図るとともに、その取り組みによる効果測定を企図している例もあります。
――では、企業がインパクトに取り組んだ先、すなわちどのような変化、効果につながったのか、その測定についてはいかがでしょう。
朝日 その点は非常に重要で、効果の具体的可視化には大きな意義があります。可能な限り企業の取り組みと効果の相関性を明らかにし、貢献度を数値化することで評価に繋がる枠組みを確立していくことができればと考えています。
――しかし、一口に効果測定といっても農山漁村の抱える課題は地域によって多様ですし、継続的な測定も必要となってくるのでは。
朝日 ご指摘の通り、地域によってさまざまですが、測定方法の技術的な開発過程も含めて基準の統一を行い、成果の〝見える化〟が図れればと考えています。農山漁村は課題先進地なので、これまでにない価値基準での評価に挑戦して付加価値を高めていきたいと思っています。企業の中にはこうした数値化に取り組みたいが体制が追い付いていない場合もあり、国も専門家とともに伴走して取り組めればと思っています。
――それ故に、課題解決に向けた官民共創が必要となるわけですね。
朝日これまで農山漁村に関わりが少なかった民間企業が新たにコミットするためには、自治体、課題解決企業、資金拠出・人材派遣企業が三位一体となりエンゲージメントを創出する官民共創の体制が必要です。
農林水産省ではこのような課題解決につながる企業の取り組みを①経済面(人口減への対応と生産性向上、販路開拓等による付加価値向上)、②生活面(地域コミュニティの維持)、③多様な人材の関与による関係人口創出等に大きく分類し、それぞれに寄与する企業の地域での取り組みを11選定した上で、その実装について国も含めて伴走支援しています。例えば①では、スポットワークで知られるタイミーさんがアプリを通じ、即戦力となる短期労働者と農家をマッチングさせて、ピンポイントでの労働力確保を実現されていますが、こうした農山漁村の課題に資する企業さんの取り組みを地元自治体や中間支援組織、現場の団体の方々等とも連携して進めていきたいと考えています。