
2026/01/09
人口減が進み、将来の米需要の減少が確実視される中、日本の農業は今後どのような方向へ向かうのか。渡邊毅事務次官は今春閣議決定された「食料・農業・農村基本計画」に基づきつつ、わが国農業と国際情勢の相関という大局的見地から、農業の生産性の向上と付加価値向上に加え、農山漁村の活性化に向けた産業界や金融との新たな協働という針路を示してくれた。そこには従来方式からの変化を前提とした新しい食と農の姿がある。
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自給率38%の背景と経緯
――昨年から今年にかけまして、食料生産と供給状況に対し、消費者からの関心が高まりました。食料生産と言えば長年、日本の食料自給率低迷が課題とされてきましたが、この点の背景からご解説いただけますか。
渡邊 従来から、カロリーベースで38%というわが国の食料自給率に対し、こうした低い数値のままで良いのかという指摘やご議論がありました。ではなぜ、このような数値になっているのか、その背景と経緯に目を向ける必要があると思います。
そもそも現在の日本の人口約1億2000万人強に対し、国内農地面積は420万ヘクタールしかなく、非常に少ない。それが38%にとどまっている主因です。そして米だけではなく、小麦、大豆、砂糖など主に海外から輸入している食品も、国民の食生活において大きな比重を占めています。では、輸入している小麦や大豆を日本で作ればよいではないかという議論になりそうですが、自給率100%の国内生産に必要な農地は約1300万ヘクタールと想定され、国内の現在の農地面積は約400万ヘクタール余りですから、実現するには現在の3倍強まで農地を増やさねばなりません。
――つまり主要品目の国内栽培は、物理的に既に困難ということですね。
渡邊 はい、逆に言うと今の日本には国民の食生活を支えるのに必要な農地の3分の1しかない、ということになります。
確かに、かつて日本の食料自給率は今よりもっと高く、昭和40年ごろは70%台でした。それは、当時の総人口が1億人に満たない数だったからです。つまり、人口減少局面に入るまで、日本人は2000万人増えたわけです。この人口増に対応するため、農地を転用して住宅をつくり工場を建ててきました。すなわち人口は増加するのに反比例して、食生活を支える農地は減少していった、これが自給率低下の基本的構造となります。
――なるほど、戦後の人口増や開発との関連で自給率が語られることは、あまり無いように思われます。
渡邊 もう一つ、こちらは巷間よく指摘されるところですが、食生活の大きな変化が作用しています。昭和40年ごろ、国民一人当たりが摂取しているカロリーの4割は米からでしたが、最近では2割ほど。米は昭和40年頃も今も自給率ほぼ100%ですが、自国で賄える食品の摂取率自体が著しく低下しては、自給率もまた連動して低下せざるを得ません。
米の消費が減る一方、それを埋めるように増えたものは畜産物や油です。一般に米を食べなくなってパンを食べるようになったと言われますが、小麦の消費は1人当たりで言うと昭和40年代とほぼ変わりません。畜産物や油の摂取量が増加していますが、それにより、戦後の炭水化物偏重型食生活が解消され、タンパク質や脂質等バランスの取れた食事となり、国民の健康増進に役立ったのも確かです。
世界的に危うい需給均衡の維持
――今般、食料安全保障の問題がクローズアップされています。こちらの原因分析もお願いします。
渡邊 まずはウクライナ戦争のように、地政学的リスクの高まりによって食料供給の安定性に懸念が生じるようになりました。ただ、それ以前に世界の人口自体が著しく増加しており、地政学的リスクが高まらなくても食料生産能力が需要に追い付かなくなる可能性があります。現在はかろうじて需要に増産が追い付いていますが、世界的にも気候温暖化により、大規模自然災害の発生頻度の上昇など気候変動リスク等の高まりが懸念されており、将来的にこの均衡をどこまで維持できるか非常に懸念されているところです。
食料貿易の面を見ると、特に日本の場合、四半世紀前までは世界の農林水産物の純輸入額の4割くらいを輸入し、生産物の価格を決定し得るプライスリーダーとなっていました。しかし昨今、巨大需要国である中国が輸入額3割で世界トップの座に就き、日本の輸入額は2割に半減しています。当然、プライスリーダーも中国に移り、日本が競り負けるケースが増えています。
――日本の経済状態にも影響されますが、今では意のままに食料を購入できる状態ではなくなったわけですね。しかし食料の安定供給が不安だからこそ、自給率を高める必要があるのでは。
渡邊 一方で、2050年に向けて人口が約2000万人減少し、国内市場はより縮小していくと推計されています。それに連動して農業も縮小しては、自給率向上はおぼつきません。しかし、人口は減りつつも現在の農業を維持・拡大すれば理論上自給率は上がる可能性があります。そうなると国内需要だけではなく、海外市場への輸出拡大に注力する必要があります。当然、米もその主要品目として販路を拡大し、需要を作ることで国内の増産につなげていくことが求められます。
また、人口減に伴い、小麦や大豆の輸入量を減らしつつ国内生産を高めれば、それも自給率向上の一助になります。
農業法人の人材育成に期待
――農業の維持・拡大に向けては種々方策がありますが、生産現場の概況はいかがでしょうか。生産者の高齢化と減少による担い手不足は深刻化しています。
渡邊 はい、15歳以上の世帯員のうち、普段仕事として主に自営農業に従事している者である基幹的農業従事者の平均年齢は、現在69歳だと言われています。しかし、年齢構成を見るとこれを中央値として年上・年下ともに正規分布しているわけではなく、70歳以上の人が全体の6割を占めているのが現状です。
一般的に、80代になるとさすがに引退される方が多いことから、主要層である70歳の方が10年後に大量引退する計算となります。今の60歳代の方々は全体の約2割を占めていますが、この方々が現在70歳代の方々が引退した後の残り4割の半分を占めていて、さらにその10年後には引退することになるので、20年後には生産者数が4~5分の1ほどに急減するわけです。これまでは、ここ20年で基幹的農業従事者は半減していましたが、今後はその倍の速度で減少していきます。
――大変危機的な状況ですね。
渡邊 そうなると少ない人数で現在の農地を維持し、可能な限りの収穫量を得ていかねばなりません。このため、省人化を図ることが必須となります。
――それ故に、スマート農業の推進が望まれるわけですね。
渡邊 はい、自動トラクターやロボット、農産物の栽培に関するデータ活用、またはサービス事業体といって農家の仕事を代行する人々の育成等が考えられます。
スマート農業の導入には、機械導入だけでなく、機械の動きに合わせて農業生産の仕方も変える必要があります。例えば収穫の際、機械が動く側だけに実がなるような果樹の育て方をしたり、刈り取りが容易になるように茎が長い野菜の品種を導入することが必要です。そのために、国では新法をつくって税制や融資などで支援しています。
また基幹的農業従事者の減少をカバーする存在が農業法人です。基幹的農業従事者は基本的に個人であり、その維持に努めつつも、他方で法人の方々に頑張っていただきたい。実際に現在、法人経営体の数は個人を含めた全経営体の4%ほどですが、農地のカバー率では25%、農産物生産額は40%に達しており、すでに農業では大きな存在となっています。さらに最近、若い人たちが就農を志すとき、以前は農業系の学校を卒業して即自営というパターンが多かったのですが、今はまず農業法人に就職し、ノウハウを積んでから独立するという人たちが増えています。
――育成機関として法人の存在意義が高まっていると。
渡邊 スマート化やデジタルデータの駆使など、今後の農業に必要な新たな技術は若い農業者によって活用される傾向が高く、こうした次代の担い手によって省力・効率的な農業の実現が期待されています。
――日本のように山地が多いと、欧米のような大規模農業法人というのはイメージしにくいところですが、日本ならではの経営とはどのような方向性でしょう。
渡邊 昨年6月、25年ぶりに改正・成立した新しい「食料・農業・農村基本法」においては、生産性向上とともに生産物の付加価値向上を掲げています。すなわち規模による拡大の追求だけでなく、品質の向上等により、良いものをより高く売る、という姿勢で農業経営を志すことが重要だと認識しています。
特に果樹などは高品質な果物を海外に輸出して高値が付いているように、中山間地域など規模の拡大が難しい地域では付加価値向上が重要な方策になると思います。この他、水田における乾田直播や、再生二期作といった新たな農法の導入やドローンによる的を絞った農薬散布などの新たな技術導入といった、大規模化以外の手法によるコスト低減も大事な方策です。