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【森信茂樹・霞が関の核心】 金融庁長官/伊藤 豊氏

地域金融の役割に期待

森信 地方創生も政府が長年取り組んでいる大きなテーマですが、それには地域金融の役割と機能が非常に大きいと思われます。一方、地銀については一部で国債金利の上昇による含み損なども報道されています。全体として、どのような状況でしょうか。

伊藤 地域金融機関はもっと、いろいろな活動ができると私たちは考えています。もちろん、金融庁としてベースとなる監督行政の視点から、財務の健全化や適正な業務遂行などは当然行ってもらわねばなりませんが、その上でご指摘の通り地域の活性化において地域金融機関の役割は非常に大きく、実際に良い業務を数々打ち出しています。例えばネットワークを活用して、M&A支援を含むさまざまな支援を盛んに行っているのもその一部です。

森信 それは事業者対事業者のような?

伊藤 それに加えて、事業者対行政、対大学、対NPOなど、地域におけるハブとして展開している例が多々あります。そこで私どもは、地域特性はそれぞれ違えど、こうした地域金融機関の活動を全国展開すべく、個別の地域金融機関が取り組んでいる事例をもっとオープンにアピールするよう推奨し、かつサポートしていく方針です。

森信 以前から、地域の優秀な人材は地銀に集まると聞きました。その人材が必ずしも活用されていない、ということでしょうか。

伊藤 活用はされています。しかしもっと活用の余地がある、と私たちは捉えています。地域金融機関というか、金融機関の業務というものに対する既成概念、すなわち預金を集めて融資するという基本業務の枠を乗り越え、これまでの規制緩和も活用してもっとさまざまな業務を開拓してもらいたいと思います。

森信 地方金融機関は概して国債運用に頼る部分があり、金融が正常化していくと含み損などが拡大している可能性があります。この動向について金融庁はモニタリングなどをされておられますか。

伊藤 しています。綿密にモニターし、シミュレーションし、ウォーニングも発しています。この点こそ、私たち監督行政のレゾンデートルですので、日々しっかり実施しています。

森信 小規模な信用金庫なども対象に?

伊藤 はい、信用金庫であれば信金中金や、信用組合なら全信組連など中央組織と連携しながら、もしくは個別の金融機関ともやり取りしながら問題発生の未然防止に努めています。

森信 モニタリングが厳正に行われているので、今後も大きな問題は発生しないだろう、という認識でよろしいでしょうか。

伊藤 その通りです。かつ、そうあらねばなりません。

監督局機能の二分割構想

森信 庁内を一部改組する構想がおありとか。

伊藤 二点あります。一つは、モニタリング部隊の監督局内への統一です。これまでは同機能の大半が総合政策局内に、一部が監督局内に置かれ、それぞれの所掌を総合してモニタリングを進めていたのですが、本年7月より総政局の部隊を監督局の中に移しました。その結果、監督局が大きくなりすぎたため、二つに分割して資産運用と保険の監督局、銀行と証券の監督局に区分するべく、現在機構変更の要望を出しております。

森信 行政として監督と指導、どちらを重視すべきか以前より議論されているところですが、改組によってこの点はどのようなバランスになりそうでしょう。

伊藤 言葉としての「監督」「指導」の定義にもよりますが、私自身監督局長を3年務めた間、統制強化といった〝北風〟対応に終始してきたわけではなく、同時に、経営人材のマッチングなど金融機関を応援し事業を伸長させていくような〝南風〟的な対応も、監督局内で展開してきました。「監督」というのは、金融機関をプロモートすることも含む概念だと思っています。

森信 検査業務はどちらに?

伊藤 こちらも監督業務と一体化となります。ただその場合、どうも〝処罰のための検査〟という位置付けで一部報道されがちですが、監督とは徹頭徹尾、金融機関に良くなってもらうことを本分としているため、監督だけしてプロモーションしないということは決してなく、いままでもプロモーションをやってきたし、これからもしていく方針に変わりはありません。

 ただ、どこに監督や検査の力点を置くべきか、それはその時々の事案によって異なります。かつて不良債権問題が噴出した時は、不良債権の解消に力点を置き、それに基づき検査や自己査定について厳正な運用を図りました。

 しかし、中長期的将来における金融機関の健全性を図るのであれば、顧客や地域の支持を得て、将来にわたって安定経営してもらわねば困るわけですので、平時は稼いでもらう方に力点を置くことになります。

暗号資産を金商法へ位置付け

森信 次世代Web3・0到来の現在、ブロックチェーン技術が登場し、暗号資産(クリプトカレンシー=crypto currency)等が相次いで出現し、従来になかった世界が形成されています。私の記憶では数年前に、当時の金融庁トップの方から、これら暗号資産等はうまく育成していくべきではないか、との意見をいただきました。その言葉通り、金融庁は世界の金融当局に先駆けて、育成方向の施策を打ち出されました。この方針は基本的に現在も?

伊藤 はい、変わっておりません。暗号資産に関しては現在、金融審議会のワーキング・グループにて、金商法こと金融商品取引法の中に暗号資産をどう位置付けるか議論を進めており、次期通常国会に関連法案を提出したいと考えています。

森信 議論の方向性としては、金商法の中に暗号資産全てを位置付けるのではなく、暗号資産のうちの投資信託的な性格を持つものを位置付けていく、という内容でしょうか。

伊藤 例えば、暗号資産の中には、ステーブルコインという法定通貨の裏付けがあり価値の変動がないものがありますが、これは資金決済法において引き続き制度上位置付けられることになります。他方、現在、資金決済法に位置付けられている暗号資産のうち、例えばビットコインなどは通貨というより金融商品としての性格を色濃く有しています。さらに知名度はそれほど高くないものの、資金調達のために発行される種々の暗号資産もあります。

 こうした価格変動するもの、資金調達目的のものなどを、資金決済法から移して金商法の中に位置付けるべく議論を進めています。ただ暗号資産は有価証券とは性質が異なりますので、どういう規定の仕方や位置付けにするのが適切なのか検討しているところです。しかしいずれにしろ、インサイダー取引等、不公正取引が行われないような仕組みの設計が必要なのは言うまでもありません。もしくは発行の目的が資金調達であれば、発行元が資金を何のために使うのかディスクロージャー(情報開示)するような制度が必要です。つまり金商法に位置付けられている既存の各種規定との関係で、暗号資産という新たな対象をどう整理していくべきか、制度設計している段階です。

森信 暗号資産の中には、例えばゲームの中だけで流通されるような、かなり限定的な使われ方をするものもあり、それが広まると果たしてどこまでモニタリングできるのか懐疑的に思えるのが正直なところです。

伊藤 暗号資産を取り扱う暗号資産交換業者と、(新たに制度整備した)暗号資産サービス仲介業者を通じて、流通状況の管理を図る枠組みです。ある意味、暗号資産交換業者に対しては上場企業に類似した義務を課すようなことが必要ではないか、といった議論をしています。

 とはいえご指摘のように、暗号資産は日進月歩で進化・流通していますので、その変化に応じて今後対応を変えていく可能性がありますが、取りあえず現状ではこうした整理で対応していこうとしています。

暗号資産事業者から税務当局に報告を

森信 このあたりがおそらく、税の問題にも深く関わってくると思われます。税の場合、利益が出れば課税をするのが基本原則ですので、利益の発生が生じた場合には課税するということになります。しかしWe b3・0では今後、暗号資産が次々に生まれては仮想現実のような世界で流通していく、こうなると税当局の把握もおのずと限界がある。かといって放置もできない、これは非常に悩ましい問題であると私は捉えています。

 こうした背景の下、暗号資産の取引所とか仲介業者などに課税の接点や根拠を求めていく、というのが現実的な方法論のように思われますし、実際に現在、税制改正の要望を出されていると聞きました。

伊藤 はい、その方向に向けて議論しています。例えば私と森信先生の間で、暗号資産の取引があったと仮定します。しかしその取引内容は外部には詳細がわからず、そうした取引に対して税をかけるのは困難です。従って、金融庁に登録された交換業者、仲介業者等、私たちが監督できる業者の方から税務当局に正しく報告が行くような仕組み作りが前提となります。

森信 なるほど、これまではビットコイン等の暗号資産が資金決済法上に位置付けられているため、消費税は非課税かつドルと同じように交換利益は雑所得としているわけですが、これから金商法へと法の位置付けが変われば課税方法も変わってきますね。

伊藤 金融商品としての側面が表れてきたことは事実です。

森信 そうすると、暗号資産による利益は譲渡益ではないか、との議論も有り得ますね。現に米国では原則譲渡益、すなわちキャピタルゲインとして捉えていて、キャピタルゲイン課税となっているようです。

伊藤 米国も第2次トランプ政権以後、ジーニアス法というステーブルコインの規制に関する法律が整備されました。また米国でも暗号資産の政府当局を、証券取引委員会(SEC)と商品先物取引委員会(CFTC)に分けるという法律を提出中ですが、暗号資産の現物はデリバティブ(金融派生商品)を取り扱うCFTCで担当し、資金調達に関わることはSECが担当するという形に整理しています。

森信 民間事業者の最大の関心事は、まずは、暗号資産取引による利益が雑所得から離れ分離課税の金融所得になるかどうか、この点でしょうね。株式などとの損益通算まで行くためには、さらに仮想通貨が国民の資産形成に役立っているかどうかなどのハードルがあると思います。

伊藤 はい、私たちもその点を焦点としつつ、同時に金商法上の整理、投資家保護のための制度整備、交換業者から適正に税務当局へ報告が行くか等々を、一体的に議論を進めているところです。

森信 長官は週末、気分転換などはどのように?

伊藤 私は学生時代、東大野球部でキャッチャーをしていたので、いまは野球の試合そのものはしていませんが、野球観戦は生活の重要な一部ですね。最近は米国大リーグもLIVEで見られますし。

森信 本日はありがとうございました。

インタビューの後で

 今回のインタビュー、素人の質問に対して、常にポイントを押さえた明確なお答えを、資料などを一切見ずにお答えいただいた。伊藤長官とは長いお付き合いだが、頭脳明晰というだけでなく、胆力のある方と思っている。今後のご活躍を大いに期待したい。
                                              (月刊『時評』2025年11月号掲載)