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【森信茂樹・霞が関の核心】厚生労働事務次官 伊原 和人氏

担い手不足をどう乗り越えるかが論点

森信 こうした一連の社会保障制度改革議論も、人口動態を背景としています。少子化・人口減の今後はどのように想定されているのでしょう。

伊原 私が公務員として大半を過ごしてきた平成の間、社会保障の主要論点は、ニーズの拡大に対する給付をどうするか、そして、その財源をどう確保するかでした。財源の問題はこれからも存在し続けるわけですが、今後の議論の核心は、人口減少下で日本全体として担い手確保が難しくなる中で、医療・介護の現場をどう回していけるのか、という問題になると考えています。

 2050年の将来推計人口を見ると、各府県の人口は20年比で平均して2割減、高齢化(65歳以上)率は25の道県で40%超にのぼります。秋田県に至っては高齢化率50%に達します。県民の半分が高齢者となるわけです。これをどう乗り越えていくのかを具体的に考えていく必要があります。

森信 他方で人口が減るということは、需要の内容もまた変わっていくということですね。

伊原 はい、医療需要も40年に向けて大きく変化していきます。例えば外来患者は大部分の医療圏で20年以前にピークを越えています。つまり、一部の都市部を除くと、今後、診療所を開業しても、外来だけをやっているのでは、経営は厳しくなる可能性が高いということです。

 一方、今後、85歳以上の方が増える中で、在宅医療は大きく伸びていくことが見込まれています。85歳以上の方の6割は、介護認定を受けており、「ときどき入院、ほぼ在宅」という形で、医療と介護の両方の支援を在宅で受ける方が増えるからです。つまり、外来患者は減るけれど、在宅医療は増える。これを医療提供の面で考えると、クリニックに来てもらった方が効率的です。しかし85歳を過ぎるとそれは難しい。だからといって、アウトリーチ型の医療はこれまでのやり方だと、人手がかかってしまう。これからは、この在宅の医療や介護のサービス提供の在り方そのものが課題になると思います。

森信 具体的にはどのような対策が考えられるでしょうか。

伊原 やはりモバイルクリニックやオンライン診療等のDX(デジタルトランスフォーメーション)による省力化、省人化ですね。デジタルを活用したサービスの効率化は、最も力を入れて取り組んでいくべき課題だと思っています。

 アウトリーチ型のサービスではありませんが、東京大田区にある特別養護老人ホームでは、見守りセンサーやロボットの活用により、10年前は入所者1・9人に対し職員1人の配置を要していたところ、現在は2・8人に1人の配置で運営が可能となりました。そうなると少人数化とともに、職員1人当たりの給与増にもつながっています。

森信 介護に関して言えば、現在は小規模介護施設が乱立している状況ですが、これを整理・統合して大規模化していく方向が望まれますね。

伊原 今後を考えると、大規模化・協業化は選択肢だと思います。DXの導入という点では本格的な取り組みがやりやすいですし、職員にとって、働く場所・ポジションが複数存在する分、職場定着につながる可能性も高い。また、今後の在宅サービスの需要の拡大を考えると、サービスの多機能化が必要であり、運営母体の大規模化は利点でしょう。一方、サービスの質という点では、小ユニットでの運営の方が利用者の満足度が高いとの指摘もあり、法人の規模とサービス提供の単位とは分けて考える必要があるようにも思います。

高齢者の若返りと就業に期待

森信 それにしても超高齢化の進展は、国にとって難題ですね。

伊原 前向きな話題を紹介させてください。高齢者が若返っているという話です。文部科学省が実施している体力テストでは過去約20年で男女ともそれ以前に比べ約10歳若返っています。

 また、高齢者の年間の外来受診日数も、例えば80~84歳で見ると2010年時点の35日から、19年には29日へと大きく減っています。また15年と23年の要介護認定率を比較すると65歳以上のどの年齢区分でも認定率が下がっています。

(資料:厚生労働省)
(資料:厚生労働省)

森信 総じて高齢者自体が元気になっていると。

伊原 はい、健康になってきていると言えるでしょう。こうした状況を背景に高齢者の就業率も右肩上がりで、03年当時、65~69歳で働いている人は3人に1人でしたが、今や2人に1人です。65歳は年金支給開始年齢ですが、にもかかわらず半分以上の人が働いているわけです。70~74歳でも同様で、かつては5人に1人だったのですが現在は3人に1人、仮にこのペースで推移すると50年段階では70~74歳で働いている人も5割を超える可能性があります。

 先ほど秋田県の高齢化率は50年で5割になると申しましたが、仮に、このペースで高齢者の就労率が高まっていけば、秋田県でも地域社会が回っていくと期待できます。高齢化が進む中でも元気に働き続けられるような社会とすることが、厚生労働行政にとっても重要なテーマであると考えています。

森信 年金制度のみの議論では何かと拒否反応が先立ちがちですが、労働政策と並立させていくことが一つの方策ですね。

伊原 現在の年金制度は、働き続ければその分加入期間が延びて年金額が増えていく仕組みがあります。年金をめぐる議論ではマクロ経済スライドによる今後の年金額の低下を懸念する声があり、その処方箋が求められていますが、高齢者の若返りを考えると、より長く働くことによるアプローチも選択肢になります。高齢者が長く働ける環境を整備していく政策とあわせて考えていく必要があると思います。

森信 年金だけではなく医療保険の分野にマクロ経済スライド方式を導入すべきという意見もありますが、次官はこの案についていかがお考えでしょう。

伊原 医療費は、単価(P)×量(Q)、そして医療技術の進歩(高度化)その他の要因(α )で決まります。このうちQは長らく年率3~4%で伸びてきましたが、現在は0・2%ほどの小幅で推移しています。今後の人口減に伴う需要の減を見通すと、再び以前のような水準になることは無いでしょう。Pは診療報酬改定によって改定されるわけですが、基本的にはその時々の賃金・物価動向に連動するはずであり、税や保険料と同様に経済動向とパラレルに動くように思います。

 そうなると、α(高度化その他の要因)がポイントになります。例えば現在の薬よりも効果が高い新薬が登場すると、通常、価格が高くなります。当然、医療現場では、効果が期待できる以上、今の薬から新薬にシフトするわけです。こうした医療の変化を高度化と呼んでいます。これまでの経験則では、この高度化を含め、PやQ以外の要因(α)で結構、医療費が変動します。ちなみにコロナ前の5年間(平成27年度~令和元年度)を見ると、0・1%減~2・9%増(平均1・3%増)となっています。

 残念ながら、医療のイノベーションは不連続で生じることもあり、高度化等による医療費の変動をあらかじめ予測することは難しい状況です。年金におけるマクロ経済スライドは、経済動向と人口動態のみを調整する仕組みですが、医療保険で同様の仕組みを考えるとすれば、こうした高度化等の要因、すなわち、予測が難しい上に、医療の質を左右する要因をどうするかといった難しい課題があります。

給付付き税額控除、導入の意義と課題

森信 現在、政府は給付付き税額控除の導入も含めた社会保障改革議論を進めようとしています。

伊原 高市総理は昨年10月24日の所信表明演説において、「税・社会保険料負担で苦しむ中・低所得者の負担を軽減し、所得に応じて手取りが増えるようにしなければなりません。早期に給付付き税額控除の制度設計に着手します」と明言されました。その上で「超党派かつ有識者も交えた国民会議を設置」していくと方針を打ち出されました。

森信 給付付き税額控除の検討をどのように認識されていますか。

伊原 現在の税・社会保険料負担は所得が低い層にとって相対的に重いとの指摘をしばしばいただくところであり、所得の再分配の仕事を担当する私どもにとっても、この給付付き税額控除は重要なテーマだと思っています。

 私ども社会保険制度を運用している者としても、これまで、国民健康保険、介護保険といった「地域保険」において、低所得者の方の保険料負担の軽減に取り組んできたところです。しかし、社会保険制度は、保険料を負担いただくことを前提に給付を行う仕組みであることから、低所得の方であっても、どうしてもそれなりの負担をお願いする必要があり、制度の枠内で対応するには限界があります。

 例えば、サラリーマンを対象とする被用者保険においては、標準報酬に一律の保険料率が乗じられて保険料を負担する仕組みとなっており、所得が少ないとの理由で保険料の軽減は行われていません。今回の給付付き税額控除の提案は、これまでの社会保険の枠内では対応できなかった部分を含め、射程に入れて、議論されるところに意義があるものと理解しております。

森信 では導入に当たり、課題とされるのはどのような点でしょう。

伊原 制度面では、導入の目的・支援対象の範囲(個人単位か世帯単位か等)・給付額などの具体的設定、また生活保護や児童手当など既存の社会保障施策との関係の整理、そして安定財源の確保などです。また実務面としては、金融所得の取り扱いや所得が把握しきれていない非納税者の取り扱い、給付に必要な事務負担への対応等々が課題となるのではないかと思います。

 この制度がこれまで実現に至っていない理由の一つには、特に、実務の面で具体的なイメージが整理されていないことがあるのかなと感じています。

 支援対象の範囲を決めるに当たって、中・低所得かどうかの判断を行うといっても、「住民票上の世帯」の範囲で捉えるのか、それとも税や社会保険のように「税や保険料の負担者+被扶養者」の範囲で捉えるのか、また、所得把握といっても、年末調整や確定申告で把握されていない場合はどうするのかなど、実務面で解決すべき課題があります。

 生活保護をはじめとする社会保障制度でも、それぞれの制度ごとに、支援対象の範囲や把握すべき所得の範囲等が決められていますが、これらは、制度の目的に加え、対象数や事務負担の程度を勘案しながら設定されています。今回の給付付き税額控除の場合、おそらく国民の相当程度をカバーする仕組みとなることが想定されますが、この事務スキームが結構重要な課題になると思います。

森信 課題山積ですが、厚労省としては前向きに対応する方向だと捉えてよろしいでしょうか。

伊原 はい、検討課題は多々ありますが、そもそも、私どもが担当する社会保険や社会福祉を支えるインフラになり得る制度だと思いますので、しっかり取り組んでいくつもりです。

森信 本日はありがとうございました。

インタビューの後で

 「伊原次官は熱い人だ」、これがインタビュー後の率直な印象だ。社会保障改革を極めて前向きに捉えられ、議論は予定時間をはるかにオーバーした。取り巻く政治環境が複雑化する中で、リーダーシップのある次官が厚労省を引っ張っていかれることを大いに期待し、また支援したい。
                                                (月刊『時評』2026年2月号掲載)

※(この原稿は、2025年12月26日にインタビューを実施し、2026年1月19日に最終校正を行いました)