
2026/06/04
私の名前は松下菜々子。深川門前仲町で久寿乃葉という小料理屋を営む。未婚、子なし。恋人募集中。
世間の皆さんあるいはお店の常連のお客様同様、将来に不安を感じている。砂浜の真砂が尽きないように、私の老後不安にも底がない。同年代の客も同様と見えて、カウンター席でも座敷席でも、その種の会話が多いように見受ける。客の話に合わせるのは接待の基本。菜々子も、新聞、テレビ、図書館で、その種の勉強に怠りはない。
年金学会を聞く
カウンター席の中央に陣取るBさんとKさん。70代なかばで元同級生。話し合うのはご多分に漏れず、老後の生計費とそれに絡む少子化問題。
「今年の学会はどうだった」と尋ねたBさん。非常勤で勤める大学での講義時間に重なりネット参加したものの、全部を聞くことはできなかったという。
「キミが会場にいなくて、質問攻めに遭わずに胸をなでおろした発表者が大勢いた」と応じているKさんは年齢を理由にすっぱり仕事を辞め、FIRE(早期リタイア)生活を宣言して数年になる。時間はあるから全期間しっかり参加した。
公的年金と私的年金
一口に〝年金〟というが、政府運営の公的年金もあれば、企業が従業員のために制度化する企業年金、さらに金融機関が商品として販売する個人加入の年金もある。若い時に保険料(掛金)を納付して、老後に受け取ることが共通点。しかし財源工面の方法で、資金運用が命の積立方式と、そのときどきの現役世代に順繰りに負担を求める賦課方式に分かれる。後者の場合、保険料の強制徴収が必須事項であるから、法律が制度の根拠になり、わが国では基礎年金(国民年金)と厚生年金がこれに該当する。
ここでおさらい。巨額な資金を保有する積立方式の方が一見安全のように見えるが誤解の元。ひとたびインフレに見舞われると、積立金の実質目減りが生じ、約束の老後暮らしは絵に描いた餅になる。昭和17年に発足した厚生年金は、敗戦後のハイパーインフレで破綻し、賦課方式に移行することでようやく復活できた。賦課方式の優位性を有名経済誌で論証したのはこの人ですと、数十年前の業績を学会の代表幹事から改めて紹介されて面映ゆかったとKさんが少々の自慢を加味して説明してくれた。
「最近の研究者は数字には強いが、過去の制度改正のいきさつ、特にその時代の国民の生活状況や世相について勉強が足りない。まして国際状況、例えば東西冷戦などとの関係を分析しない。〝年金モンロー主義〟の考えでは、国家存立に基盤となる年金制度構築は難しい」。Bさんの補足も加えればこういうことになる。
働く期間を伸ばすWPP理論
わが国は少子高齢化において、類例のない未踏の領域を驀進している。地球温暖化防止の観点では、子どもが生まれない日本は人類史に残る優等生だが、その挙句に国民経済が衰亡して国際社会で落後するのでは政治指導者は国賊である。出産増対策として毎年度兆円単位で予算を増やしているが、逆比例で出産数が減っていく矛盾に国民だれもが暗澹。
確実なのは公的年金の将来が危ういこと。先行き不安では国民も企業も元気が出ない。これがわが国の「失われた30年」の重要側面。年金が破綻しないことを政府が確約できなければ先行き地獄。菜々子でなくてもそう思うだろう。それへの答えの一つとして学会で論じられたのがWPP理論とか。
外来語に強くない菜々子は当然初耳。WPC(World Peace Council=世界平和会議)、WFP(World Food Programme=世界食糧計画)あるいはWLB(ワーク・ライフ・バランス)なら聞いたことがあるが…。Bさん曰く、work longer(極力長い期間労働に従事して)の後は、まずprivate pension(積立方式の私的年金=企業年金や個人年金)を受け取り、人生終末期にpublic pension(賦課方式の公的年金)を受給する考えとのこと。
そこまで聞けば菜々子も理解できた。少子高齢化とは、人口ピラミッドの三角形が上下逆転した形になること。現役年齢層が高齢人口の年金財源を負担するのだから、神輿(引退層)が増えて担ぎ手(現役労働層)が減れば神輿を維持できない。しかし、労働からの引退年齢を遅らせれば神輿は軽くなるし、逆に担ぎ手に加わることになる。そうなれば年金は破綻しない。これが最初の〝W〟、すなわちwork longer。
完全引退すれば年金生活だが、長寿化(人生百年)でその期間が昔とは段違いに長い人が増えている。その全期間をインフレに弱い私的年金に頼るのはリスクが大きすぎる。そこで私的年金の支給年数を限定して、先に短期間にまとめて支給。これが最初の〝P〟であるprivate pension。そしてそれでも生き残っている人に二つ目の〝P〟であるpublic pensionを支給する。
「コロンブスの卵」みたいな理屈だけど、筋は通っている。これを現実化するには、企業の早期定年を認めない(アメリカのように年齢差別禁止法を作って徹底するなど)、国民もある程度の歳になれば正規雇用にこだわらずに、体調と相談しながら稼得労働をすることが必要になる。そうした非正規、短時間労働、さらには雇用形態ではない自営業形態をも厚生年金に加入させることで、年金破綻を回避する論法だったとKさん。
高齢者の定義
だが手放しで受け入れられる状況にはないようだ。負担増隠しの意図が見え見えだとして経済団体や労働団体が警戒しているとBさん。長く働くインセンティブになるように年金受給開始年齢の個別化、すなわち任意の支給開始年齢繰り下げの選択を75歳あるいはそれ以降にまで拡大しようとするのだが、公平性の問題、実務上の問題など詰め切れていないとKさん。この人、暇に任せて社労士試験に受かった。
国民生活に密着する年金制度では簡明単純が一番。これは菜々子など庶民の直感。「年金を何歳から受け取るかは個人の選択です」と言われてもねえ。そして考えた。
長寿命は全般的健康度が改善した成果であり、老け込む年齢も遅くなっているはず。だから長く働くこと(work longer)が可能になる。ならば年金支給年齢である高齢者の定義年齢を75歳に遅らせるなどの真正面からの議論が必要なのよ。例えば、その前提として、世界最長寿を達成したわが日本では、65歳は高齢準備年齢に過ぎず、75歳以降を高齢者、そして90歳をもって超高齢者と呼ぶことにすると。
勘がいいKさんが引き取った。「75歳で引退し、そこから私的年金を受給し、90歳から晴れて公的年金の受給者になる。90歳の長寿者はいくら増えても同年齢者の半数程度までだろう。そうした長生き達成した人へのご褒美が、後ろ世代からのプレゼントの公的年金ということになれば、年金破綻は回避できる」
75歳までの働き方で個人の選択
「年金の制度破綻と同時に、引退者の生活破綻も避けなければ」とBさんが提案する。
「公的年金のうち〝国民連帯〟を声高く定義しているのは基礎年金。もう一つの厚生年金加入は雇用労働者だけ。そして財源の半分は事業主で、『退職金替わり』意識で保険料を負担している。就労引退、即厚生年金受給でなければ賛同を得られないぜ」
Bさんの説は、労働メインの生活は65歳まで。65歳から75歳までは部分就労プラス企業年金。本格引退の75歳から厚生年金を受け取るが90歳までの有期制にする。そして非就業だった者を含め90歳以降の超高齢国民は基礎年金だけを受給する。これでどの年金も金額を増やせる。基礎年金など3倍増にすることも楽々可能だと、人口予測を基にした計算式を示した。公的年金を先に厚生年金、後に基礎年金と分けるので、W(労働)+P(私的年金)+P1(厚生年金)+P2(基礎年金)のWPPP理論であると「P」を一つ加えた。
Bさんは当時の定年60歳で退社して以降、大学の非常勤講師以外は仕事をしていないが、それは企業年金が潤沢だったから。その支給終了が75歳となっている関係で、公的年金の受給開始時期は最大限繰り下げている。
「企業年金や退職金が十分でない者はどうなるのよ」の指摘へのBさんの答えは、「そういう企業は75歳までの定年延長で対応する」。厚生年金受給年齢より前に従業員を強制退社させる代償が企業年金あるいは退職金であるというのがBさんの認識だ。
外国人が職を奪う怖れ
Kさんによると学会であえて避けられていたのが外国人労働者問題。単純労働者を含む無秩序の移民流入に対して国民は危機感を強めている。一部外国人集団が引き起こす文化的摩擦や粗暴犯罪など治安悪化についてはようやくマスコミなども論じ始めたが、社会保障など国民生活の根幹制度への影響も、本来、関係者がしっかり検討しなければならないはず。そもそもwork longer (できるだけ高年齢まで働く)は労働力稀少性が前提であるから、外国人流入はWPP理論の成否と大いに絡んでいるのだ。
年金は国民の問題
19世紀や20世紀に公的年金制度を考えた人は、労働力が国境を超えて大量に移動することを想定していなかった。わが国の公的年金は賦課方式で、若い世代の稼ぎの一部が高齢者の購買力になって国内経済を動かしている。出稼ぎ外国人が母国に帰る。その者に年金を海外送金すれば国内市場はどう影響を受けるか。Kさんが菜々子に答えを促す。
それが将来の姿とすれば当然まずい。国内に骨を埋める覚悟の者のみが公的年金加入資格を持てる、とすることが必要かもしれないわね。それで思い出した。政府の少子化対策は一時出稼ぎ外国籍者の出生にも手厚い支援を行っている。その子は親とともに母国に帰る。日本国民の社会保障の観点ではどうなのか。今日は疲れた。明日になって考えよう。
(月刊『時評』2026年5月号掲載)