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菜々子の一刀両断ってわけにはいかないか……【第268夜】

〝社会的弱者〟

写真ACより
写真ACより

 私の名前は松下菜々子。深川門前仲町で久寿乃葉という小料理屋を営む。未婚、子なし。恋人募集中。
 世間の皆さんあるいはお店の常連のお客様同様、将来に不安を感じている。砂浜の真砂が尽きないように、私の老後不安にも底がない。同年代の客も同様と見えて、カウンター席でも座敷席でも、その種の会話が多いように見受ける。客の話に合わせるのは接待の基本。菜々子も、新聞、テレビ、図書館で、その種の勉強に怠りはない。

世情は厳寒?

「立春が過ぎたのにまだ寒いですねえ」と久寿乃葉名物60度階段を駆け上がってきたMさん。両手をポケットに入れている。

「危ないなあ。歳を考えなさいよ」と出迎えたが、先着のAさんは辛辣。

「立春とは新しい年の始まりの意味。昔は日が長くなり始める〝冬至〟から新年としたが、これから寒くなるのに何だということになって、少し先に延ばし、〝春分〟との中間をもって年の始まりとして〝立春〟と名付けた。だからまだ寒いのは当たり前」と説教ムード。現役教授だった頃の癖が抜けないのかしら。

 背筋こそピシッとしているが、控えめに見ても90代初頭。対するMさんは年金生活に入ったばかりというから60代後半か。舅と婿さんでも通じる年齢差だが、教授と大学院生の関係だったとか。師匠と弟子と言い換えれば、世間には通じるだろう。

刑事がのけぞる

 ロシアのプーチンも、中国の習近平もやりたい放題。周辺の弱小国はたまらない。わが日本国も、駐日総領事(在留トップ外交官)から「日本の現首相の首を切ってやる」と威迫されたのに、前首相がその外交官や背後の中国政府に媚を売って同調するなど、情けないに尽きる。Aさんとこんな話をしていた中の「弱者」の言葉がMさんの耳に入ったようだ。

 彼は例え話として、テレビドラマを持ち出した。Mさんが見た刑事ものでの一シーンで、凄惨な殺人事件容疑で逮捕された男が取調室で嘯いた。「俺たち暴力団は世間からつまはじきされて肩身が狭い〝社会的弱者〟だ。もっといたわる気遣いはないのか」。〝弱者〟の言葉に過剰反応した若い刑事が固まってしまった際の表情が印象的だったとMさん。

「〝社会的弱者〟は魔法の言葉になっているようですね。その中国は国民の富を核兵器や空母など戦略軍備の増強に狂奔しつつ、〝自国民の平均所得が低いのは、アメリカを中心とする西側諸国の経済制裁が原因だ。弱い者いじめをやめろ〟と叫んでいます」

 どう見ても倒錯したロジックなのだけれど、軍民挙げて、さらに他国に張り巡らせたエージェントを使って繰り返されると、民主主義国内では「そうなのかも」と同調する者が現われ国内分断が起きる。そうすると外寇への防御力が弱まる。そうして起きている現実事例がウクライナで、その先に見えるのが台湾。日本の政治家には、文字どおりの生首をかけて自国民と国家を守る気概を持ってほしい。声を出さずとも億余の国民が思うことだろうとAさんがまとめたところで、物価を含む生活問題に話題転換。

給付付き税額控除

 新しい与党(自民党と維新の会)が「給付付き税額控除」制度の検討を始めたと報道されている。その仕組みがトンと分からない。菜々子の頭での理解はこうだ。稼いだ所得の一部を国家国民のために提供してねとして制度化されたのが所得税。最古参のイギリスで1799年、ナポレオン相手の戦費調達手段。わが国は明治維新後の1887年と新聞で読んだ。

 当然、所得が少ない者からは徴収しない(ⅰ)。そうした非課税者には、国家から逆にお金を交付する。そうすると仕事が順調なときは稼ぎの一部を国家に納付し、不調のときは国家から給付を受けることで、一生のタームでは、各自がプラスマイナスの結果、それぞれ相応額を国家に納めることになって、国民と国家の信頼関係がより強固になる。

「まあ、そんなところでしょうね」とMさん。菜々子の疑問は「そうなると生活扶助(ⅱ)は必要なくなるはずね」という点だ。

「難しいところで、生活扶助を吸収廃止する考えもあれば、並立させる考えもある」とAさん。いい加減!どちらにするのか、それが新制度考案の一丁目一番地でしょうに。

日本国籍 パスポートの記述

 ところで生活保護の対象に外国人が含まれるのかの議論がある。憲法の根拠規定(25条1項)が「すべて国民は…」とあることから、対象は日本国民に限られるはずだし、最高裁もその説を採っている。他方、〝社会的弱者〟に国籍の壁があってはならないという説があり、外国人も所得税を払っているのだからと補強する。

 ここでややこしいのが、外国人も「日本人に準じた扱いをする」との政府の行政通達。これに基づいて全国の自治体が外国人に生活保護を支給している。

 自分は人権論者であるが…と前置きしてMさんが自説を展開した。そもそも国籍とはなにか。国民国家としての究極の身分証明が国籍であるというのが彼の主張。わが国是は主権在民。国家の構成要素である自国民の安全と生存を守るのが国家の役割使命。憲法が「国民」と明記する以上、それに異国人が入り込む余地はない。

 そうはいっても現実には外国人に生活保護を適用して何十年にもなるのでしょう、と菜々子の追撃。詰まったMさんにAさんが助太刀。

 戦後の混乱期、戦勝国民を僭称した外国籍在住者による権利要求運動には過激なものがあった。歴史的に封印されているようだが、当時の新聞には交番襲撃なども散見される。その一環が生活保護要求。たしかにそれら外国籍者は、敗戦によりいきなり国籍離脱処分になったのだから。「当時を若干でも知るボクの見解は、当時の状況ではその種の外国籍者には歴史的経緯や現状の苦境から生活保護の準適用は必要だった。だが、その後経済状況は改善し、状況は様変わりだ。法律が求めるあるべき姿に戻すのが当然だ。それを怠ってきた政府の担当部局責任者には、支給を廃するべきと客観的に判断できる時点以降に不当に支出された違法出費総額を、〝個人の責任として〟国家に賠償させるべきだと思うね」

 お酒の勢いもあってかAさん、少々過激発言では……。

不法滞在、密入国、不法残留

 〝社会的弱者〟として注目されているのが、いわゆる不法在留外国人。Mさん曰く、「ある政党の党首が、『不法入国者は偽造あるいは他人のパスポートを使ってやっとの思いで日本に入国しているんです。保護するのが人の道です』といった発言をしていて、のけぞってしまいました」。この人、よくのけぞる。

 Aさんが論理的に補足。主権国(独立国)は自国民を他国民から区別する。その一環としての出入国管理制度。それに反している者は違法行為者。よって処罰対象になる。これが法の常識。違法行為がとがめられなければ、もはや主権国ではない。

 外国人の混住を認めないことで近代国民国家は成り立つ。外国籍者に長期的あるいは短期の期間を設定し、個別審査の上で在留を認める。その要件に満たない者は在留資格がない。ということはこの国にいてはならないのだから、国外退去以外の解決策はあり得ない。

 論理的にはそのとおりだ。ではなぜ反対者がいるのだろう。別の政党党首は街頭演説でこう述べている。「みなさん、日本という国が外国人から行きたい国と思われなくなってもいいのでしょうか。そういう〝排外主義〟では国の将来が危ぶまれます」

 似たような論調に、母国では少数派として迫害されてきた人たちを積極的に受け入れて救済してこそ、日本が人権を守る国として評価されるのだ。あるいは違法在留者を強制送還した結果、その人が母国で重い刑に処されて、命を絶つようなことがあれば、日本政府はどう賠償するのかなど。

「〝弱者〟がしっかり定義されることなく使われている違和感があります」とMさん。彼が冒頭に、殺人容疑者が〝社会的弱者〟である暴力団員としてのやむを得ない所業であるから処罰は不当であると主張したシーンを紹介した理由が分かった。〝弱者〟がその場での少数者という意味だとすれば、学校内で殴られた生徒は弱者だが、学校集会でこの問題を討議すれば殴った生徒が非難の集中砲火を浴びて〝弱者〟に変わりかねない。問題が教育委員会に持ち出され、校長が管理不行き届きで退職に追い込まれる。それで処分撤回運動を起こせば〝弱者〟として支援を得られる。〝弱者〟は時点、時点で変わるのだ。

〝排外主義〟の起源

 Aさんは外国の事情を持ちだした。

「イギリスのロンドンやフランスのパリ、ドイツのベルリンをはじめ、ヨーロッパ諸国ではかつての寛容な政策で入国在留に至った外国人がその国の文化に同化せず、逆に自分たちの故地の文化への同調を要求して摩擦を起こしている。他国からのお客さまを優しく受け入れるのが〝弱者への配慮〟。だが彼らの集住地区では多数派で、元からの居住者を圧迫している。その地区では元からの国民が〝社会的弱者〟なのだがね」

 日本でもそうした傾向が見られると警告する人が増えてはいるが、「〝排外主義者〟を許すな」の一斉攻撃にさらされることがあるようだ。

 その〝排外主義〟だけどねとAさん。現代国家としての合格点は国民国家になっていること。その定義は、共通の言語、伝統、歴史的意識などを共有する「国民」が一体となって形成する国家。政治が皇帝や独裁政党の主席の一存ではなく、国民の総意によって運営される体制のこと。かつて領土と人民の併合を繰り返した大帝国は人種的、文化的、言語的に雑多な人々を支配していた。それが瓦解して国民国家に分裂したが、モザイク状態の解消に苦しんでいる。そのために行われているのが〝国民国家のための排外主義〟。これには悪い意味合いはない。そしてその点では、開闢以来同一民族との認識が共有されている日本は、国民国家の要件をそっくり備えていた。つまり国民国家優等生。

 思わず納得。Aさん、Mさんの手に大きな杯を持たせ、なみなみと日本酒を注いだ。

ⅰ 「納税の義務」の点では、まったく負担しない者がいない税制はよくない。菜々子の理解では「国民皆年金」体制での社会保険料納付は「国民皆兵」ならぬ「国民皆納税」の要素を備えていると考えるのだが、その件はまた別の機会に。

ⅱ 「生活扶助」は、日常生計費を得られず困窮している人に、その状態が解消するまでの間、国民が納付する税収から最低生計費に必要な資金を提供する仕組み。生活保護には、ほかに「医療扶助」「住宅扶助」「教育扶助」「葬祭扶助」などがある。問題は給付が長期(極端事例では生涯の全期間)に及ぶ事例が少なくないこと。

(月刊『時評』2026年3月号掲載)

寺内香澄(てらうち・かすみ)(有)総合社会政策研究所。ショートストーリー作家としても活躍。単行本として『さわやか福祉問答』(ぎょうせい)。
寺内香澄(てらうち・かすみ)(有)総合社会政策研究所。ショートストーリー作家としても活躍。単行本として『さわやか福祉問答』(ぎょうせい)。