
2026/06/05
森信 AIの活用についてお尋ねします。今般、急速に進むAIによって、一部の職種が雇用を失うなど、デメリットが顕在化するようになりました。これについて次官のお考えはいかがでしょう。
藤木 ご指摘の点は、おそらくホワイトカラーにおける働き方の、革命的変化であると言えるでしょう。特に現在、急速に普及しつつある大規模言語モデルはホワイトカラーの仕事の生産性を大幅に高める技術だと捉えています。
近代化の過程で、主に工場労働を中心とするブルーカラーの仕事が、オートメーションの進化によって自動化され、それが生産性の向上につながっていきました。その歴史が、今度はオフィスワーカーに及んできた、ということであり、新たな生産性向上の過程として、われわれはAIを恐れるべきではないと思います。
従ってAI利活用という今般の流れは、人間がより人間でなければならない仕事へ移行していく、その契機と捉えるべきではないでしょうか。その際、人間ならではのクリエィティブな仕事に、どう円滑にシフトしていくかが問われるところです。
森信 AI分野における日本の強みは、モノづくりで蓄積してきたデータやノウハウをフィジカルAIとして活用していくことにあると思いますので、これらを十全に活用することがデジタル赤字への対応になるのではないかと思います。
藤木 はい、まさにおっしゃる通りです。この論点は大きく二つあると考えられます。
一つ目は、AIの使い方において、日本が世界に新しい提案をしていくことは大いにあり得ると思います。例えば防災大国・日本として、AIを駆使して防災技術をさらに高める、また高齢化が進む中、介護の現場にAIを活用すればもっと高質かつ効率的なサービスが可能になるのではないか等々、先生ご指摘のように日本は社会課題を内包した現場を多数擁していますので、それらの分野でAI利活用を提案していけると想定されます。
二つ目は、もはや言語ではなくフィジカルな判断やマニュピレーションをしていく可能性です。これも日本には山のようにデータが蓄積されており、現在米国や中国で先行しているとされる大規模業務モデルとは違った内容のフィジカルAIに関し、日本はまだまだチャンスがあると思われます。
森信 そのフィジカルAIの学習に、データだけでなく職人のノウハウのような暗黙知も含まれると考えてよいのでしょうか。
藤木 はい、当然入ってきます。まさに手ざわりとか質感といったものを、AIの中でどう処理できるかがカギとなるでしょう。もちろん、世界中がこの分野を目指して熾烈な競争を展開しているので、われわれも負けてはいけません。つまり、今あるAIをどう使うか、そして言語モデルではない次なるフィジカルAIにおいてどう頑張り切れるかが問われるところです。
人間ならではの仕事が評価される時代へ
森信 総体として日本の産業力、経済力の将来は明るいと考えてよろしいでしょうか。
藤木 むしろ、AIによって日本にチャンスが到来したと捉えています。人口減にどう対応していくのかという議論が繰り返される中で、AIによって生産性が向上したり、人間がより付加価値の高い仕事にシフトしていけるならば、これは日本にとって間違いなく絶好の機会です。
もう一つ、東京圏にはオフィスワーカーが多いので、AI活用が普及した場合、東京圏のオフィスワーク需要が縮小し、相対的に郊外や地方などフィジカルな比重の高い職種へ労働人口がシフトしていくことも考えられます。そうすると、政府が長年掲げてきた地方活性化の実現にもつながり得る、とも指摘されています。このように、この国のかたちを大きく変える、いや変えていける可能性をAIは秘めていると言えるでしょう。
森信 そうですね、米国では配管工の年収が2000万円といわれたり、わが国でも自動車の組立工が事務職員よりはるかに高い時給を得るなどの状況が生じています。人間によるフィジカル労働が社会的に重視される時代になりつつあるようですね。
藤木 はい、AIやオートメーションが及ばない、実際に手を動かすようなサービス、あるいは感情を必要とする職種等、まさに人間でなければできない仕事がもっと評価され、そうした分野に人がシフトしていく、やがてはそれに応じた教育が施されていくなど、AIの進化と活用は経済的成長だけでなく、より人間が人間らしい生活を送るチャンスにもなると思います。
森信 ただ、働き方が変化する過程で落伍していく人たちも一定層いると思います。その場合、現在でも社会課題とされる経済格差がさらに広がることも懸念されるのでは。
藤木 そうした危惧も、ご指摘の通りだと考えています。脱落や格差拡大の理由がAIのみかどうかは議論が分かれるところですが、実際に今でも格差は開いてきています。
森信 それを救済する一つの方策として、給付付き税額控除が議論されているわけですが、何らかの手当ては必要です。成長一辺倒ではどうしても取り残される人が生じ、社会の分断につながりますから。
藤木 その点については、きちんとした手当てをしながら、同時に成長志向を失うことなく頑張り続ける、つまるところはそうした社会の姿が求められます。
ファーストドラフトに仕事のだいご味
森信 藤木次官は、休日などどのように過ごされているのでしょうか。
藤木 若いころは読書や音楽鑑賞など、ごく一般的な趣味だったのですが、次官に就任してからは月に1回、霞が関とは異なる分野の人と対談するようにしています。
森信 直近ではどのような方とお話を?
藤木 大阿闍梨の塩沼亮潤さんです。氏は、密教における最難関の荒行「大峯千日回峰行(おおみねせんにちかいほうぎょう)」満行者として知られています。これを達成したのは過去1300年間でわずか2人だそうで、現在は仙台でお寺を開かれています。実際にお話してみると、すごく面白かったですね。
森信 面白かった点といいますと。
藤木 なにしろ、その荒行が奈良県吉野山にある金峯山寺蔵王堂から、24キロ先の大峰山脈山上ヶ岳頂上にある大峯山寺本堂までの往復48キロ、標高差1355メートルの山道を足掛け9年くらいかけ、計1000日間往復するというものですから、精神的な強さ、達観ぶりは一言では表現し得ません。同時に、とてもポジティブな思考の方でした。
その前の対談はアニメの制作者、その前は茶の湯の裏千家、松村宗亮先生でした。そのとき松村先生から抹茶をいただいたのを機に、茶筌など道具を揃え、家でお茶をたてています(笑)。今は真似ごとながら、そのうち正式に習おうと思っています。それまでお茶の世界は古来の格式もあり敷居が高いように感じられましたが、対談によって少し身近に感じられるようになりました。
森信 なるほど、新たな境地が開かれたわけですね(笑)。
藤木 はい、まだ趣味の域にも達していませんが、これから趣味にしたいと思います。
森信 それでも日々お忙しい中では、重要な息抜きのひと時ですね。
藤木 いえ、忙しさという点では、局長以下の時の方が断然忙しく、同時に楽しかったですね。各種書類や原稿類も、中途で起草や修正の過程に関わるから面白いのであって、完成した最終版だけ手元に上がってきても楽しさは感じられません。ファーストドラフトを書く、というのがこの仕事のだいご味の一つだと思います。次官の立場になると、多忙と楽しさ両面から離れてしまう寂しさも感じられます。
森信 本日はありがとうございました。
藤木次官とは企業行動課長をされていた時以来のお付き合いである。私の印象は、剛毅かつ繊細、まっすぐで誠実、といったもので、(誤解を恐れず言うと)経産官僚には珍しいバランスの取れたお方である。その見識の豊かさや柔軟な発想は今後の日本経済の発展に欠かせないものと、大変評価している。今後のご活躍に大いに期待したい。
(月刊『時評』2026年5月号掲載)