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【森信茂樹・霞が関の核心】経済産業事務次官 藤木 俊光氏

“強い経済”の主役は企業、成長と高付加価値化に期待

ふじき としみつ/昭和41年1月19日生まれ、神奈川県出身。東京大学法学部卒業。63年通産省入省、平成26年大臣官房総務課長、27年資源エネルギー庁省エネルギー・新エネルギー部長、29年商務・サービス審議官、令和2年製造産業局長、4年大臣官房長、6年経済産業政策局長、7年7月より現職。
ふじき としみつ/昭和41年1月19日生まれ、神奈川県出身。東京大学法学部卒業。63年通産省入省、平成26年大臣官房総務課長、27年資源エネルギー庁省エネルギー・新エネルギー部長、29年商務・サービス審議官、令和2年製造産業局長、4年大臣官房長、6年経済産業政策局長、7年7月より現職。


 高市政権が掲げる〝強い経済〟を実現させる主役は産業界、そして企業が活躍する基盤を整備するのが経済産業省だ。藤木俊光事務次官は、成長への希求、イノベーションの創出、株主との対話等々、改めて企業が担うべき役割について期待を述べた。同時に、急速に普及するAIについては、オフィスワーカーの働き方を革命的に変え得る大きなチャンスだと指摘する。今回、これらのテーマに焦点を絞り藤木氏に所感や展望を語ってもらった。



これまで欠けていた「成長投資」

森信 高市政権が標榜する〝強い経済〟ですが、世界の潮流が新自由主義から国家資本主義に変わる中で私も賛同しています。特に17の戦略分野は、これまで経済産業省が力を入れてきた政策と符合するようにも思われますが、次官のご所感はいかがでしょうか。

藤木 端的に申し上げると、「危機管理投資」と並び、内閣が掲げている「成長投資」はまさにここ数年、経済産業省が目指してきた「成長と分配の好循環」と重なるものです。過去のデータを分析すると、これまでの日本に欠けていたのはまさしく「成長投資」であり、具体的には設備投資、研究開発投資、さらには人材投資などでした。付加価値を高めて新しいイノベーションを起こす、そのために投資を重点化して日本経済を前進させていく、という方針を総理はある意味わかりやすい形で鮮明に打ち出された、と理解しています。当然、われわれもそれをしっかりお支えし、内容を充実させていかねばならない、それが目下の使命だと認識しています。

森信 いまご指摘された付加価値とは、企業利益だけでなく人件費も含めた概念だと思われます。これまでの日本企業の行動原理は、ROE(自己資本利益率)など株主や投資家の価値指標を重視したため、人件費をコストとのみ捉えて削減し、一方で株主への分配を増進するという流れになっていました。私はこの企業行動が世上いわれる〝失われた30年〟を余儀なくされた主因ではないかと考えています。

藤木 売上高が伸びないという前提でROEを確保しようとするならば、内部コストを削っていくしかない、そういう悪循環に陥っていたのは確かだと思います。むしろ付加価値を高めていくというのは、トップラインを伸ばしていくことであり、そのためには新規分野、成長分野への投資が必要となります。

森信 そういう意味では2014年に当時の一橋大学教授・伊藤邦雄氏が座長を務めた「持続的成長への競争力とインセンティブ」プロジェクトの最終報告書、いわゆる〝伊藤レポート〟をもう一度見直す必要があるともいえます。同レポートはROEを少なくとも8%以上とするよう目指すべきだと主張し、資本コストを上回る投資を推奨しました。これが産業界の投資意欲を委縮させたという指摘も出ています。

藤木 ROEは基本的に割り算の概念ですので、どうしても分母を改変して数字を上げようとする動きになりやすく、そうすると成長投資の概念とはやや反対のベクトルを向くものと思われます。むしろ、成長投資を盛んにすることで分子を増やしていくことが大事だと認識しています。

 ROEなどの数字も非常に重要ではありますが、それは企業がどれくらい稼ぐ力を有しているか、市場からどういう期待を集めているかを測る尺度として重要なのであって、ROEのために人件費を圧縮するのは本末転倒です。

森信 経産省として、そういう方向を打ち出されておられますか。

藤木 これまで、そうした内容を発信してきたつもりなのですが、どうしても割り算の概念が先立ってしまったように思われます。一方、レポート内で記述した、ステークホルダーには株主も含まれるという指摘、これは当然と言えば当然ですが、その当然がこれまで日本の社会では足りない部分であったのも確かです。その点は〝伊藤レポート〟における重要なメッセージであり、逆にわれわれもその部分にいま一つ工夫が足りなかったのではないか、と真摯に反省する余地があります。

法人は成長投資を行うビークル

森信 今回、租税特別措置を見てみると、設備投資減税の規模が拡大され即時償却が入り、研究開発の分野にも重点的な支援が盛り込まれました。これらのメニューを概括するに、いよいよ「ボールは企業側に投げられた」、つまり政府がこれだけ基盤整備するのだから、企業経営者の皆さんは投資により生産性を向上させ社員の賃金も上げてください、過去30年にわたる賃金抑制、設備投資低迷の姿勢をこの機に改めてください、との意思を政権が示したように感じられます。

藤木 はい、われわれもまさに主役は企業だと思っており、各種投資に対しても、企業が本来の企業家マインドを発揮して新しい付加価値を求めていくことを期待しています。それを発揮するための土俵はわれわれがしっかりとつくっていきます。

 例えば設備投資減税はトランプ政権のOBBBA法(一つの大きくて美しい法律=One Big Beautiful Bill Act)に倣ったところもありますし、森信先生に以前教わったキャッシュフロー課税への流れもつくり出そうとしています。

森信 キャッシュフロー課税は、実現されればきっと効果がありますよ(笑)。

藤木 昔からあったアイデアを、やっと実現できる段階に来たのかな、と思います。研究開発投資も、現在世界各地で起きているAIや量子等の破壊的なイノベーションを鑑みると、分野を特定してそこに重点的に注入するという、メリハリをつけた投資はある意味、時代に求められている結果なのではないでしょうか。

森信 政権が打ち出している食料品に限った2年間の消費税減税の実現には、減税分を補填する年間5兆円の新たな財源が必要となります。高市総理はこれを、租税特別措置や税外収入と補助金の見直しなどで補う方針を示しています。しかし租税特別措置は、正直これ以上もう切りようがない。どうしてもという場合に一つのアイデアとして、時限的に、自社株償却に対して課税することが考えられると私は思います。先ほど述べた無理やり分母を縮小してROEを維持するというような企業行動を改めさせる効果もあります。

藤木 実際に海外では米国をはじめ、自社株買いに課税している国が結構あります。これはそもそも、法人とは何のためにあるのか、という議論に近いと思います。私自身の理解としては、法人とはやはり成長投資を行うビークルとして存在意義が認められていると言えるのではないでしょうか。自社株償却はある意味、当社では成長投資をしませんと宣言するに等しく、収益の帰属先が全て株主ということも無いだろう、そういう考え方は十分成り立つと思います。

企業は株主とコミュニケーションを

森信 高市総理も米国の自社株買い税制についてはよく知っておられると思います。

藤木 ただ、株主還元が進み過ぎてけしからんという議論に対しては、私は功罪両面あると思っています。過去の長い年月、あまりにも株主還元をしてこなかったという日本企業の特色があり、それを踏まえて株主にもしっかり還元すべき、株主の意見を聞いて経営するべき、という声が高まりました。そういうガバナンスに移行していく過程において、どこまでが還元し過ぎで、どこまでが当たり前の還元なのか、これはよく見極める必要があります。

森信 そのあたりが、賃上げや設備投資を含む今後の企業行動にかかっていると言えますね。

藤木 おっしゃる通りです。そして株主も一様ではありません。短期的な成果を求める株主がいる一方で、当座の配当の増減よりも長期的な企業の持続的成長を望む株主もいます。それらを踏まえて企業は、自分たちの目指す戦略について株主に対ししっかりコミュニケーションを取っていく、これが正しいガバナンスの在り方、方向性であり、日本の産業界でしっかり確立していくことが重要だと私は思います。

森信 そうするとやはり日本では、新自由主義的な考え方ではなく、ステークホルダー型資本主義を堅持しながら活力をつけていく、という方向なのでしょうね。

藤木 いろいろなステークホルダーがいる中で、残余財産請求権を持っている株主が重みをもっていることは確かですが、もとより企業は皆のものですから、企業が何のために存在しているかという本来の姿勢に立ち返った時、成長や新しいイノベーションを起こすことが企業に与えられたミッションであることを常に保持し続けていくべきです。

森信 企業の一時分配として、自社従業員や投資へのプライオリティーが低かった、というのが今般指摘される問題点かと。

藤木 これも先述したのと同様、歴史的には株主への分配が少なすぎて、かつ従業員への分配も、年功序列が重視され貢献に応じた分配になっていないという面がありました。そうした古いシステムが見直されること自体は良いことです。ただ一方で、正規社員と同じ質・量の仕事をしているにもかかわらず、非正規のまま賃金が抑制されている、そういう状態が日本社会で蔓延したことについては、確かにこれも在るべき姿とは違うと思っています。

森信 米国トランプ政権に80兆円もの投資を行う約束をしていますが、総理は日本国内への投資を推奨しています。このあたりの整合性については、経産省としてどのように捉えていますか。

藤木 日米政府の「戦略的投資イニシアティブ」については、経済安全保障上重要な分野におけるサプライチェーンを日米で構築するというメリットに加え、プロジェクトに関与する、中小企業を含む多くの日本企業にとっても、関連設備や機器を供給すること等で売り上げの増加やビジネスの拡大を見込めるものです。一方、高市内閣の成長戦略の肝である「危機管理投資・成長投資」により、17の戦略分野を中心に、大胆な設備投資や研究開発の促進など、官民による国内投資を拡大させていくことも重要です。「対米投資か国内投資か」ではなく、「対米投資と国内投資」の両輪で、わが国の
経済成長を強力に推し進めていきます。



もりのぶ・しげき 法学博士。昭和48年京都大学法学部卒業後大蔵省入省、主税局総務課長、大阪大学教授、東京大学客員教授、東京税関長、平成16年プリンストン大学で教鞭をとり、17年財務省財務総合政策研究所長、18年中央大学法科大学院教授。東京財団シニアオフィサー。著書に、『日本が生まれ変わる税制改革』(中公新書)、『日本の税制』(PHP新書)、『抜本的税制改革と消費税』(大蔵財務協会)、『給付つき税額控除日本 型児童税額控除の提言』(中央経済社)等。日本ペンクラブ会員。