お問い合わせはこちら

【森信茂樹・霞が関の核心】 公正取引委員会委員長 茶谷栄治氏

スマホ法施行で利用者利便性が向上

森信 柱の二つ目、「対話を通じた市場環境の整備」には、まさに巨大プラットフォームへの対応や、新しく施行されて話題になっているスマホ法など、デジタル社会における対策が内包されているようですね。

茶谷 はい、ご指摘の通り「スマホソフトウェア競争促進法」が2025年12月18日に全面施行されました。

 スマートフォンは世帯普及率が9割を超えており、国民生活および経済活動の基盤になっています。このような状況下で、スマートフォンの利用に特に必要なモバイルOSやアプリストア等の特定ソフトウェアの市場については、特定少数の事業者による寡占状態にあり、競争制限的な行為によって、さまざまな競争上の問題が生じていることが確認されました。

 このような環境では後続の新規参入によって競争状況が変わることは期待しにくく、また、競争阻害行為があった場合に独占禁止法に基づく対応も行っていますが、一つ一つの事案について立証を行うのは多大な時間を要します。そこで、事前規制という形で一定の禁止行為と順守義務を定めることで、競争環境の整備を行うということがこの法律の趣旨となります。セキュリティやプライバシーの保護なども確保しつつ競争環境を整備することで、新規参入やアプリ事業者等によるイノベーションの活性化を図り、また、消費者の選択肢を確保することで、消費者が良質で低廉なサービスを享受できるようにするといったメリットの実現を目指すものです。

森信 事前規制の主たる内容はどのようなものでしょうか。

茶谷 まず、一定の規模(毎月の平均利用者が4000万人)以上の特定ソフトウェアを提供する事業者を、規制対象業者として指定します。指定事業者は現在のところ、グーグル(Google LLC)とアップル(Apple Inc.)、そしてアップルの子会社であるiTunes株式会社の3社です。指定事業者には9項目の禁止行為や5項目の順守義務が課せられます。例えば、他のアプリストアの参入や課金システムの導入を認める、あるいはOSの機能を他の事業者のアプリにも使わせるようにする等々で、これを認めなかったり阻害したりすることが禁止行為に該当します。これらの規制の順守状況を毎年、報告書の形で提出してもらい、他の情報とあわせて違反がないか等をチェックしていきます。

 昨年末のスマホ法施行以後、約半年が経過した時点で、新たなアプリストアの参入が徐々に増え始めています。同時に、これまでグーグル、アップルともアプリ事業者から最大30%の手数料を取っていたところ、この手数料も下がりつつあります。ただ、それでもまだ手数料率が高く、事業活動が妨げられているという声もあり、われわれとしてもさらに状況を注視する必要があると考えていますが、まずは従前の競争環境からは変わりつつあると言えるでしょう。

 またスマホ法の施行と同時に、公正取引委員会では〝選ぼう!じぶんブラウザ〟と題して、デフォルトで用いるブラウザや検索エンジンを自分で選べる〝チョイススクリーンの表示〟が始まったことを広報しています。これまでプラットフォーム事業者のアプリやサービスがデフォルト設定されていると、他の選択肢があること自体に気付かない消費者も多かったのですが、チョイススクリーンに表示される各ブラウザなどの特徴を見比べた上で、自身のニーズに合致したものを選択することが可能となり、消費者の選択の機会を確保することで、消費者がより良質なサービスを享受できる機会が拡大することが期待されます。

森信 消費者側のメリットとしては。

茶谷 使用できるアプリストアの選択肢が増える、デジタルコンテンツの流通経路が増えるといった形で競争が生まれると、結果としてアプリ事業者が支払う手数料が下がっていき、消費者に、より質の高いサービスや新たなサービスが提供されることが期待されます。

森信 これら一連の規制に関しては、欧州の動きは大変参考になりますね。

茶谷 欧州をはじめとした各国の状況は常に注視しています。その上で日本では、ほとんどの人が持っているスマホに焦点を絞りました。

厳正な法執行、事例集で企業の予見可能性を向上

森信 残る三つ目の柱「厳正な法執行」は、従来通りの取り組みのようですね。

茶谷 1947(昭和22)年の公正取引委員会創設以来、カルテルや談合の防止に向けた独占禁止法の厳正な執行を基本的な職務とする姿勢は今日まで変わりません。ただ、公正取引委員会の対応力には組織のリソース的に限りがありますので、国民生活に影響の大きい分野を中心に注力していく方針です。例えば、最近ではガソリン・軽油の価格カルテル事案を取り上げましたが、今後とも、国民生活に直接影響するような事案などに積極的に人的リソースを割いていくつもりです。

森信 先ごろ逝去された故・竹島一彦元委員長の時代に、通報に基づく課徴金減免( リニエンシー)制度が導入されました。その効果はいかがでしょう。

茶谷 はい、確かな効果があります。2006(平成18)年1月から施行され、本年3月までの20年間で約1800件、年平均約90件の申請が寄せられ、これが事件の立件に大きく寄与しています。

森信 経済安全保障へはどのような対応を?

茶谷 昨年11月、「経済安全保障と独占禁止法に関する事例集」を公表しました。経済産業省および国土交通省から提示された15の事例について独占禁止法上の考え方を示すもので、例えば、何らかの危機が発生して重要原材料の調達が途絶した緊急時に、重要原材料の不足が深刻な期間に限り、複数企業が必要な情報に限って情報交換を行い、安定調達のために必要な共同調達を行う場合には、原則として独占禁止法上問題とならないことなどを明らかにしました。

 このように、経済社会環境が急速に変化する中で、独占禁止法上の基本的な考え方を整理し、産業界に周知することで、ルール整備と予見可能性の向上に努め、事業者が独占禁止法に抵触するのではないかという漠然とした懸念を抱いて萎縮してしまうことがないよう、正しい理解の下、事業活動を行っていただくことが重要であると考えています。予見可能性の高まりが、最終的に経済成長につながると考えています。この考え方を作成した段階ではイラン情勢をめぐる問題の発生は想定外でしたが、今まさに原油に関しても、この考え方を活用して種々のご相談に対応しています。

(資料:公正取引委員会)
(資料:公正取引委員会)

森信 厳格な規制ばかりではなく、事前に考え方を示すことで企業の自由度を高める取り組みもしているわけですね。

茶谷 国際会議の場で、日本としてこうした事例提示の取り組みを各国に紹介しますと、経済安全保障への関心が世界的に高まっていることもあり、各国から大いに注目を集めます。

森信 それにしても歴代委員長にお話を聞くたびに、公正取引委員会自体の活動領域は広がる一方ですね。現在の人員数などはいかがですか。

茶谷 定員も増やしていただいており、令和8年度で委員長・委員を含めちょうど1000人となりました。一方で、組織体制については、定員が500人台であった1996(平成8)年に事務総局制となって以降、1官房2局2部体制は変わっていません。特に、前述したフリーランス・事業者間取引適正化等法や取適法などの取引適正化に関する案件について、地方での執行を強化していく必要があると考えていますので、地方組織の在り方も含めて組織の在り方全体を見直す必要があると思います。またデジタル関係に関しては、専門家を非常勤の職員として積極的に採用し、知見を活用しています。

森信 法科大学院大学などでは、経済法を志望する学生が増えており、司法試験に受かったら公正取引委員会に就職したいという声も多く聞きます。

茶谷 非常に心強い限りですね。公正取引委員会では、法曹資格者の採用も積極的に行っていますので、積極的に応募してほしいと思います。

森信 前回ご登場いただいた財務次官当時、渓流釣りがご趣味と伺いましたが、現在はいかがですか?

茶谷 近年、各地で熊が出没し、よく釣りをしていた渓流でも熊の目撃情報が出たため、今は自重しています。その代わり、長らく中断していたゴルフを再開しました。レッスンを積んで、最近コースに出始めたところです。

森信 本日はありがとうございました。

インタビューを終えて

 茶谷氏は、ソフトで物腰の低い紳士だ。しかし芯はしっかり通っており、行政に対する姿勢は厳しい。その意味で、複雑化する経済取引について硬軟織り交ぜて対応する公正取引委員会を引っ張っていくには最適のお方だ。今後のますますのご活躍を期待したい。
                                               (月刊『時評』2026年7月号掲載)