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菜々子の一刀両断ってわけにはいかないか……【第231夜】

不動産で老後対策

pixabayより
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私の名前は松下菜々子。深川門前仲町で久寿乃葉という小料理屋を営む。未婚、子なし。恋人募集中。
世間の皆さんあるいはお店の常連のお客様同様、将来に不安を感じている。砂浜の真砂が尽きないように、私の老後不安にも底がない。同年代の客も同様と見えて、カウンター席でも座敷席でも、その種の会話が多いように見受ける。客の話に合わせるのは接待の基本。菜々子も、新聞、テレビ、図書館で、その種の勉強に怠りはない。

囲碁サロンを始めた

 お昼営業を始めた。「どうしても」というお馴染みさんへの出血サービスである。深川芸者の美緒さんたちの地域伝統芸能保存に賛同して、無償場所貸ししたことはすでに書いたけれど、その発展形のようなものと思ってもらえばよい。

 今日は囲碁グループへの場所貸しをした。引退生活の趣味で囲碁を始めたのはいいが、碁会所で見知らぬ人と対戦する度胸はない。旧知の仲間と訪問しあっての対戦も重なると奥方の機嫌が気になる。「久寿乃葉で碁盤と碁石を見たぞ」とだれかが言い出し、ならば菜々子が一肌脱ぎましょうとなった次第。なぜ立派な碁盤があるのか。その話はいずれ…。

 不定期に何人かが集まり、久寿乃葉のお座敷で囲碁大会が開かれる。みなさん老後の手習いだから、菜々子の目で見てもザル碁。「こう打ったら」と岡目八目で応援したいが、グッと我慢。お昼や軽食を用意して、対戦の合間にお腹に入れてもらう裏方作業に徹する。一番終了して次の相手が決まるまでカウンター席で酒食となるから、負けた方を励まし、勝った方に世辞を言う。それで仲良し度が高まり、数週間幸せな気分でいられるはず。

人生の勝ち組のはずが…

 勝負を終えてカウンターでビール片手にうどんをすすっているのはYさんとSさん。まったく別の会社に努めていたが、在外支店に出向していたときに付き合いがあったという。くじ引きで対戦していて双方同時に気づいた。

「Sさんではないか?」「あら、Yさんお久しぶり。30年ぶりになりますかね」「いや40年近くになるだろう」「ご家族はお元気で…」

 カウンターでもその続き。でも、お互い引退者。現役時代に本社の部長だったとか、子会社で社長になったなどの昔の栄光はご法度。メインはもっぱら健康問題と老後の生計手段。

「先般、女房の父親が102歳で亡くなった。義母が99歳で健在。オレの両親も90代。二人で老人ホームに入ろうかと相談している。引退する時点では自分の寿命を85歳くらいと踏んでいたが、ひょっとしてオレも100歳まで生きるかもしれず、老後資金の再計算をしなければならない」とYさんが言えば、Sさんも「親が長生きなのはお互いさまのようだな。その遺伝子を継いでいるのだから、ボクらも100歳まで生きそうだ」と返している。長生きは人生の勝者の勲章のはずだが、単純に喜んでばかりはいられないようだ。

不動産で老後対策

 日本人が長生きの不安を持ったのは、今の世代が最初ではなかろうか。伝統的農業社会では、大家族や共同農作業をする地域内で相互援助システムが機能していた。並外れた長寿者が出現してもなんとかしていたのだ。

 でも核家族になり、収入源が会社からの賃金になり、そこには定年制という自動お払い箱装置がある。長生きが必ずしも歓迎されない社会に変質した。

 このことは一人身で子も孫もいない菜々子にはより切実に感じられる。さいわいコロナ騒動でいろいろ給付金や支援金があり、寿命の数年分の蓄えは増えたけれど、サラリーマン卒業生ではそうした僥倖はなかったはず。

「若いときに作った資産を上手に売っていくことだ」とYさん。子どもができた30代に最初のマンションを買い、子どもが3人になって手狭になったので広いマンションを買ったが、前のも売らずに持っていた。結婚した子どもを住まわせたが、順に自分の家を買って出ていき、ついにだれもいなくなった。

「だれかに相続させようと思っていたが、どの子も自分の家を持ってしまって『要らない』という。ならば売っちゃえとなったが、時期がよかった。なんと数十年前に買ったときよりもかなり高く売れた。ローンはとっくに返し終えているから、まるまる老後資金が増えた」

 よかったわね。お客さまの老後安泰はなじみの飲み屋の売り上げにつながる。

不動産取引はなんとかならないか

 そのYさん、左手の手首に包帯を巻いている。家を売る過程で負傷したという。

「直接売ってくれ」という人はいたのだが、税金などのこともあって不動産屋を通したのがけがの原因だという。不動産屋はネットに情報を上げただけで、後は何もしない。買い手が出てくると双方から手数料を丸取り。登記や税金の手続きを手伝ってくれるわけでもなく、司法書士や税理士を紹介しましょうかと言うだけ。そこにはバックマージンが絡んでいそうと怒っている。

 買い手はフルリフォームするとのことだったから、居抜きで渡せばいいだろうと思っていたYさんに不動産屋が言ったのは、「空っぽにして渡すのが慣例であり、相応の費用負担をしてくれれば処置をする」。その費用がずいぶん高いので、自分で家財を廃棄処分することにした。その最終日、天井の照明器具を外そうとして脚立が倒れて手首をひねってしまった。その日は不動産屋の社員が、撤去の検分に来ていたが、Yさんが乗った脚立を支えるのは仲介契約の対象外と傍観していたという。

管理業者もどうにかならないか

 Yさんのマンション売却の間に入ったのは不動産仲介業者。これとは別に賃貸住宅を所有者に替わって管理する業態もある。Sさんはそちらの業者と取引があるという。親から相続した関西の家を賃貸に出している。東京を引き払う可能性も残しているわけだ。遠方なので自分では管理できないから、管理業者に手数料を支払って定期の見守りなどを頼んでいる。その業者と最近もめたという。

 複雑な経緯があるようだったがかいつまめば、一つはこういうことだ。賃貸するに当たりSさんは全面リフォームした。その際、都市ガスに切り替えようとしたのだが、管理を委託予定だったその不動産屋が「プロパンガスを継続するならリビングに大型エアコンを無料で付けさせる」とささやいた。借り手にとってもエアコン付きはいいことだろうとその話に乗ったという。

 ところが台風かなにかの折に室外機が壊れた。借家人の苦情を受けた不動産屋はエアコン一式取り換え費用数十万円の見積書をSさんに送りつけてきた。「室外機の修理の可否は検討したのか」とのSさんの問いへの回答は「新品の方が住み手は気持ちがいいですよ」。でも請求額は家賃の半年分にも相当する。

 このエアコン設置の経緯を思い出したSさんは「プロパンガス屋がエアコン所有者であり、メンテ責任はそちらにあるのではないか」。不動産屋は「エアコン設置の法的意味合いなど考えたこともない」と聞く耳なし。思い余ったSさんは新幹線に乗ってプロパンガス屋を訪問した。

「喧嘩になって殴られたりしなかった?」と菜々子。Yさんの包帯の件もあるし、高齢者をいたわる気持ちが湧いてくる。

「いいや」とSさん。「あなたの主張はもっともだ」とプロパンガス屋の社長がエアコンを修理してくれて、今後ともお付き合いをいただきたいとお中元、お歳暮を贈ってくれることになった。「それまで不動産屋の社員が受け取っていたのではあるまいね」とYさん。

不動産の流通促進が政策課題

 生まれてから死ぬまで、村から出たことはない。農耕社会ではそれが普通だった。でも今の日本では、何度も住む場所を変えるのが当たり前。そういうことだから子どもに家を残すなど、Yさんの子どもたちが言ったように意味がない。ならば住宅の方でも、転々流通にふさわしいシステムに改める必要があるだろう。

 Yさんは余分のマンションを売ったが、住んでいる部屋を売るときは、引っ越し先の地で新しく部屋を買うことになる。そして仲介の不動産屋に売りと買いの双方で3%の手数料を支払う。二つのマンションが仮に同価格の6千万円とした場合、売買計でその6%の360万円(と消費税)を別途用意しなければならない。生涯3度のマンション売買で老後に必要と政府がいう2千万円近くを不動産屋に召し上げられる計算になる。

 今どきは売りに出されている住宅情報はネットで見ることができ、この情報アップに不動産屋が持ち出している費用は1件分1万円もしないだろう。売買仲介手数料は1%上限に抑えるか、いっそのこと自治体が実費での有料サービス事業を始めてはどうかとYさん。

 Sさんの賃貸住宅管理も同様だ。家賃の5%を毎月支払っているとのことだったが、万一空き家になっても不動産屋への手数料は契約上支払わなければならない。管理業者のすることは、「庭の草取り、剪定を業者に委託した」「住み手から下水の流れが悪いと言ってきたので業者に委託した」などSさんに支払いを求めることばかり。

 下水詰まりは住み手に原因があるのではと考えることもしない。「お宅の社員が見回りの際に草を抜いたらどうか」と言ったところ、「実は一度も現地訪問したことはない」と告げられ、管理契約書の「月一現地点検」を信じていたSさんは椅子からずり落ちたという。

「自分たちの死後には土地も家も地元自治体に無償寄付する前提で、市役所がシルバー人材を活用して管理する仕組みは無理ですかね」とSさん。自治体にとっても悪い話ではないはず。菜々子が市長だったら「新型ふるさと寄附条例案」として市議会に提案するだろう。

(月刊『時評』2023年2月号掲載)

寺内香澄(てらうち・かすみ)(有)総合社会政策研究所。ショートストーリー作家としても活躍。単行本として『さわやか福祉問答』(ぎょうせい)。
寺内香澄(てらうち・かすみ)(有)総合社会政策研究所。ショートストーリー作家としても活躍。単行本として『さわやか福祉問答』(ぎょうせい)。