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菜々子の一刀両断ってわけにはいかないか……【第243夜】

〝化石賞〟返上するには…

写真ACより
写真ACより

私の名前は松下菜々子。深川門前仲町で久寿乃葉という小料理屋を営む。未婚、子なし。恋人募集中。
世間の皆さんあるいはお店の常連のお客様同様、将来に不安を感じている。砂浜の真砂が尽きないように、私の老後不安にも底がない。同年代の客も同様と見えて、カウンター席でも座敷席でも、その種の会話が多いように見受ける。客の話に合わせるのは接待の基本。菜々子も、新聞、テレビ、図書館で、その種の勉強に怠りはない。

令和5年の暮れ

 コロナ騒ぎが終了し、赤提灯に勢いが戻って来た感じ。年の瀬の深川でも彷徨する酔客が目につく。民主と自由の国だもの、たまに思いのたけを発散しても処罰されることはない。酒席で語られるのは家庭内のゴタゴタ、勤め先でのパワハラ問題にとどまらない。

 カウンターの中央に陣取っているAさん、Sさん、Uさんは職業経歴も違えば、年齢幅も大きい。それでいて飲み会をするのはよほど気が合う何かがあるのか。

「流行語大賞の『あれ』はよかったな」と、まずはプロ野球阪神の優勝で盛り上がった。前評判がよくても途中失速してしまう。「阪神のボケナス!」と悪口垂れてもファンを辞めない。前回優勝の記憶が途切れた頃に思い出したようにペナントレースを制する。

「そこがたまらんのや。歓喜のあまり道頓堀に飛び込む気持ち、ワシにはようわかるで」

 そうのたまったSさんの関西弁はどの耳が聞いてもニセモノ。本場出身のUさんに「東京人はネイティブにはなれん」と突き放されていたが、関西語を自在に操れなくても阪神ファンは意外に全国区。東京の神宮球場で行われるヤクルトスワローズとの対戦では、3塁側の阪神サイドの席の埋まりが上回ることがままあると聞く。

「阪神ファンはおおむねアンチ巨人。金力、権力におもねらず、社会問題の本質を見極めるのや」とAさん。硬派週刊誌の記者、編集長経験者だが出身は長野県。地域では巨人派8割、阪神派2割。要領がいい輩は前者で、頭がいい奴が後者という。巨人ファンの巣窟でなんとも大胆な発言。リンチを怖れる菜々子は思わず「シッ」とその口を抑えた。

不名誉大賞を受ける

 話題は変わってちょうど開催されていたCOP28首脳級会合。国連のグテーレス事務総長が「温暖化傾向を食い止めなければ地球は沸騰する」と警告をした直後の世界会議だったから、地球市民の心ある人は注目していた。そのうちにこの3人は含まれる。COPでは再生可能エネルギーを増やし、化石燃料使用を減らす方向で一致したが、具体策はまとまっていない。最初の強硬発言はSさん。経済団体事務局の幹部として何度かのCOP(気候変動問題を話し合う国連の会議)に参加経験がある。

「国連に調整機能を求めてもダメ。しょせんは国家間の政治ゲーム。〝いい子〟ぶってたら無茶な約束を引き受けて自国の経済と国民生活を苦しめる。各国は智謀、情報収集・分析力、デマ拡散・プロパガンダ構成力、そしてたまに武力をちらつかせて自国に有利な取り決めを求める。外交パワーが全力でぶつかりあっている…」。気がついたらSさんは関西弁から東京弁(標準語)に戻っている。

 Aさんが引き取る。民間団体が勝手にやっている〝化石賞〟について、日本を連続で選ぶ意図を読み取らずに政府がナイーブに反応しているのが嘆かわしいと顔を赤くして反発している。論旨は週刊誌的に直截的。

「COPの場で発表と表彰式をすれば、善良な日本国民は国連の決定と誤認する。とんでもない。主催者は『気候行動ネットワーク』と名乗るNGO(非政府機関)だが、この種の団体は資金提供者(ドナー)の意向に沿って動く。かつて日本の捕鯨船をしつこく妨害したシーシェパードというNGOのカネの出所は石油メジャーだったが、日本のメディアは報じないし、政府も暴いて反論することがなかった。やり返さなければ批判を承諾したことになるのが法治国家の大原則。今回の〝化石賞〟でも同じ構図」

 息切れしたAさんに続いてUさん。この方は大阪の開業医。理詰めで証拠を挙げた。

「日本の授賞理由は『石炭火力発電所を延命させて再生可能エネルギーへの移行を遅らせている』とのことだが、石炭が一律悪いことにはならないはず。温暖化の元凶が炭酸ガスということは一応前提にしよう。その場合でも低質石炭をただただ燃やしている中国やインドと違い、日本では火力発電所で水素やアンモニアを化石燃料に混ぜたり、CO2を地下に貯留したりする技術の開発に取り組んでいる。埋蔵量が無尽蔵の石炭の有効活用に開発資金を投下している日本は、本来、人類の将来のための貢献度が高いとプラス評価されるべきだ」。ネイティブのUさんだが科学面になると関西弁を封じるようだ。

 一回りしてSさん。「石油は遠からず枯渇する。産油国はそれを見越して高く売りきろうとしている。石炭使用を封じれば石油価格は上昇する。油田開発で遅れている日本は輸入代金で国際収支を損ない続ける」。Sさんは東シナ海の尖閣沖など領海やEEZ(排他的経済水域)での石油資源等の開発を政府が躊躇していることを厳しく非難し(ⅰ)、Aさん、Uさんも同調したが紙幅に納まらないから、カットして〝化石賞〟に戻ろう。

「NHKその他の大マスコミが『日本政府は不名誉な賞を返上するべく努力せよ』と断定し、松野博一官房長官が『石炭発電の比率を下げる努力をする』と述べていたが、それよりも『内外の根拠ない誹謗に右顧左眄せず、全原子力発電所を即時再開し、さらに同盟国と連帯して新技術原発新設に政府方針を変える』と発言すべきだった。物議をかもすだろうが、原発批判に科学的根拠がないのだから2カ月もすれば収まる。政府スポークスマンとしての意地はなかったのかと残念に思う」

 これには菜々子も同感。松野さんは別の問題(政治資金処理)で1週間もせずに官房長官を辞任表明するのだから、国民の将来のために最後の一仕事をすべきだった。

炭酸ガス発生国はどこ?

 3人の議論の合間に菜々子はスマホで資料検索した。世界の炭酸ガス2022年排出量ランキングは1位中国10550百万トン(以下同じ)、2位アメリカ4825、3位インド2595、4位ロシア1457、そしてわが日本は5位で1065。同時期の人口は中国1425百万人(以下同じ)、アメリカ340、インド1428、ロシア144、日本123なので、一人当たり排出量は中国7・4トン(以下同じ)、アメリカ14・2、インド1・8、ロシア10・1、日本8・6になる。

 インドのモディ首相が環境対策に先進国が資金負担すべきと主張している背景には一人当たり排出量の差があるのだろう。しかし同国は人口増が著しいから、国としての排出量はこれからも顕著に大きくなる。先進国に資金をねだる交換条件として人口抑制をセットにしなければ説得力がない。

 Uさんが反応した。「人口抑制の点では日本は世界最大の貢献国。息がかかったNGOを使って評価させる道があるはず。日本外務省はプロパガンダを理解できていない」

 次はSさんの分析。「提出統計では中国の一人当たり炭酸ガス発生量は日本と差がない。この点一つとっても中国が途上国顔をして地球環境対策への資金提供を逃れるのは大問題。しかも中国は石炭の大消費国。石炭消費が悪いというなら、中国こそ〝化石賞〟にふさわしい。にもかかわらず名指しされないのは強面の習近平を怖れるからだろうか」と大胆発言。菜々子は密かに店内に耳をそば立てている者がいないか視線を巡らせた。

 というのはこの日のニュースで、香港民主化運動のリーダーだった周庭(アグネス・チョウ)さんの報道に接したから。投獄され刑期満了で釈放されたものの厳しい監視。出国申請したら交換条件として、共産中国を礼賛する記述と署名を要求された。カナダ出国後にその経緯を公表したところ「外国スパイとして分類対応する」と祖国から生活・生命の危険の恫喝を受けた。かの国の法制では、思想信条の束縛強制こそが国家の基本であり、中国と少しでも関係がある(と中国共産党が判定する)者に幅広く適用される。

「中国の炭酸ガス排出量は公表統計の1・5倍から3倍であるらしい」とUさんが新聞報道を検索した(ⅱ)。各国は化石燃料消費量や発電所数などから計算する。日本の環境省が温室効果ガス観測衛星(いぶき)で何万もの箇所での炭酸ガス濃度増加量を測定したところ、他の大口排出国では計算値と合っていたが、中国では衛星観測値と大きく隔たっていた。1・5倍とするとロシアを超え、3倍ではアメリカを5割も上回る(ⅲ)。

「経済統計も都合よく創作されるお国柄だから」。Uさんは不動産売れ残りや若者の失業率など、中国政府統計への疑問を口にして、衛星測定値の信ぴょう性を裏付けた。

日本の環境対策

 それにしてもなぜ日本は環境対策で非難ばかりされるのだろう。国内でCOP会議が開かれると歓迎して結ばれた1997年京都議定書のトラウマがよぎる。日本は古くから資源の節約合理化努力をしていた。しかるに京都議定書ではさらなる温室効果ガスの排出減が求められ、日本政府は後先考えずに豪気な約束をした。結果、絞りに絞った雑巾をさらに絞り上げる努力をする羽目になり、経済競争で不利を強いられた。一方、途上国などは削減努力がおざなりで事情を知る国民は大いに憤激することになった(ⅳ)。

「苦い思いをしたのに喉元過ぎれば同じ失敗をしている」。菜々子の言葉に3人は頷いた。

「確信犯的な抜け駆けで炭酸ガス増加をしている国に対して実効性ある制裁を課すものでなければ永続しない。地球環境を論ずる政治家、NGO、科学者には、ムードに流されず、カネになびかず、恫喝にひるまない勇気と責任を求めたい」

 AさんはEV(電気自動車)を薦められた個人話を披露した。政府が高額補助金をつけるので得だとディーラーが強く勧めたそうだ。Aさんは断った。「日本は中国などと違って電気代がバカ高い。そっちを放っておいてEV促進はないだろう」と。

 ソーラー発電も土地が狭い日本に向いているのかどうか。日本向きのエネルギーは何か。

「水素など有力だろう。科学研究補助金を一点に集中させて国運を開くといった胆力がない政治には幻滅だ」。Uさんのまとめに過半の国民が同意するかも。

ⅰ 四囲の辺境領土(南鳥島、尖閣、竹島、北方領土)近辺で化石燃料資源の大量埋蔵が確認されているが、日本政府は開発に本気度を発揮していない。

ⅱ 例えば読売新聞2023・12・8「中国CO2排出データ過少の疑い」。

ⅲ Uさんは「中国の人口統計は水増しで実は10億人ほどとの分析があり、それが事実であれば、中国の一人当たり炭酸ガス排出量はさらに1・5倍になる」と続けた。

ⅳ 自己チュウは先進国も同様。基準年が1990年とされたことで、ドイツは統合した東ドイツの排出規制を西ドイツ並みに改善するだけで目標値を達成できることになったなど。

(月刊『時評』2024年2月号掲載)

寺内香澄(てらうち・かすみ)(有)総合社会政策研究所。ショートストーリー作家としても活躍。単行本として『さわやか福祉問答』(ぎょうせい)。
寺内香澄(てらうち・かすみ)(有)総合社会政策研究所。ショートストーリー作家としても活躍。単行本として『さわやか福祉問答』(ぎょうせい)。