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菜々子の一刀両断ってわけにはいかないか……【第246夜】

政治家報酬を投票率連動にしたら…

pixabayより
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私の名前は松下菜々子。深川門前仲町で久寿乃葉という小料理屋を営む。未婚、子なし。恋人募集中。
世間の皆さんあるいはお店の常連のお客様同様、将来に不安を感じている。砂浜の真砂が尽きないように、私の老後不安にも底がない。同年代の客も同様と見えて、カウンター席でも座敷席でも、その種の会話が多いように見受ける。客の話に合わせるのは接待の基本。菜々子も、新聞、テレビ、図書館で、その種の勉強に怠りはない。

地方議員を紹介される

 まだ暑さが厳しかった昨年の秋の話。常連のEさんが高校時代の下宿仲間であるUさんを案内してきた。生まれ育った土地で町会議員をしているとのことだ。

「彼は東京で就職したが親に呼び戻されて家業を継いだ。議員は副業で歳費は飲み代のいい身分。東京のサラリーマン時代には、この店でご馳走してやったもの
だが」とEさん。時期を計算すると久寿乃葉の開店以前だし、顔に覚えがない。人の記憶っていい加減だ。

「ママはボクの故郷、岡山県S町のことを知ってますか」とUさん。

 カブトガニで知られたK市ならばともかく、その近隣の町と言われてもねえ。強盗殺人事件級の大ニュースでもない限り、S町が全国報道されることはないだろう。インプットされた情報がなければ思い出しようもない。Uさんが話題を変えた。

「江東区は近頃とみに有名になっていますね」

 彼が言いたいことは分かる。江東区民も辟易している事件のことだろう。民主政治の主権者は国民、住民であるのだから、区民の政治練度が問われているとも言えるのだ。街中で「相次ぐ不祥事について区民の率直な感想を聞かせてください」と報道マイクを突き付けられたらどうしよう。門前仲町でも東陽町でも、裏道を選んで歩く癖がついた。

江東区が〝有名〟になった

 騒動は選出されたばかりの女性区長の辞任から始まった。その区長の誕生のいきさつはこうだった。4期区長を勤めてきたY氏が選挙日間近になって体調不良を理由に引退表明したのだが、引き際がよくなかった。後継者として自身の息子を指名したのだ。「北朝鮮の金一族ではないのだから世襲はまずいよ」と意見する者はいなかったらしい。国会議員の場合、世襲では息子はたいがい秘書だが、この区長の場合は息子は都議会議員だった。それを任期半ばで辞めさせての区長選出馬だから、都議に選出した江東区民は二重にコケにされたことになる。区長選に出馬したかった区議もいたはずだが、現区長が急死したこともあり、現区長支持派は「弔い合戦」機運になった。

 民主主義選挙では政治姿勢を異にする別陣営から対立候補が立てられる(ⅰ)。江東区長選で担ぎだされたのは他県で衆院議員経験があるとの触れ込みの女性。もともと区内出身ということだったが、すぐに知れ渡ったのは江東区選出の引退衆院議員の娘であること。そうなると思い出されるのは長年にわたるこの人と、Y氏との間での区内の政治権力(=利権)をめぐっての闘争。一方が引退、他方が死亡して権力闘争が終わったと思ったら、その息子と娘が区長の椅子をめぐってぶつかり合う。

「まるでイングランドのバラ戦争みたいだな」と表現した人がいた。ちなみにバラ戦争とはイギリスで有力世襲貴族であるランカスター家(赤バラのバッジ)とヨーク家(白バラのバッジ)が王位継承権をかけて30年間闘った事件。江東区長ポストを15世紀のイングランド王位と同じにされてはたまらない。

新区長が選挙ルール違反で辞任

 この選挙で勝ったのは元衆院議員家の娘。当初のマスコミ評価は上々だったと思う。日本は女性政治家が少ないのが後進性の好例という論調だったから、新たな女性区長の誕生は好ましく思えたのだろう。

 まずは無難な新区政の立ち上がりとなりつつあった中で降ってわいたのが、「区長の選挙違反」報道。選挙中に動画投稿サイトで自らの陣営が投票を呼びかける有料インターネット広告を出していたのだが、これが禁止行為に抵触するのではないかとの疑惑。菜々子など最初は何が問題なのかさっぱりわからなかった。区長が「費用は自分が払ったが詳細を知らなかった」と弁明したのも意味不明だった。

 チラシを刷るよりはるかに安上がりだろうし、なぜいけないのだろう。ネット時代に選挙制度が追い付いていないだけのことではないのか。ところが秋になって検察の特捜部が区役所に人員を送り込んで区長室を家宅捜査した。「これは何かある」と感づく。

現職衆議院議員に飛び火した

 案の定というのは不謹慎だが、地域選出の現職K衆院議員に飛び火した。インターネット広告を持ち掛けたのはK議員であると。インターネット広告がなぜよくないのか、その点の理解が薄い久寿乃葉論壇では「K議員は『ボクのアイデアはすごいでしょう。劣勢と言われた選挙をひっくり返したのだから』と自慢すればいいのに」との声もあったのだが、K議員はサッと新たに任命されたばかりであった法務副大臣を辞任した。区民は再び「なんで?どうして?」

 そうこうするうちに隠されていた地雷が破裂した。K議員が区議会議員にカネをばらまいていたというのだ。それで腑に落ちた。区長も衆院議員も隠しておきたかったのはこれなのだ。

「さすがにカネはまずいでしょう」とUさん。彼の隣県の広島県では参院選に立候補した妻の当選のために県議などにカネをばらまいて集票依頼した衆院議員(元法務大臣)が捕まっている。実刑判決を受けて刑務所で反省中のはずだ(ⅱ)。その教訓に学ばなかったのか。

「集票依頼ではなく、区議選での陣中見舞だった」と主張していたが、本来の陣中見舞いであれば「頑張って」と声掛けするだけで、陣営には衆院議員が応援に来たと分かる。なぜカネを出さなければならないのか。しかも内密で。一般人の感覚では、応援の資金を渡すなら目に見える形で堂々と、しかも領収証を書いてと要求する。見ている人が証人になってくれるし、寄付金控除で所得税がいくらかでも安くなる。にもかかわらずコソコソ渡すのは後ろ暗いところがあると自ら言明しているようなものではないか。

「あなた方江東区民の民度はわが田舎町以下ですな」とUさんから強烈パンチ。

その前にも別の衆院議員が…

 江東区からのもう一人の選出議員にも事件があった。衆議院は小選挙区のほかに比例区がある。そしてこれには敗者復活可能という諸外国にも類例があまりないらしいヘンテコな仕組みがある。小選挙区で善戦した候補者は運がよければ比例区で当選できるのだ。江東区(衆院東京第15区)ではK議員とA議員が伯仲していたから、同時に2名の議員が存在した。その一人A議員は4年ほど前に収賄罪で逮捕され、有罪判決を受けている。

カジノを前提とした統合リゾート施設(IR)推進の立場だったA議員がこともあろうに中国の問題企業から収賄していたのだ。ことが明るみになった後がさらにいけなかった。はした金で検察は騒ぎ過ぎと牽制する陰で口裏合わせの工作をしていた(と報道されている)から有権者の信頼はガタ落ち。ちなみに現職国会議員が収賄罪で逮捕されたのは、例の鈴木宗男氏以来。この事件でも江東区民はうつむき加減で歩くことになった。

政治家の辞任

 政治家は選挙で選出されている。その地位を保つには選挙に勝ち続けなければならない。負ければ地位を失う。有権者が「彼(彼女)を当選させたのは失敗だった」と思う時は、次の選挙で落とすのが簡単な解決法。A議員は勝てないとみて2021年の選挙では出馬を断念した。

 これに対し女性区長は逮捕も起訴もされていないのにサッと辞任した。潔いとの評価もあるが、無責任との声もある。区長が辞めれば新たな区長を選挙しなければならない。

「区長は執行部なのだから上級官庁による任命制にしたらどうか」との声もありそうだが、昔を知る人に言わせれば許されない暴言。東京23区長は長らく東京都知事の任命制だったのを「区政の自治」を掲げて勝ち取ったのに後戻りなどとんでもないというわけだ。

 その中間がK衆院議員。法務副大臣職を即座に辞任した。当人は潔いと思ったかもしれないが、世間の評価はかえって下がったと思う。彼が問われたのは選挙違反。その責任を取るのであれば返上すべきは準閣僚ポストではなくて、衆院議員のバッジのはずだ。

「カネの面から見たらわかりやすいのでは」とEさん。衆院議員の年収は2346万円で、副大臣は2883万円。「国会議員の歳費、旅費及び手当等に関する法律」で議員歳費が優先され、K副大臣の報酬として支払われるのは差額の519万円のみ。K議員は副大臣を辞任しても議員報酬は受け取れる。実害はわずかである。議員ポストに執着するのはカネのためと思われても仕方ない(ⅲ)。

政治家の報酬で提案

 副大臣ならば当人が辞めると言わなくても任命権者の総理大臣がクビにできる。選挙で選ばれた議員を任期途中で辞めさせる権限は政党の党首にもない。せいぜい党からの除名処分だ。だから政治家には自ら出処進退を明確にする責任がある。だが当人がしぶとく居直る。その対策はあるか。直接の回答にはならないが、政治家に本来の職責を認識させる方法を思いついた。

「ボクにも関係ありますか」とUさん。菜々子の秘策はこうだ。選挙は無風ではよくない。討論を重ねて政策論で人気が伯仲しての投票が望ましい。そこで「議員報酬は決めるが、実際の支払いは選挙投票率で調整する」。具体的には投票率80%以上では全額支給するが、それを下回っていたら半額支給する。50%を下回るようだと3割しか支給しない(ⅳ)。

「わが町の投票率ではボクは全額もらえる」とUさんは納得顔。K衆院議員では投票率58%だったから議員歳費は半額になる。

ⅰ 共産党独裁支配の国等で見られる「特定政治姿勢の者以外には立候補が許されない方式」は名称では「選挙」であっても民主主義にはそぐわない。

ⅱ 月刊『Hanada』に手記が連載されている。

ⅲ その後追い込まれて年明けに議員辞職し、4月に補選が行われることになった。出直し区長選もあって江東区民は選挙イヤーだったが、投票率の点では…?

ⅳ 立候補者が定数と同数で無投票のときは報酬の10%で仕事するか、再選挙するかを当選議員たちに選択させる。

(月刊『時評』2024年5月号掲載)

寺内香澄(てらうち・かすみ)(有)総合社会政策研究所。ショートストーリー作家としても活躍。単行本として『さわやか福祉問答』(ぎょうせい)。
寺内香澄(てらうち・かすみ)(有)総合社会政策研究所。ショートストーリー作家としても活躍。単行本として『さわやか福祉問答』(ぎょうせい)。